説明・操りの例編
『お話ししたい事がありますので、自分の部屋に来ていただけませんか?』
夜月の言葉を聞いて、一度自らの部屋に戻った朝香は鞄を机の上に置き、ふと、思った。
話って何だろう……? でも最近は色んなこと聞いてばかりよね。……そうだ。
朝香は部屋の端に置いてある三つの箱に近より、その1つを開けた。
目的を出して制服のポケットに詰め、箱を閉めてから朝香は部屋を出た。
「夜月だって仲間になるのよ、だったらルールは適用しなくちゃね」
階段を上って三階へ、夜月の部屋は朝香の部屋の真上の為、探すのに苦はしない。
「三一八……ここね」
部屋を見つけた、扉を叩いた。
その時、
「お! 光じゃねぇか」
階段を登ってきた前田が朝香を見つけた。
「あらイチバン、部活帰り?」
「まぁな、珍しく早く終わってさ」
「確かに珍しいわね。野球部って一番遅くまでやってるイメージあるわよ」
「だよな。そういや、光は何で三階に居んだ?」
「ちょっとした用事よ、この部屋に」
「そうか、じゃあ邪魔しちゃワリィな。そんじゃ」
前田は寮の奥へ歩いていった。
「あ、そうだイチバン」
朝香が呼び止める。前田は進んだまま首だけ向けた。
「何だ?」
「明日はヒマ?」
「明日って、土曜だよな? 普通に朝から部活だけど……あ」
気付いて立ち止まった。
「そうか、七夕か」
「そういうことよ、どうする?」
「絶対行くぜ、場所は?」
「明日伝えるわ」
「おっけ、じゃあな」
前田は再び歩き始めた。
「……話は終わりましたか?」
会話の終了を待って、扉を少し開けていた夜月が訊ねた。
「えぇ、終わったわ」
「では、どうぞ」
夜月が扉を開け、朝香は中へと入った。
夜月の部屋には、寮の設置されている家具一式。以外に追加された物は無かった。
「ずいぶんさっぱりしてるわね」
「向こうから持ってきた物は全て棚に収まりましたので。どうぞ座って下さい」
夜月に進められた椅子に朝香は座った。
「よろしかったらどうぞ」
夜月は中身の入ったマグカップを机の上に置いた。中身は紅茶だ。
そして自分の分のマグカップを置き、机を挟んで朝香の向かいに座った。
そして開口一番。
「まず先に言っておきますが、今日は恐らく星座は現れません」
「そうなの?」
「はい、さすがに毎日出てくる事はありません。最近は連続しましたが、出続けたら三ヶ月と持ちませんから」
「ふぅん」
「では、本題に入ります」
夜月は一拍置き、話し出した。
「昨夜お話しした、自ら動けない星座は人を操る。それについて少し捕捉致します」
「捕捉?」
「はい、あの時は動けない星座はと言いましたが、動けない星座……道具類だけではなく、動物類、人形類も人を操って戦いを挑んでくる可能性があるのです」
「つまり……どういうことよ?」
「問題は、大半の方に操られる可能性があるのです」
「えっと……」
朝香は考えた。
「つまり……操られない人は少ない、ってこと?」
「はい。今まででは朝香さんを含めて2人目です」
「1人目は夜月ね?」
「いいえ、違います」
「え?」
夜月は紅茶を一口飲んだ。
「こういった場合、何かしらの力を得た者は操られないのが普通じゃないの?」
「小説等の物語ではないんですから」
朝香の読む小説にはそういう設定の物がある。
「世の中の例の数だけ例外がある。そういうことです」
「例の数だけ例外……」
「この場合は朝香さん。あなたが例外です」
「……」
言葉に詰まった朝香は前にあるマグカップを持ち、紅茶を一口流し込んだ。
「うん、おいしいわ」
「それは良かったです」
マグカップを置いた朝香が話し出す。
「さっき話の限り、夜月も星座に操られたことがあるってことよね?」
「それがこちらに読んだ本題の1つなんです」
夜月はおもむろに立ち上がり窓に向かった。カーテンを閉めて夕日を遮り、電灯のついていない部屋が薄暗くなった。
夜月は椅子に座り直す。
「星座に操られない人には今のところ二種類に別れています。天性と耐性です」
「天性と耐性……」
「天性とは、元から星座に操られない人。朝香さん、あなたの事です」
「じゃあ耐性ってもしかして、稲荷?」
夜月は頷いた。
「一度星座に操られた人を耐性と言います。稲荷さんは昨夜操られたので、もう操られることはありません」
「夜月もそうなの?」
「いいえ、自分もまたここに収まらない……言わば例外です」
「また例外なの?」
「少し、お待ち下さい」
そう言うと夜月は目を閉じた。
「……」
部屋に沈黙が続く、夕日を遮った薄暗い部屋での沈黙はとても重く感じた。
空気が重いわね……いったい何をする気なのよ夜月……
ふと、気分を変える為にマグカップへ手を伸ばす。
その時だった、
『アンタが朝香さんだな?』
「!?」
朝香は手を止めて声の聞こえた方を見た。そこには目を開けた夜月がいるだけ。
しかし、朝香は分かっていた。
夜月の纏う気配。口からではなく少し離れたところから出ているような声。そして、普段とは違う目付き。アレは夜月ではない。
「アンタ……夜月じゃないわね?」
『まぁな。こうして話すのは初めてだが、蛇からアンタを助けたのはオレだぜ』
つまり朝香が初めて夜月に出会ったあの夜。朝香が出会ったのは夜月ではなく彼だったのだ。
「……アナタ、何者?」
夜月の中にいる。それだけで普通なものでは無いと朝香は思っていた。本当なら目を輝かせて追究したいところだが、あえて朝香は静かに正体だけを聞いた。
それに、彼は答えた。
『オレの名は、ペルセウス。知る人は知る、ギリシャ神話の英雄だ』
その名前に朝香は見覚えがあった。
確か……一時期神話にはまってた時、ギリシャ神話でそんな名前を見たわね。神話ってまさにファンタジーの王道みたいで……って今そんな事考えてる場合じゃない!
「そのペルセウスがどうして夜月に……まさか…」
言っている途中で朝香は気付いた。
『その通り。ペルセウス座ってのがあってな、オレは夜月を操ってるんだよ。……けどコイツは妙でな、本人が願った時だけオレが体を操れるんだ』
「じゃあ、夜月が操られない理由って……」
『すでにオレが入ってるからだ。妙な天性のおかげで耐性がついた変わり者さ』
「……」
天性で耐性を得た。例の中の例外……だから夜月は例外と言ったのね。
『あまり長話してるヒマは無いみたいだな、オレはこれで戻るぜ。まぁ、また会えるだろうよ。じゃあな』
夜月、ペルセウスはすっと目を閉じた。
「……ペルセウス」
朝香は伸ばしたままだった手でマグカップを掴んで紅茶を飲んだ。
マグカップを置いた時、
「……どうでしたか?」
夜月が目を開けた。
「理由はよく分かったわ」
「それは良かったです」
夜月は紅茶を一口飲んだ。
「それで、ここにお呼びしたもう1つの理由なのですが…」
「ちょっと待った!」
ビシッ! と夜月を指差して言葉を遮った。
「今まで色々と聞かせてもらったから、次は私の番よ」
「え? で、ですが……」
「一には一を返す。これが私のポリシーなのよ」
「は、はぁ……」
「まぁ対した話じゃないんだけどね。私が非日常に、ファンタジーに憧れ始めた理由を話してあげるわ」
「わ、分かりました」
雰囲気に押されて夜月は頷いてしまった。
「よろしい。私がファンタジーに憧れ始めたのは小学生の頃―――」
義足の夜月がここまで動ける理由。それが彼、ペルセウスの操り。
ここで『ペルセウス座』について少し補足を、
ペルセウスとは、ギリシャ神話に出てく人物で。殺されると予言されたアクリシオス王によって海へ流されてしまった。流れた先の島の王との約束で怪物メデューサを退治し、その帰り道にアンドロメダを救い出して、平和に暮らしていた。しかし、ある時参加した円盤投げの大会で、ひそかに観戦していたアクリシオス王にその円盤が当たり、予言通りとなったのだった。
そんな彼がなぜ、夜月と共にいるのか?
それはこれから先、いずれ分かる事なのです。
それでは、
感想及び一言、お待ちしています。