戦う気
「夜月……」
「朝香さん……はぁ」
夜月は下を向いてため息をついた。
「はぁって何よ! はぁって!」
「いえ……予想はしてましたけど、まさか本当にだとは思わなくて……」
「いいから助けなさいよ!」
朝香が吠えた時、
「あの、私を忘れてはいませんか?」
へびつかい座が水を差した。
夜月はへびつかいに向き合う。
「貴方が、星座ですか?」
「えぇ、へびつかい座と申します。人型は初めてですか?」
「……それは、何の真似ですか」
一度朝香を見てから訪ねる。
「人質ですよ。私は力に自信が無いので、頭を使わせてもらいました」
「……」
夜月とへびつかいの距離は数メートル。一方朝香とへびつかい座の距離は一メートルに満たない。夜月がたどり着く前に、へびつかいは朝香に手が届く。
「分かりますね? この人の命かま惜しかったら、私の言うことを聞いてもらいますよ」
「……」
「まずは……その手に持つ剣を捨ててもらいましょうか?」
夜月の持つ三日月の剣を指さしながら、へびつかいは命じた。
「……」
夜月が剣を見る中、朝香は思う。
そんな事言ってもダメよ、私は夜月に、自分の身は自分で守るって言ったから、(結果守れてないけど)私の為に何かをする訳無い。私は人質には使えない……そう、使えないのよ……考えてて悲しくなるわね……
その時、
カラーンッ
「え?」
前を見た朝香の目に見えたのは、夜月が剣を前へ捨てているところだった。
「えぇ!?」
朝香は思わず驚きの声を上げた。
「ふむ、聞き分けが良いですね」
へびつかいが手を前に出すと、回りにいる蛇が動き出した。
蛇は夜月の回りを囲い、一匹だけが剣をくわえてへびつかいの下に戻った。
「ほぉ、コレが私の蛇を何匹も倒した剣ですか」
剣を受け取り、へびつかいは眺める。
「やはりですか……『へび座』を倒した後にも現れ続けた蛇の謎は、貴方の差し向けたものなんですね?」
「……えぇ」
視線を夜月に向けた。切れ長の目を細め、睨むように。
「なぜ、あんな事を?」
「……先も言いましたでしょう。私は力に自信が無い、だから知恵を使った……そのつもりでしたよ……けれど!」
ザシンッ!
へびつかいは剣を床に力強く突き刺した。
「貴方は悉く倒していた。私が大切にしていた……大切な仲間を!」
声は怒っているが、へびつかいは冷静に、蛇に命じた。
「その気持ちを……貴方にも受けてもらいますよ……かかれ!」
へびつかいの号令の直後、
シャアアアア!!
回りを囲っていた蛇が夜月に襲いかかった。
「夜月!」
「ハハハハ! 安心しろ、そいつらに毒は無い。お前がしたように、刺し殺してやる為にな」
「くっ……」
夜月は立ち上がった。所々噛まれ、蛇の牙後が残っている。
「どうだ。剣はここにあり、お前はボロボロ、もはや戦う気などないだろう。大人しく蛇達の餌となれ!」
その言葉に、夜月の肩がピクッと反応した。
「……戦う気、ですか?」
「そうだ! 武器の無いお前など、もはや恐るるに足らず!」
「……2つだけ、言っておきます」
夜月は手を前に出し、指を2つ上げた。
「何?」
「1つ、武器を奪い、ただ相手をボロボロにしただけでは、自分の戦う気は、無くならない」
「はっ、何を言う。お前はまだ戦えるとでも言うのか?」
「……もちろんです」
指を1つ下げた。
「そして、もう1つは……こういうことだ!」
瞬間、夜月は前に跳んだ。蛇に囲まれた中を、左足を踏み込んで床を蹴る。それだけで夜月は常人離れした跳躍力を出し、蛇を飛び越えてへびつかいの刺した剣の前に降り立った。
「な……?」
「凄い……」
朝香は見ていた。跳躍の寸前、夜月の左足に、月のような輝きが集まり、靴を形成したところを。
「夜月の武器は、この剣一本だけじゃないってことだ」
夜月は剣の柄を握った。
「え? 夜月?」
朝香は夜月の言葉使いの変化に気づいた。
だが、へびつかいは冷静を欠いていてそれに気づかない。
「これでもさっきの言葉が言えるか? へびつかい」
床から剣を抜き、振り上げる。
「くっ……まだだ!」
へびつかいは、先ほど剣を持ってこさせた蛇を、夜月投げつけた。
ガブッ!
蛇は夜月の右足に噛みついた。
「お?」
「ハハハ! 油断したなムーンよ! コイツだけは毒を抜いていないのだ! それにコイツの毒は強力。一分もすれば全身に毒が回るぞ!」
「だからどうした?」
「え?」
ザシンッ
剣を振り下ろし、袈裟斬りにへびつかいを切った。
「な……そ、そんな……私の……負け……だと?」
切り傷を押さえながら、へびつかいはふらふらと後ろへ下がる。
「……自分の大切にした仲間が倒される気持ちは分かりませんが……大切な友達を傷つけられる気持ちなら、自分にも分かりますよ」
「え? 夜月? 何を言って……」
「……ふっ」
へびつかいは笑みを浮かべた。
「それだけ分かっているのならば良い……だが忘れるなよ……私より強い奴など……沢山いるのだからな……サラバだ……ムーン」
言い終えると、へびつかいの体は煙のように消え去った。同時に、夜月を囲っていた蛇もいなくなった。
「……ふぅ、最初から面倒な奴が現れたな」
「うん……でも勝てたよ、ありがとう……………」
夜月が誰かと話している。回りには貼り付けられている朝香以外見当たらないが、確かに誰かと声を交わした。
「さて……朝香さん。ご無事ですか?」
会話を終えた夜月は、朝香に近づいた。
その行動を見て怪訝な顔をしていた朝香は、
「……あなたには色々と聞かなきゃいけないことがあるわ……けどまず」
「まず?」
「下ろして」