さぁ 恋を始めよう
3104(さとし) 25歳。
職業はアーティスト。コレオグラファーたまに俳優。
色々やっているから、プロフィールには好きなのを選んで書いてもらうようにしている。
でもそんな相手任せのオレの言葉に、
マネージャーの「ニーノ」こと仁井野は
「プロとしての自覚が足りない!」っていつも怒るんだよね。
でもね。
オレには、『予知能力』があるから。
あっ……
でも、使い勝手の良い能力じゃなくて、強制的に見せられているだけ。
映画とかでよくある、回想シーンみたいな感じ。
場面、場面がボンッ、ボンッって、会話と一緒に一瞬だけ見えるんだ。
しかも、初対面の時だけ。
だから、浮かんできたそのビジョンが能力の成せるものなのか、自分のただの願望なのかは、実際にそれ通りのことが起こってみないと全然分からない。
それに、その予知能力が本物だとしても、オレに関わりのあることだけだから……他の人のは見る事は出来ない。
まあ、自分が危険な目に遭うのがあらかじめ分かっていれば、逃げることがはできる。
そんなビジョンが浮かんだ相手とは、一緒に仕事をすることを回避して、危機をすり抜けてきた。
まぁ、こんな能力。
多分……誰に言っても分かってくれないんじゃないかな。
だから、誰にも話したことはない。
一日中一緒にいるマネージャーのニーノにさえも。
だからアイツには
「お前はワガママだ!」とか
「仕事を選り好みすんな!」って言われる。
オレにとっては……失敗したり、危険な目に遭ったりするのを回避しているだけなんだけどな。
しかし……。
困った。
こんな能力があるからこそ……今、オレはちょっと困っている。
初対面のその人と握手をした瞬間に、一気に流れ込んできたビジョン。
頭の中がパニックを起こしかけている。
松戸拓哉。
柔らかい笑顔で微笑む、紳士的な人物。
報道番組のキャスターとして、オレの取材に来ている。
オレはテレビをあまり見ないから全く知らなかったけど、今一番人気のあるキャスターだってニーノが言っていた。
たしかに凄いイケメンで、人気があるというのも納得できる。
大きな目で真っ直ぐに見ながら微笑まれたら、女の子だったら……
いや、男だってクラッとするんじゃない?
でも……。
「今回はSNSでバズっている話題の方にインタビューを試みる、うちの番組の人気コーナーなのですが……バズったきっかけや今後の活動を踏まえて、『話題の『3104』(さとし)とは何者か』に迫っていきたいと思っているのですが……さとしさん?」
顔を覗き込まれるように小首を傾げられて、一気に頬に血が上る。
「あっ……はい! 何でしょう」
「いや……緊張されてますか?」
「うっ……そんなこと……ない……です。」
まともに顔を見ることができない。
恥ずかしくて。
この人とさっき、初対面の握手をした瞬間、流れてきた映像……。
思い出しただけで、また顔が熱くなる。
運転席で「飲む?」と手渡されたコーヒー。
花束のメッセージ
に書かれた「松戸拓哉」の名前。
楽屋に訪ねて来られて、手渡されたケーキの箱。
夜景の見える場所で……近づいてきた顔。
「愛してるよ」と囁く声。
同じベッドで、裸で抱き合い迎える朝……。
……って、おい?!
最初のビジョンはいい。
男友達として仲良くなるんだな〜、と分かった。
よくあることだし、今まで外れたこともないし。
でも……でも……後半。
……色々と違ってないか?
オレって、こんな顔をしてるから。
今までアッチ系の人から告白されたりすることが多かったんだけど、大概はオレが嫌がっているビジョンが浮かんできて、事前に危険を回避してきたんだよね。
必要以上に仲良くならないように、距離を置くとかさ。
でも……アレは何だ?!
浮かんできたビジョンの中のオレは……。
あろうことか、この目の前の松戸拓哉の腕の中、甘えた声を出して
「ん〜、オレもたくちゃん大好き〜」
なんて囁いていた。
クラクラする。
オレ……今まで男となんて付き合っことないよ。
ゲイじゃないよ。
ちゃんと女の子が好きだよ。
ちょっと待って、おかしい……。
これは何かの間違いだ。
「失礼します。どうしました、さとしさん? 真っ赤ですよ。……すいません、松戸さん。ちょっとだけ、時間をください」
何も喋れなくなってしまったオレに、側で見守っていたニーノが声をかけてきた。
「いいですよ。ちゃんとリハーサルしてから撮影しますから、緊張しなくても大丈夫ですよ、さとしさん」
イケメンな顔で、爽やかな口調。
今……絶対に、松戸さんに変なヤツだと思われている。
ここから、あんなビジョンに繋がるとは到底思えない。
「う……はい」
オレは何とか返事をしながら、ニーノに腕を引っ張られて外に連れ出された。
◇
非常階段の踊り場。
こんなところまで来るスタッフはいない。
ニーノは近くに誰もいないことを確認すると、非常口のドアを閉めた。
「ニーノ……悪い、何だか……」
「ダメです!」
「いや、じゃなくて、あの人……」
「ダメです!」
「うっ……」
「この仕事は何としても受けてもらいます!! 報道番組ですよ?! しかも『Flower』のバズりを受けてのオファーですよ。SNS以外のお茶の間の皆さんにも周知させる、絶好のきっかけになる番組なんです!」
すごい剣幕で捲し立てられる。可愛い顔をしているのに、本当に怖い。
「ニーノ……」
「ダメです!」
多分……ニーノは、オレがいつものように仕事を選り好みしていると思っているんだ。
けど、違うんだ……
これはオレの将来に関わることで……。
でもまさか、『松戸さんとラブラブなビジョンが浮かんで、恥ずかしくて顔を見ていられないんだよね〜』なんて言えるはずもない。
「これまで実力があるのに、世間からは『知る人ぞ知る』って、ツチノコみたいな扱いを受けていたアナタが……これから大きく変わるんですよ。松戸さんを利用してやりましょう! トコトン仲良くなって、どんどん『さとし』をアピールしてもらいましょう!」
オレの目の前で、力強く力説するニーノ。
初めて会った時に、一緒に成功を喜んでいるビジョンが浮かんだことが思い出される。
だからオレ……いくら厳しく言われても、オレにとってニーノは最初から信頼できる人だったんだよな。
これまでオレのマネジメントをしてくれていたニーノにとっても、『Flower』のヒットは心から嬉しいんだと思う。
今、人気の松戸拓哉を利用して……っていうのも、業界にいるんだからちょっとは分かる。理解できる。
でもね……。
いいのかな……。
「さとしさん! ちゃんとインタビュー受けてくださいよ!! それと……できれば友達になりなさい」
「……うん」
「女性に人気のイケメンキャスターと友達。さとしさんの看板に花が添えられますね。さあ、行きますよ!」
「ん……」
非常階段の扉が開けられた。
煮え切らないオレの背中を叩いて、ニーノが喝を入れる。
◇
「お待たせしました。もう大丈夫ですので、ビシビシ質問してやってください」
ニーノが和やかに松戸さんに挨拶している。
オレは促されるように、目の前の椅子に座って頭を下げた。
「すいませんでした。外の空気を吸ってきたら落ち着きました」
「さとしさんって、踊っている時はクールなイメージがあるけど、普通にされていると……癒やし系って言われませんか? いや……何でもないです。すいません」
なぜか、真っ赤になっている松戸さん。
ニーノ……。
オレ、知らないよ。
お前が「友達になれ」って言ったんだからね……。
チラッとニーノを見ると、「うんうん」と深く頷いているのが見えた。
初めから……結果は分かっているけれど。
「同年代だからさぁ……『さとしさん』って言われると照れくさいんだよね」
「えっと……何とお呼びしましょう?」
「うーん。呼び捨てでいいよ」
「いきなり呼び捨ては、ハードル高いなぁ〜」
困ったような顔をする松戸さん。
こんな顔をしているのに……どこをどうやったら、あんな甘いビジョンに結びついていくんだろう。
「じゃあ……『さとしくん』ってお呼びしていいですか?」
結果までの過程を知るのも……楽しいかもしれない。
ふと、そんなことが頭に浮かんで、我ながらビックリした。
全部、ニーノがけしかけるからだ……。
でも……。
「んふふ……敬語もなし。まだ本番じゃないんだろ? 今日はよろしくね、たくちゃん!」
目の前で、さらに真っ赤な顔になった松戸拓哉。
あのイケメンが動揺している……。
ゲイじゃないオレが、どうやってこの人とあんな関係になるのか、ちょっとだけ興味があるのも本当だ。
さあ……
恋を始めよう。




