第7話 追われていると、気づかないまま
それから数日。
ギルドは、平穏だった。
依頼は回り、
冒険者たちは酒を飲み、
俺は相変わらず雑務と簡易依頼をこなしていた。
――何も、起きていない。
表向きは。
「最近、静かだな」
巡回帰り、カイルがそう言った。
「悪いことじゃない」
「まあな」
剣を肩に担ぎながら、彼は続ける。
「でも、こういう時ほど厄介なのが来る」
経験者の勘、というやつだ。
俺は、曖昧に頷いた。
嫌な感じは、ない。
だが――
違和感が、消えない。
強い予感ではない。
危険を示す明確なサインもない。
それでも。
(……何かが、減っている)
そんな感覚。
選択肢が、少しずつ、
静かに削られていくような。
昼過ぎ。
簡易依頼を終えて戻ると、
受付前でリナが首を傾げていた。
「どうした?」
「依頼書」
「内容が、少し変」
差し出された紙を見る。
《資材運搬補助》
※複数名可
※経路指定あり
「経路指定?」
「普通、こんなの付かない」
「安全確認は、現地判断が基本だから」
確かに。
指定されているのは、旧街道とは別の裏道。
最近、使われていない道だ。
胸の奥が、微かにざわつく。
――行くな、とは言っていない。
だが、
“選ばされている”感覚があった。
「……教官の署名は?」
「ある」
「だから、拒否はできない」
カイルが、依頼書を覗き込む。
「つまり」
「断ったら、評価が下がる」
「受けたら?」
「分からない」
三人で、沈黙する。
これは、試験ではない。
だが――
試されている。
俺は、息を吸った。
「受ける」
即断だった。
迷うほど、選択肢は多くない。
「ただし」
俺は続ける。
「指定経路は、状況次第で変える」
「安全優先だ」
カイルが、短く頷く。
「異論なし」
リナは、メモを取りながら言った。
「……変える判断が出た時点で」
「それ自体が、記録になるね」
誰かに見せるための、記録。
そう考えると、
背中が少しだけ冷えた。
指定された裏道は、森に近かった。
視界が悪く、
風の音が、やけに響く。
「……足音」
リナが、小声で言う。
耳を澄ます。
確かに。
俺たちのものじゃない。
だが、距離はある。
襲ってくる気配は、ない。
(……見てる)
その感覚が、はっきりした。
だが、
選択肢は、まだ残っている。
「……止まらない」
「でも、進路を変える」
俺は、そう言った。
逃げるほど、切迫していない。
従うほど、信用もできない。
中間。
――一番、嫌われる選択だ。
だが。
一番、情報が出る。
道を外れた瞬間、
足音が、一つ消えた。
代わりに、
別の方向から、微かな気配。
囲まれている。
だが、まだ――
手は出てこない。
「……確信した」
カイルが、低く言う。
「俺たち、追われてる」
「うん」
リナも、静かに続ける。
「でも、襲われてない」
それが、何より不気味だった。
俺は、歩きながら考える。
戦うか。
逃げるか。
報告するか。
どれも、まだ“早い”。
そして。
(……選ばせたいんだ)
誰かが。
俺たちに。
どう動くかを。
その日の依頼は、
何事もなく終わった。
資材は運ばれ、
報告書は受理された。
だが。
教官は、内容を見て、
一瞬だけ――
表情を変えた。
「……経路を変えたな」
「はい」
「理由は?」
俺は、正直に答えた。
「見られている気がしました」
教官は、何も言わない。
だが、
報告書を閉じる手が、止まった。
「……しばらく」
「お前たちの依頼は、こちらで選ぶ」
それは、保護か。
それとも――
隔離か。
分からない。
ただ。
日常は、もう戻らない。
それだけは、確かだった。
その日の夕方。
俺たちは、教官に呼び出された。
場所は、ギルド奥の会議室。
今まで使われていなかった部屋だ。
扉を閉めた瞬間、
空気が変わった。
「座れ」
教官の声は、低く、短い。
机の上には、依頼書が一枚。
封は、すでに切られている。
「これは、正式依頼だ」
胸が、僅かにざわつく。
正式――
だが、内容を見る前から分かる。
逃げ道が、ない。
《特別依頼:交易路再調査》
※三名指定
※途中離脱不可
※判断役必須
指定欄には、
アレン・クロイス
カイル
リナ
三人の名前が、はっきりと書かれていた。
「……途中離脱不可?」
カイルが、眉をひそめる。
「異例だな」
「異例だ」
教官は、認めた。
「だが、今はそれ以上に」
「“逃げ続ける”のが危険だ」
リナが、静かに言う。
「……泳がせる段階が、終わった?」
教官は、答えなかった。
代わりに、
視線を俺に向ける。
「アレン」
「これは、選択だ」
胸が、静かに締まる。
「断ることはできる」
「だが、その場合――」
「俺たちは、切られる」
俺が言うと、
教官は、ほんの僅かに目を細めた。
「理解が早いな」
沈黙。
拒否は、終わりを意味する。
受けるのは、危険を意味する。
だが。
今までと、違う点が一つある。
「……今回」
俺は、ゆっくり言った。
「“選ばされてる”だけじゃないですね」
「ほう」
「相手も」
「俺たちが、どう動くか」
「一段、踏み込んで見たい」
教官は、しばらく俺を見つめ――
低く言った。
「そうだ」
認めた。
「だから、こちらも一歩出る」
彼は、机の引き出しから
小さな金属製の札を取り出した。
刻まれているのは、
ギルドの上位印。
「緊急退避信号だ」
「使えば、すぐに増援が来る」
カイルが、息を呑む。
「……それを、俺たちに?」
「使わずに済ませろ」
教官は、即答した。
「だが、使う判断ができないなら」
「お前たちは、そこで終わりだ」
つまり。
生き延びることも、評価される。
逃げる判断も、試験。
「……受けます」
俺は、そう言った。
誰も、反対しなかった。
出発は、翌朝。
夜、宿舎に戻っても、
誰も多くを話さなかった。
準備。
確認。
最低限の会話。
出発前。
リナが、ぽつりと言った。
「……ねえ」
「怖くない?」
正直な問いだった。
俺は、少し考え――
正直に答える。
「怖い」
「……だよね」
「でも」
俺は続けた。
「怖くなくなったら」
「たぶん、間違う」
リナは、小さく笑った。
「それ、記録しておく」
「やめてくれ」
カイルが、剣を背負い直す。
「腹は、括った」
「逃げるなら、全力で逃げる」
「その判断は、俺がする」
そう言った瞬間、
二人の視線が、俺に集まった。
それは、信頼でも、依存でもない。
役割の確認だった。
「……任せる」
カイルが言う。
リナも、頷く。
その重さが、
今までで一番、はっきりと伝わってきた。
夜更け。
俺は、眠れずに天井を見ていた。
視界が、僅かに歪む。
だが、分岐は見えない。
今回は――
逃げ道そのものが、試験だ。
それでも。
(選ぶしかない)
いつもと同じ結論に、辿り着く。
だが、今回は。
間違えたら、終わる。
その覚悟だけが、
静かに胸に沈んでいた。
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