第6話 選ばれる側に、なる
その依頼は、朝一番で掲示された。
《調査補助:旧採石場周辺》
※二名以上/戦闘回避優先
※判断役同行推奨
最後の一文に、視線が止まる。
――判断役。
誰が書いたかは、分からない。
だが、意図は明確だった。
「……お前の名前、あるぞ」
隣で、カイルが顎で依頼書を指す。
俺の名前と、
もう一人分の空欄。
「もう一人、誰にする?」
即答できなかった。
候補は、少ない。
雑務係。
保留中。
評価が低くても、切られていない人間。
「……リナは?」
カイルが、少し眉をひそめる。
「足は?」
「もう大丈夫だって」
「本人が、行く気だ」
その瞬間。
「聞こえてるよ」
背後から、声。
振り返ると、リナが腕を組んで立っていた。
「私、荷物持ちと記録役でしょ?」
「戦わないなら、問題ない」
即席だが、
噛み合う構成だった。
剣。
判断。
記録。
――三人。
「……行こう」
そう言ったのは、俺だった。
自分が“決める側”になったのを、
はっきり自覚した瞬間だった。
旧採石場は、使われなくなって久しい。
崩れた岩壁。
放置された坑道。
魔獣が棲み着いても、不思議はない場所だ。
「……静かすぎる」
リナが、小声で言う。
同意だった。
風の音。
小石が落ちる音。
だが、
生き物の気配が、薄い。
胸が、じわりとざわつく。
嫌な感じ。
今までで、一番はっきりしている。
「止まろう」
俺が言う前に、
カイルが足を止めた。
「……俺も、嫌な感じがする」
それは、初めてだった。
俺以外の人間が、
同じ“違和感”を口にしたのは。
「魔獣じゃないな」
リナが、周囲を見回す。
「人の手が入ってる」
坑道の入口。
新しい足跡。
そして――
地面に残る、奇妙な痕。
「……これ」
俺は、しゃがみ込む。
見覚えが、ない。
だが。
“選択肢が削られている”感覚があった。
ここに来た時点で、
既に“詰み”に近づいている。
「入るのは、やめよう」
俺は、即座に言った。
カイルが、頷く。
「同意」
「中は、良くない」
リナも、すぐにメモを取った。
「理由は?」
「分からない」
「でも、ここは――」
言葉を探す。
そして、正直に言った。
「入った後の選択肢が、少なすぎる」
沈黙。
だが、誰も反論しなかった。
三人で、ゆっくりと距離を取る。
その瞬間。
坑道の奥から、
金属音が響いた。
――人だ。
それも、武装している。
「……正解だったな」
カイルが、低く言う。
俺は、息を吐いた。
今回は、間に合った。
ギルドへの帰路。
「なあ、アレン」
カイルが言う。
「お前、いつから“判断役”なんだ?」
問いは、軽い。
だが、核心だった。
「……分からない」
「でも、誰かが決めないといけない時に」
「たまたま、俺だっただけだ」
リナが、少し笑う。
「でもね」
「“たまたま”続くと、それは役割になるよ」
胸に、落ちる言葉だった。
ギルドに戻ると、教官が待っていた。
「採石場、入らなかったそうだな」
「はい」
「理由は?」
「……危険だと判断しました」
教官は、少しだけ目を細める。
「結果的に」
「内部で、違法採掘と武装集団の痕跡が見つかった」
背筋が、冷えた。
もし、入っていたら。
「減点は、なしだ」
その一言で、
場の空気が変わった。
「だが」
教官は続ける。
「次は、もっとはっきり“狙われる”」
「覚悟しておけ」
狙われる。
何に?
聞く前に、教官は踵を返した。
その夜。
俺は、一人で考えていた。
選択を、避けるだけの存在だった俺が、
いつの間にか――
選ばれる側になりつつある。
それが、
良いことなのか。
それとも――
世界にとって、都合が悪いことなのか。
答えは、まだ出ない。
だが。
戻れない場所まで、
来てしまったことだけは、分かっていた。
旧採石場の坑道奥。
灯りを落としたまま、数人の男たちが集まっていた。
「……撤収は正解だったな」
低い声が、岩肌に反響する。
「予定より早い」
「ギルド側に、鼻の利くのがいる」
別の男が、地面を指した。
足跡。
三人分。
戦闘の痕跡は、ない。
「入ってこなかった」
「普通なら、様子見くらいはする」
沈黙。
やがて、一人が言った。
「――判断役だ」
その言葉で、空気が張り詰める。
「剣でも、魔法でもない」
「それでも、選択を外さない」
男は、フードの奥で笑った。
「厄介だな」
「力がない分、始末しにくい」
別の男が、低く唸る。
「報告するか?」
「……ああ」
躊躇いは、なかった。
「まだ“確定”じゃない」
「だが、候補としては十分だ」
彼は、懐から薄い金属片を取り出した。
刻まれているのは、
奇妙な紋様。
目が合うと、
見てはいけないものを見た気になる――
そんな感覚を覚える印だ。
「観測対象:暫定C」
淡々と、言葉が落とされる。
「危険度:低」
「影響度:未確定」
一瞬、間が空く。
「……消すには、まだ早い」
それが、結論だった。
「泳がせる」
「どう選ぶかを、見る」
灯りが消える。
坑道に残ったのは、
人の気配が消えた静寂だけだった。
その頃。
ギルド近くの宿舎で、
俺は寝返りを打っていた。
理由は、分からない。
ただ、胸の奥が――
ざわついて仕方がなかった。
(……見られてる?)
馬鹿げた考えだ。
誰が、何のために。
答えは、出ない。
それでも。
選択肢が、少しずつ削られている感覚だけは、
確かにあった。
俺は、目を閉じた。
まだ、何も知らない。
だが。
世界の方が先に、
俺を見つけてしまったらしい。
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