第5話 減点は、静かに効いてくる
翌日。
ギルドの掲示板は、いつも通りだった。
依頼は貼られ、剥がされ、
冒険者たちは騒がしく行き交っている。
――ただし。
俺の周りだけ、少し空気が違った。
「……あれが、昨日の」
「雑務係のくせに、勝手に前に出たらしい」
声は小さい。
だが、隠す気もない。
俺は、何も言わずに床を拭いた。
リナは、今日は別の持ち場に回されている。
足の具合は軽い打撲で済んだが、無理はできない。
「アレン」
教官の声がした。
嫌な予感、ではない。
だが、軽くもない。
奥の事務室に通される。
机の上には、昨日の報告書。
「実地対応」
「判断の遅れによる負傷者一名」
淡々と読み上げられる。
「減点処理とする」
「しばらく、単独行動は禁止だ」
予想通りだった。
「異議は?」
「……ありません」
言い訳は、できない。
事実だ。
「……一点だけ」
教官が、視線を上げた。
「なぜ、林に入った」
答えは、用意していなかった。
だが、正直に言う。
「大丈夫だと思ったからです」
「根拠は?」
「……ありません」
教官は、しばらく黙り込み――
低く言った。
「それが、お前の弱さだ」
否定ではない。
指摘だった。
「判断は、常に“最悪”を基準にしろ」
「それができないなら、お前の力は危険だ」
力。
初めて、教官の口からその言葉が出た。
評価ではない。
警告だ。
「以上だ」
それで、話は終わった。
事務室を出ると、視線が集まる。
同情。
警戒。
そして、安堵。
――自分じゃなくて良かった、という顔。
俺は、雑務に戻った。
荷を運び、記録を整理する。
昼過ぎ。
受付の女性職員が、書類を差し出してきた。
「簡易依頼」
「……二人以上限定」
そこには、俺の名前が書かれていた。
単独禁止。
だが――
排除ではない。
「これ、受ける?」
問いかけは、事務的だった。
だが、突き放してはいない。
「……はい」
選択肢は、まだ残っている。
それで、十分だ。
夕方。
リナが、片足を引きずりながら近づいてきた。
「減点、された?」
「された」
「そっか」
それだけで、会話は終わる。
だが、彼女は立ち去らなかった。
「……でもさ」
少し間を置いて、言う。
「減点で済んだってことは」
「完全にダメ、じゃないってことだよね」
俺は、答えなかった。
だが。
胸の奥で、何かが静かに固まった。
評価は、下がった。
信用は、揺れた。
それでも。
切られてはいない。
なら。
次にやることは、一つだ。
取り返す。
正解じゃなくてもいい。
取り返しがつかない選択を、しないために。
簡易依頼の内容は、いつもより一行多かった。
《巡回補助:旧街道南区画》
※単独不可/判断は同行者と共有すること
――共有。
それが、今回の条件だった。
受付で依頼書を確認していると、背後から声がした。
「……アレン?」
振り返ると、そこに立っていたのは、
同期の一人――剣術スキル持ちの男だった。
名は、カイル。
俺より先に、正式冒険者に近づいている存在。
「お前も、この依頼か」
「……そうみたいだな」
一瞬、気まずい沈黙。
昨日までなら、ここで終わっていた。
だが。
「教官に言われた」
カイルが、ぶっきらぼうに言う。
「お前と組めって」
その言葉に、周囲の空気が少し変わる。
――ああ、そういう扱いか。
信用ではない。
監視だ。
「嫌なら、断ってもいい」
「いや」
カイルは、首を振った。
「俺も、条件付きだ」
「一人で動くな、ってな」
お互い様、というわけだ。
「……よろしく頼む」
「ああ」
握手は、なかった。
だが、拒絶もない。
旧街道は、人気が少ない。
崩れた石畳。
草に覆われた道。
「で」
歩きながら、カイルが言う。
「昨日の件、本当に“勘”なのか」
責める口調ではない。
確認だ。
「……説明できない」
「分かるのは、危ないかどうかだけだ」
「ふうん」
カイルは、それ以上追及しなかった。
「俺は、剣を振ることしかできない」
「だから、判断役がいるなら助かる」
意外な言葉だった。
才能ある側の人間が、
そう言うとは思っていなかった。
胸が、わずかにざわつく。
だが、今度は――
前向きな感覚だ。
「止まれ」
俺は、足を止めた。
理由は、分からない。
だが、嫌な感じがした。
「何か来るか?」
「……来ない」
「でも、今は進まない方がいい」
カイルは、一瞬だけ迷い――
すぐに頷いた。
「了解」
その直後。
遠くで、枝が折れる音がした。
魔獣ではない。
人だ。
「密猟者か」
「たぶん」
正面衝突は、避けるべきだ。
俺は、低い声で言った。
「回り道をする」
「見つからないことを優先しよう」
「逃げるのか?」
「戦う理由がない」
カイルは、短く笑った。
「……そういう判断、嫌いじゃない」
二人で、森側へ回り込む。
結果的に、密猟者たちは街道を離れ、
俺たちは無事に巡回を終えた。
依頼は、成功。
だが。
報告書には、こう書かれた。
異常なし(接触回避)
功績は、ない。
それでも。
帰路。
「なあ、アレン」
「なんだ」
「お前の判断」
少し間を置いて、カイルは言った。
「正解かどうかは分からない」
「でも、無駄な怪我はしない」
それは、剣士なりの評価だった。
「……次も、組むか?」
一瞬、驚いた。
だが、すぐに答える。
「条件付きなら」
「上等だ」
短い会話。
だが。
信頼は、こうやって積み重なる。
ギルドに戻ると、教官が報告書を確認していた。
目が合う。
何も言われない。
だが、
視線は、以前より少しだけ――
重かった。
それで、十分だった。
制限は、まだある。
評価も、戻っていない。
それでも。
俺は、また選んだ。
今度は、
一人じゃなく。
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