第4話 試験は、静かに始まっていた
翌朝。
ギルドに入った瞬間、空気が違うことに気づいた。
ざわつきが、少ない。
依頼掲示板の前に集まる冒険者たちも、どこか静かだ。
「……アレン」
リナが、俺の袖を引いた。
「今日、教官の動きが変」
「朝から、候補生の名前を確認してる」
嫌な予感、ではない。
だが――
落ち着かない。
「雑務係、集合だ」
教官の声が、ギルドに響いた。
呼ばれたのは、俺を含めて三人。
全員、冒険者候補として“保留”になっている者たちだ。
奥の簡易会議室に通される。
机の上には、地図と数枚の書類。
「これから、簡易試験を行う」
教官は、淡々と言った。
「戦闘は含まれない」
「評価対象は、判断だ」
一瞬、室内が静まり返る。
「依頼形式で動いてもらう」
「ただし、これは正式な依頼ではない」
つまり――
記録にも、功績にも残らない。
失敗すれば、評価は下がる。
成功しても、何も変わらない。
いかにも、この場所らしい試験だ。
「質問はあるか」
誰も、手を挙げない。
教官の視線が、一瞬だけ俺に向いた。
胸が、わずかにざわつく。
だが、まだ――
選択の時じゃない。
試験内容は、単純だった。
想定依頼への対応策を、その場で決める。
地図上に、状況が示される。
小規模な村
魔獣の目撃情報
冒険者パーティーは未到着
「あなたが現地に最初に着いた場合」
「どう動く?」
最初に指されたのは、別の候補生だった。
彼は即答する。
「村人を集め、武器を配ります」
「時間を稼ぎます」
教官は、何も言わない。
次の候補生。
「危険なので、撤退を勧めます」
「正式冒険者を待つべきです」
それも、間違いではない。
そして――
「アレン」
名前を呼ばれた瞬間、
胸の奥が、静かに締まった。
地図を見つめる。
村。
道。
森。
視界が歪むことは、ない。
だが。
選択肢の“重さ”だけが、伝わってくる。
「……まず、村人を外へ出します」
教官が、僅かに眉を動かした。
「武器は持たせない」
「逃げ道を確保する」
「戦わないのか」
「はい」
「戦えば、被害が出ます」
自信は、ない。
だが、確信はあった。
「魔獣の目的が不明なまま、戦うのは危険です」
「まず、選択肢を減らします」
沈黙。
数秒後、教官は地図を片付けた。
「……以上だ」
それだけだった。
評価も、講評もない。
他の候補生たちは、戸惑った顔で部屋を出ていく。
最後に残ったのは、俺だけだった。
「アレン」
教官が、低い声で言う。
「一つだけ、聞く」
胸が、ざわつく。
「お前は、正解を探しているのか?」
一瞬、答えに迷った。
だが。
「……違います」
「ほう」
「俺は」
「一番、取り返しがつかない選択を避けたいだけです」
教官は、しばらく俺を見つめ――
小さく、息を吐いた。
「……帰れ」
それ以上は、何もなかった。
会議室を出ると、リナが待っていた。
「どうだった?」
「分からない」
正直な答えだった。
評価された感覚は、ない。
だが。
「ね」
リナが、小さく笑う。
「たぶん、それで合ってる」
「根拠は?」
「あなた、また“選んでた”から」
それだけだった。
試験は、終わった。
だが。
本当の試験は、たぶん――これからだ。
試験が終わった、その日の午後。
俺は、再びギルドに呼び止められた。
「実地だ」
教官は、それだけ言った。
簡易試験の延長。
だが、今度は机上ではない。
「村外れで、小規模な異変が起きている」
「正式冒険者は、少し遅れる」
胸が、僅かにざわつく。
嫌な予感ではない。
だが、軽くもない。
「候補生一名、雑務係一名」
「状況確認が目的だ」
視線が、俺に向く。
「……行けるか」
「はい」
即答だった。
隣に立ったのは、リナだ。
「私も行く」
「状況確認なら、記録役が必要でしょ」
教官は、一瞬考え――頷いた。
「勝手はするな」
「帰ってこい」
それだけだった。
異変が起きているという場所は、小さな林の奥だった。
村は近い。
だが、見通しは悪い。
「魔獣の痕跡は……薄い」
リナが、地面を見ながら言う。
俺は、周囲を見回した。
胸のざわつきは、弱い。
――大丈夫、か?
「……先に進もう」
それが、俺の選択だった。
安全側ではある。
だが、慎重すぎるほどでもない。
その瞬間。
「っ!」
地面が、崩れた。
正確には――
崩された。
隠されていた落とし穴。
俺は反射的に身を引いたが、
リナが、足を取られた。
「リナ!」
腕を掴む。
だが、体勢が悪い。
視界が歪む。
――遅い。
選択肢が、見えない。
次の瞬間、
彼女は穴の底へ落ちた。
「くっ……!」
幸い、深くはない。
だが、着地の衝撃で、リナは動けなくなった。
「……足、やったかも」
声は、冷静だった。
それが、余計に胸を締めつける。
俺の判断が、甘かった。
「……俺のせいだ」
「違う」
即答だった。
「罠を張った側が悪い」
「あなたは、止まろうとした」
だが。
足りなかった。
選択は、常に間に合うとは限らない。
魔獣が、姿を現した。
数は、一体。
だが、動きが速い。
正式冒険者が来るまで、時間はある。
逃げる?
無理だ。
リナを置いてはいけない。
戦う?
勝てない。
選択肢が、どれも重い。
視界が、歪む。
だが、今度は――
分岐が、少ない。
(……俺が、囮になる)
最悪の選択。
だが、唯一の道。
俺は、わざと音を立てて走った。
「アレン!」
「動くな!」
魔獣が、俺を追う。
恐怖で、足が震える。
だが、振り返らない。
転べば、終わりだ。
必死に距離を稼ぐ。
そして――
遠くで、角笛の音が響いた。
正式冒険者だ。
魔獣は、舌打ちするように向きを変え、森へ逃げた。
俺は、その場に崩れ落ちた。
後で、教官から告げられた。
「罠を張ったのは、密猟者だ」
「魔獣を誘導するためのものだった」
俺の判断が、完全に間違っていたわけではない。
だが、十分でもなかった。
「……減点だな」
教官は、そう言った。
それだけだ。
だが。
「死者は、出なかった」
その一言が、全てだった。
帰り道。
「……ごめん」
俺は、リナに言った。
「あなたが謝ることじゃない」
「それでも」
「それでも」
リナは、はっきり言った。
「私は、次もあなたと行く」
理由を、聞くまでもなかった。
俺は、初めて――
選択を誤った。
それでも。
選ばなければ、
もっと酷い結果になっていた。
その事実だけは、変わらない。
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