第3話 選ぶ俺を、見る人がいた
倉庫裏の害獣駆除から、三日が経った。
ギルドでの俺の立場は、相変わらずだ。
雑務係。
冒険者候補・保留中。
床を拭き、荷を運び、依頼書を整理する。
名前を呼ばれることは、ほとんどない。
――それでいい。
今は、まだ。
「アレン」
不意に、聞き慣れない声がした。
振り向くと、木箱の影から一人の少女が顔を出していた。
年は、俺と同じくらいだろう。
薄茶色の髪を後ろでまとめ、簡素な作業着を着ている。
冒険者ではない。
だが、ギルドの人間だ。
「……俺?」
「そう。雑務係のアレン」
なぜ、名前を知っている。
その疑問が顔に出ていたのか、彼女は少しだけ笑った。
「受付で聞いた」
「害獣駆除、単独で行ったんでしょ」
噂になるほどのことじゃない。
そう言おうとして、やめた。
「……仕事ですから」
「ふうん」
彼女は、俺をまじまじと見た。
値踏みではない。
かといって、好意でもない。
観察。
その言葉が、一番近かった。
「ねえ」
「倉庫裏、入る前に止まったよね?」
――心臓が、一瞬だけ跳ねた。
「……見てたのか?」
「偶然」
「木箱の整理してたから」
嘘ではない。
だが、全部でもない。
「普通、あの位置で止まらない」
「まっすぐ入るか、逆に逃げる」
彼女は、淡々と続ける。
「でも、あなたは“待った”」
「それって――」
言葉が、途切れた。
彼女は、少しだけ言いにくそうに視線を逸らす。
「……予感、とか?」
俺は、答えなかった。
答えられなかった。
説明できないことを、無理に言葉にすると、
嘘になる気がしたからだ。
沈黙。
だが、彼女はそれ以上、踏み込まなかった。
「まあ、いいや」
「言いたくないなら」
それが、ありがたかった。
「私はリナ」
「ギルドの雑務、あなたと同じ」
差し出された手を、軽く握る。
「アレン」
「知ってる」
即答だった。
少し、むず痒い。
「……何か用か?」
「うん」
リナは、頷いた。
「今日、もう一件」
「簡易依頼が出るはずなの」
嫌な予感が、胸をかすめた。
――だが。
今回は、さっきとは違う。
逃げたい、じゃない。
考えろ、という感覚だ。
「複数人向け?」
「それとも単独?」
「単独」
「しかも、危険度は最低のまま」
それは、おかしい。
害獣駆除の次に、
わざわざ単独依頼を続ける理由がない。
「……誰が出した?」
「教官」
やっぱり、か。
「たぶん」
リナは、少しだけ声を落とす。
「見られてるよ、あなた」
それは、警告だった。
同時に――
機会でもある。
俺は、深く息を吸った。
「受ける」
「即答?」
「選ばない理由がない」
そう言うと、
リナは一瞬だけ目を丸くし、すぐに微笑った。
「……変なの」
「よく言われる」
「ううん」
彼女は首を振る。
「ちゃんと、“選んでる”人って意味」
その言葉が、胸に残った。
俺は、まだ強くない。
評価も、ない。
それでも。
選ぶ俺を、見ている人がいる。
それだけで、
少しだけ、前に進める気がした。
簡易依頼の内容は、拍子抜けするほど地味だった。
《排水路の詰まり確認》
魔獣討伐でもなければ、護衛でもない。
町外れの排水路に、異常がないか確認するだけ。
「……本当に最低危険度だな」
「表向きはね」
隣を歩きながら、リナが小さく言った。
彼女は今日は依頼同行という形で、正式な参加者ではない。
あくまで「雑務係の補助」。
だが。
(1人じゃない)
それだけで、妙に落ち着いていた。
排水路は、半地下構造だった。
石造りの通路に、水の流れる音が反響する。
「詰まりがあったら報告」
「無かったら、戻るだけ」
「簡単そうに聞こえるな」
「“そう聞こえる”のが危ない時もある」
その言葉に、俺は頷いた。
少し進んだところで、胸がざわついた。
――進むな。
理由は、分からない。
だが、さっきまでとは違う。
強い嫌悪感。
「止まって」
思わず、声に出ていた。
リナは即座に足を止める。
「……何か見えた?」
「見えた、ってほどじゃない」
「ただ、嫌な感じがする」
彼女は、俺の顔を見て、少しだけ考え――
「じゃあ、右の点検口から行こう」
即断だった。
疑問も、反論もない。
それが、ありがたかった。
点検口を開けた瞬間、
奥から黒い影が飛び出した。
「っ!」
リナが悲鳴を上げる前に、
影は通路中央を通り過ぎ、元の排水路へ消えた。
「……今の」
「害獣だな」
「たぶん、待ち伏せてた」
もし、あのまま進んでいたら。
考えなくても、結果は分かる。
「……信じて正解だった」
リナが、静かに言った。
「疑わないんだな」
「疑う理由がない」
「あなた、今まで外してないでしょ」
それは、評価じゃない。
事実の確認だった。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
依頼は、その後何事もなく終わった。
詰まりの原因は、害獣が持ち込んだ巣材だったらしい。
報告書には、簡潔に記された。
――異常なし(対応済)。
ギルドに戻ると、教官が俺たちを呼び止めた。
「アレン」
「判断を変えた理由を言え」
一瞬、言葉に詰まる。
説明できない。
だが、リナが先に口を開いた。
「危険を感じたそうです」
「理由は、本人にも分からないと」
教官は、俺ではなく、リナを見た。
「……それで?」
「私は、それで十分だと思いました」
数秒の沈黙。
やがて、教官は小さく息を吐いた。
「……そうか」
それ以上、何も言わなかった。
評価が変わったわけじゃない。
立場も、何も。
だが。
帰り道、リナがぽつりと言った。
「ねえ、アレン」
「なんだ?」
「次も、誘っていい?」
その言葉は、軽かった。
だが、確かに――
信頼だった。
「……ああ」
俺は、そう答えた。
成長率は、ゼロ。
強くもない。
それでも。
選んだ結果が、
少しずつ、人を繋ぎ始めている。
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