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才能なしと切り捨てられた俺は、選択ミスを避けるだけで最前線に立たされている ~戦えない冒険者の、生き残り判断録~  作者: 蒼月アルト


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第14話 記録は、嘘をつかない

 夜更け。


 焚き火の音だけが、野営地に残っていた。


 カイルは眠っている。

 浅い呼吸。

 疲労が、そのまま形になったようだ。


 俺は、火を見つめていた。


 分岐は、見えない。


 ここ数日、

 ほとんど見えなくなっている。


 その事実が、

 胸の奥に重くのしかかっていた。


「……ねえ」


 静かな声。


 振り返ると、

 リナが、記録帳を抱えて立っていた。


「少し、いい?」


 拒否する理由は、ない。


「どうした」


 彼女は、俺の隣に座り、

 火に照らされたページを開いた。


 びっしりと書き込まれた文字。

 赤線。

 矢印。


「ここ、見て」


 指差されたのは、

 第6話の採石場調査。


「ここも」

 ページをめくる。

「第8話の交易路」

「第10話の集落」


 どれも、

 俺が判断役だった現場だ。


「……何か、おかしいか?」


 リナは、少しだけ躊躇い――

 それでも、言った。


「被害の“痕跡”が、薄すぎる」


 胸が、ざわつく。


「薄い?」


「うん」

 彼女は、言葉を選ぶ。

「怪我人はいる」

「壊れたものもある」


 だが――


「事故が起きた“はずの場所”に

 痕跡が、残ってない」


 焚き火が、ぱちりと音を立てた。


「……どういう意味だ」


「例えば」

 彼女は、記録を指でなぞる。

「この集落の戦闘」

「魔獣が突入した位置」


 図面。


 地面が荒れたはずの場所。

 壁が壊れたはずの箇所。


「実際には」

 リナは、低く言う。

「“ほとんど壊れてない”」


 思い出す。


 確かに――

 修理は、最小限だった。


「時間が経ったからじゃないのか」


「違う」

 彼女は、即答する。

「時間経過の痕跡じゃない」


 紙を、もう一枚。


「“最初から、そこに被害がなかった”みたいな記録」


 背中が、ひやりとした。


「……私ね」


 リナは、視線を落とす。


「最初は」

「あなたの判断が、的確だからだと思ってた」


 それは、皆が思っていることだ。


「でも」

 彼女は、続ける。

「判断が“間に合わなかった”場面でも」

「被害が、綺麗すぎる」


 胸の奥で、

 何かが、静かに崩れた。


「偶然じゃない」

 彼女は、そう言った。

「少なくとも」

「私は、そう記録してる」


 俺は、言葉を失った。


 自分の判断が、

 未来を変えているなんて――

 そんな感覚は、ない。


 俺がやっているのは、

 ただ避けているだけだ。


 最悪を。


「……それが、何を意味する」


 声が、少し掠れる。


 リナは、首を振った。


「分からない」

「だから、怖い」


 そして、

 俺を見た。


「あなたが“選ばなかった未来”」

「それ、どこに行ってると思う?」


 その問いは、

 今までで一番、重かった。


 沈黙が、落ちる。


 焚き火の音。

 遠くの虫の声。


「……俺は」

 俺は、ようやく言葉を見つける。

「何も、消してない」


「知ってる」

 リナは、すぐに言う。

「あなたは、そんなことしない」


 だからこそ。


「意図せず、起きてる」


 その可能性が、

 胸に刺さる。


「……記録は」

 俺は、ゆっくり言った。

「消さないでくれ」


 リナは、頷いた。


「全部、残す」

「良いことも」

「悪いことも」


 それが、

 彼女の覚悟だった。


 翌朝。


 教官が、俺を呼び止めた。


「……顔色が悪いな」


「少し、考え事を」


「だろうな」


 教官は、短く言った。


「お前を追ってる連中がいる」


 心臓が、跳ねる。


「敵か」


「まだ、断定できん」

「だが――」


 視線が、鋭くなる。


「お前の判断が、世界に影響している」


 リナの言葉と、重なる。


「……知ってるんですか」


「いや」

 教官は、首を振る。

「確信は、ない」


 だが。


「気づき始めているのは」

「お前だけじゃない」


 その一言で、十分だった。


 その夜。


 俺は、眠れなかった。


 分岐は、相変わらず見えない。


 だが――

 何かが、見えなくなっている理由は、

 少しだけ、分かった気がした。


 選ばなかった未来。


 それは、

 ただ消えているわけじゃない。


 どこかへ――

 押しやられている。


 その先が、

 安全だとは、限らない。


 それでも。


 選ぶしかない。


 俺がやめれば、

 もっと酷い未来が来る。


 それを、

 俺はもう、知ってしまった。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


次の投稿からは、1日1回の更新になります。


ブックマークをして、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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