第13話 危険だが、代わりがいない
報告書を閉じた瞬間、
教官は小さく息を吐いた。
机の上には、三つの書類。
街道警戒任務(判断役代行)
集落防衛任務(判断役:アレン)
交易路襲撃事案(被害集中)
どれも、
死者は出ていない。
それが、何より厄介だった。
「……綺麗すぎる」
独り言のように呟く。
被害は出ている。
怪我人もいる。
物資も失われている。
だが――
“壊滅”が一度も起きていない。
偶然で片付けるには、
回数が多すぎた。
「上は、どう見る」
背後から声がした。
ギルド上層の監査官。
書類を抱え、感情のない目をしている。
「危険因子だろうな」
教官は、即答した。
否定しない。
庇いもしない。
「判断を一人に集める」
「被害を一点に集中させる」
「……扱いを誤れば、現場が壊れる」
監査官は、淡々と頷く。
「では、切るか」
その問いに、
教官は一瞬だけ黙った。
そして、答える。
「切れない」
「理由は」
教官は、机の上の書類を一枚、押し出す。
代行判断任務・被害分布図
赤い印が、広範囲に散っている。
「判断役を外した場合」
「被害は、広く浅く出る」
次に、別の紙。
アレン同行任務・被害分布図
赤印は、
一点に集まっている。
「死人は?」
「出ていない」
「壊滅は?」
「起きていない」
監査官は、しばらく図を見つめ――
低く言った。
「……異常だな」
「そうだ」
教官は、認めた。
「自然ではない」
「能力か」
監査官の問いに、
教官は首を振る。
「能力というより」
「性質だ」
言葉を選ぶ。
「あいつは、未来を見ているわけじゃない」
「正解を知っているわけでもない」
監査官が、続きを促す。
「ただ」
教官は、低く言った。
「最悪になる道を、片っ端から切っている」
そして、
切った結果を――
自分の足元に集めている。
「……だから嫌われる」
「そうだ」
教官は、頷く。
「判断役は、常に嫌われる」
監査官は、視線を上げる。
「それでも使う、と?」
教官は、即答しなかった。
一瞬、
脳裏に浮かぶ。
雑務をしていた少年。
評価されず、
それでも逃げなかった背中。
「……使う、ではない」
教官は、言い直す。
「賭ける」
監査官が、眉を動かす。
「世界にか」
「違う」
教官は、静かに否定した。
「あいつ自身にだ」
「危険だぞ」
監査官は、淡々と言う。
「壊れるかもしれん」
「あるいは、歪める」
「分かっている」
教官は、椅子にもたれた。
「だが」
視線を落とす。
「代わりがいない」
それが、結論だった。
完璧な判断役など存在しない。
だが――
壊滅を避け続けられる存在は、もっといない。
「嫌われ役を引き受けられるのは」
「覚悟のある人間だけだ」
監査官は、少し考え――
頷いた。
「……分類は?」
教官は、即答した。
「暫定:危険資産」
保護でも、排除でもない。
使いながら、壊れないかを見る。
「敵が動くぞ」
「だろうな」
教官は、窓の外を見る。
「だから、前に出す」
守れば、
何も分からない。
切れば、
二度と戻らない。
「……酷な役回りだ」
監査官の言葉に、
教官は、小さく笑った。
「最初から、そういう目をしていた」
夜。
教官は、一人、廊下を歩いていた。
向かう先は、
宿舎。
だが、声はかけない。
守らない。
説明しない。
それが、
今の立場だ。
「……生き残れよ」
それだけを、心の中で呟く。
判断役は、
好かれない。
だが。
いなくなった後で、価値が分かる。
それが、
この世界の残酷な現実だった。
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