第10話 判断が、通じない
その集落は、小さかった。
交易路から半日ほど外れた場所にあり、
畑と家屋が十数軒並ぶだけの、地図にも載らない村だ。
「……護衛、っていうより見張りだな」
カイルが、周囲を見回しながら言った。
魔獣の痕跡は薄い。
建物も壊れていない。
だが――
(……いる)
胸の奥が、静かにざわついていた。
強い危険ではない。
逃げるべき、という感覚でもない。
それでも、
何かが近づいているという確信だけがあった。
「アレン」
リナが、小声で言う。
「村人、避難させる?」
俺は、首を振った。
「今は、まだ」
「動かせば、逆に混乱する」
逃げれば、助かる可能性はある。
だが、間に合わない人間が出る。
選択肢は、見えている。
そして――
どれも、痛みを伴う。
(……ここは、逃げられない)
その判断が、
自分でも驚くほど、はっきりしていた。
「村の中心に人を集める」
「俺たちは、外周を固める」
カイルが、眉をひそめる。
「迎え撃つのか?」
「完全には」
「時間を稼ぐだけだ」
正直なところ、
戦えば勝てる保証はない。
だが。
(逃げれば、壊滅する)
それだけは、はっきりしていた。
異変は、夕暮れ時に起きた。
村の外れで、悲鳴が上がる。
「来た!」
姿を現したのは、魔獣――
だが、数が少なすぎる。
「……囮だ」
口に出した瞬間、
胸が強くざわついた。
別方向。
同時に。
「カイル、右を頼む!」
「リナ、村人を下げて!」
考える暇はない。
選択肢が、急速に削られていく。
カイルが剣を抜き、
魔獣に斬りかかる。
だが、その背後――
「……っ!」
別の影が、森から飛び出した。
間に合わない。
視界が歪む。
だが、分岐は見えない。
ここには、正解がない。
「……そっちじゃない!」
叫ぶ。
だが、遅い。
魔獣の爪が、
同行していた別の冒険者を弾き飛ばした。
「ぐっ……!」
血。
倒れる身体。
最悪は、避けられた。
致命傷ではない。
だが――
無傷ではない。
戦いは、短時間で終わった。
魔獣は撤退。
村は、守られた。
だが、
負傷者が出た。
「……俺が前に出るべきだった」
カイルが、悔しそうに言う。
俺は、何も言えなかった。
彼の言葉は、正しい。
もっと早く、
もっと強く踏み込めていれば。
だが。
(それでも、逃げていれば……)
考えが、止まらない。
どの道を選んでも、
誰かが傷つく。
それが、現実だ。
夜。
簡易的な治療が終わり、
村は静まり返っていた。
俺は、一人で外に出る。
空を見上げると、
星が、やけに多い。
(……判断は、通じなかった)
最善だったはずだ。
それでも、
傷ついた人間がいる。
俺の力は、
万能ではない。
いや――
最初から、万能じゃなかった。
リナが、隣に立った。
「……逃げなかったね」
「ああ」
「後悔してる?」
少し考え――
正直に答える。
「してる」
「でも、逃げてたら」
「もっと後悔してた」
彼女は、何も言わなかった。
ただ、記録帳を開く。
「……ねえ」
静かに、言った。
「今日の判断」
「結果は、残ってる」
胸が、ざわつく。
「でも」
彼女は続ける。
「“傷ついた理由”だけが」
「うまく、記録できない」
その言葉は、
刃物のように静かだった。
俺は、何も答えられなかった。
村は、守った。
だが、
全ては守れなかった。
それが、
逃げないと決めた代償だ。
それでも。
次も、俺は選ぶだろう。
正解がなくても。
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