滅びの世界
空は赤黒く、地は裂け、風は灰を運んでいた。
大地に残るのは、燃え尽きた街と、かつて人と呼ばれた影の残骸。
男――名をアゼルという。
人々から「最後の賢者」と呼ばれた彼は、燃え崩れる塔の頂に立ち、呟いた。
「……やはり、間に合わなかったか」
千年続いた王国も、勇者たちの血脈も、全ては魔の災厄に呑み込まれた。
生き残ったのは彼一人。いや、“生かされてしまった”と言うべきだろう。
アゼルは血に染まった杖を地に突き立て、最後の魔術を編み上げる。
それは世界を救う術ではなく、ただ一つの願い―― 滅びを回避するため、過去へ戻ること。
「未来が砕けたなら、せめて……過去を救え」
全身を喰らう光と魔力の奔流。
彼の意識は闇へと沈み――そして、新たな世界に目を開いた。
目を覚ましたとき、アゼルは驚愕した。
そこに広がっていたのは、青空と緑の草原。
かつて見たことのないほど清浄で、美しい世界だった。
「……成功、したのか」
彼は自らの手を見下ろす。皺に覆われた老いた指ではなく、若々しい少年の手。
魔術で編んだ転生の術は、彼を数百年前――まだ世界が健全だった時代へ送り込んだのだ。
だが、歓喜の裏に一つの恐怖がある。
この世界もまた、放っておけばやがて滅びる。未来を知るのは、自分だけ。
「もう二度と……同じ終焉を繰り返させはしない」
その誓いを胸に、アゼルは歩き出す。
滅びの未来から来た賢者として。
まだ誰も知らぬ災厄と戦うために――。