第13話 殺人者達の夜
レクター編終了です。レクター「編」ていうのも、あれですけど……。
サブタイは図書館で見つけた「殺人者たちの午後(?)」から付けました。どうでもいいですねハイ……。
「レオナ……君はスゴくなんてないと言ったが、やはり私はスゴいと思う。こんな地獄を経験しながら、強く成長しているんだから」
レクターはどこか遠くを見ているようだった。寂しい雰囲気と、悲しそうな笑顔を浮かべていた。
レオナはただ黙って銃の手入れをする。一つは済んだのか元に戻され、また別の銃が解体されていく。
「……私はね、そうはいかなかった」
今度は何かを思い出そうとしているのか、ボンヤリとした目でレクターは言った。
「今から……三十年前になるのか。私がまだ十二歳の時、今みたいに戦争が始まってね。もちろんその頃は『ジャンク・ジャンク』だって無いし、天使や悪魔、モンスターを使った生物兵器なんてものも無かった」
レクターはそこで一旦言葉を切り、焚き火の火をじっと、見つめる。
「……人が人を殺す、シンプルなもので、だが、それ故に……残酷で、血なまぐさかった。無論、戦争に関係の無い子ども達にも、その影響は来る。私の父は戦死したし、母も戦渦に巻き込まれ、死んでしまった」
「……」
「しかし、私には妹が一人いてね。五歳年下の可愛い妹だった」
レクターの横顔に、今まで見せたことのない優しい笑みが浮かび、そしてすぐに消えた。
「両親が死んでしまい、私の肉親と呼べるのはもう、その妹だけだった。戦災孤児ってやつさ。毎日が地獄だった。知ってるかい、レオナ?銃や爆弾が飛んでこない日でも、その日食べる物が無ければ死は何時だって隣にいるんだ。けど、何とか食いつないでいた。ゴミでも草でも、店から盗った物でも何でも良いから、食べた」
おかしそうに笑うレクター。
「そうしないと死んでしまうんだからね」
そしてまたすぐに、遠くを見るような目と表情となる。
「戦争も末期の頃、私と妹は味方の兵士三人と行動を共にしていた。安全だし、比較的良いものも食べられる、そう思っていたんだろうね。そして、ある洋館に逃げ込んだんだ。大分使われていないらしくて、建物としては既に死んでいた。けど、銃弾や爆弾からは守ってくれる。私と妹にとってはそれだけで良かった」
何故だか、レクターの声が段々と低くなっていく。表情からは読み取れないが、明らかに冷たい雰囲気へと変わっていく。
「その日は夜から雨が降っていて、私はなかなか寝付けなかった。そして、ふと部屋を見たら、妹と三人の兵士がいなくなっていたんだ。……胸騒ぎがして、私はミリア……妹を探しに部屋を出た」
またどこか遠くからドオーンと音が聞こえてきた。が、すぐにまた静かな空間へと戻り、レクターの声と、焚き火のパチ、パチという音だけが辺りに響く。
「すぐに妹は見つかった。三人の兵士もね……」
フッと笑う。笑ってしまう。
「無論、夜中に何も無く妹と彼らが抜け出すはずがない。兵士達は妹に対して『何か』をしていた。兵士達は妹をどうしていたと思う?」
独白のように喋っていたレクターが、穏やかな顔をレオナへ向けた。レオナも視線を合わせ、じっくりとレクターの目を見つめて言った。
「レイプとか」
いくらなんでもそれは無いと思ったが、レクターの言い方や表情、状況からしてそれくらいしか考え付かなかった。レオナ自身、「ジャンク・ジャンク」でたくさんの殺人者を見てきたこともあっての発言ではあったが。
レオナの答えを聞いたレクターは、満足そうに小さく頷き、話を再開した。
「そのほうがまだマシだった。……私の妹は」
レクターは表情を変えず、瞳に焚き火の光を映し、そこに大切なものなど一切含まず続けて言った。
「食べられていたんだ」
……と。
レオナの瞳が少しだけ大きくなった。「食べられた」……というのは、何かの比喩なのか。それだけではよく分からなかった。
微笑んだままレクターは続けた。
「言ったままさ。食べられていた、リンゴをかじるように肉を噛み、果汁をすするように血をすすっていた。レオナ、人間は、戦時下で追い詰められた状況では、性欲以上に食欲を我慢できないらしい」
レクターはおかしそうにフッと息を吐いた。
「あの頃は私も初心でね、その光景を見ただけでダメだった。気持ち悪くてしょうがなかった。その場で何度も吐いた。……出てくるのは胃液だけだったけれど。
そして、怖くなって逃げた。見つかったら、次は私が食べられるかもしれない、そう思ってもう夢中で逃げた。土砂降りの中、転んで泥まみれになりながら。
彼らが何故、私と妹の内、妹を食べたのかは分からない。やわらかそう、おいしそう……そう思ったからかもね。
……絶望の中、戦争も終わった。だが……だから何なのだ?そう思った。私にはもう、何も残っていなかったんだから。
何もだ。何も残らなかった。家族は誰一人、私自身もあの時の精神的ショックで失語症になり、身を置いた孤児院でも、そのことで問題ばかり起こしていた。人というものが信じられなくなっていたこともある。幸い、私は優しい夫婦に引き取られた……が、やはり全てを忘れることはできず、声が戻ることもなかった。そして、毎晩あの日の光景を夢に見ていた。
戦時中、食糧が尽きて人を食う、なんてことはよくあったことらしい。そういった記録はたくさん残されている。
けれど……『仕方が無かった』と、終わらせられるほど、私は強くなかった。妹を食った三人は、無事戦争を生き延び、家族の元へ戻って幸せな日々を送っている。なのに、妹を食われ唯一の肉親を失った私のこの気持ちはどうすればいい?
新しい親となってくれた夫婦は、そんな私をとても心配してくれていた。勉強を教えてくれて、良い学校にも通わせてくれた。私は全力でそれに応えたし、必死に勉強して大学の医学部にまで進んだ。そうすることで、あの記憶を忘れ去ろうとしていたのかもしれない。
平和な日々が続く中、ある、小さな事件が起こった。
その日、私は夫人と一緒に買い物をしていて、肉屋の前を通った。その時、肉屋の主人が夫人に暴言を吐いた。普段は滅多に怒らない私も、さすがに我慢できなかった。キレた、というやつさ。私も若かったんだ。夫人に止められたからその場は何もなかったが、帰ってからも怒りは収まらなかった。その上、何故かあのシーンがよみがえるんだ。妹が食われる雨の日のあの夜が……。
私の中に生まれた初めての【殺意】だった。
その日の夜に私は肉屋の主人を殺した。それも気が済まなかった私は、その場にあった肉切り包丁で主人を体の部位ごとに切り落とし、
そのまま食べた。
……何でだろう。存在することすら許せなかったんだろうか。……でも、そこでようやく私は答えを見つけられた気がした。他人の肉を食い、血を飲むことで、全てが満たされた。
今まで抑え込んでいた憎しみと、殺意が爆発したんだ。妹を食ったあの三人の兵士……。彼らをこのままにしておくことは、私の精神衛生上、非常に良くない。彼らの生活を壊すのはとても心が痛んだ。でも、妹は彼らの血となり肉となっている。それは返してもらわないと。
しかし、探すといっても、あの時の記憶はもうほとんど失っていた。けれど、私は三人を探すための大きな力があった。『記憶の王宮』というのを知っているかい?記憶術の一種なんだが、私はこれを幼少時に会得していてね(この記憶術がレクターの学習を助けた、とも言われています)、これに薬物と音楽による自己催眠で惨劇の記憶を甦らせ、連中の顔を完全に思い出した。顔だけじゃない、あの時の服装、体の特徴……情報となるべきものは全て思い出した。そこから徹底的に調べ上げた、彼らの住んでいる場所、家族構成、職業、何から何まで。
あとは簡単さ。私が直接行って殺して食べれば良い。
ああ、殺したのはその三人だけで彼らの家族には手を出してはいない。辛いことかもしれないが、しょうがない。あの戦争で消えるはずだった命だ、ツケは、返さなければ。
……それで終われば良かったんだが、殺人と食人は……止められなかった。
そして……『ジャンク・ジャンク』に来てしまった」
全てを話し終えたレクターは、はっとしてレオナを見た。
「つまらないことをべらべらと……。キミの前だと……何だか、余計なことを、喋ってしまうな」苦笑するレクター。
レオナは二つめの銃を整備し終えたところだった。優しく地面の布に置き、三つめの銃を手に取る。
「レクター……お前は」
銃を解体しながら、レオナがおもむろに口を開いた。
「哀しい男だな」顔を上げずにそう言った。
それを聞いて、レクターはただ微笑むだけだった。
レオナの言ったことは何も間違っていない。大昔に付けた傷を治そうともせず、拡げに拡げて、手の施しようが無いほど悪化させてしまったのだ。救いようがない馬鹿だと自分でも思う。
しかし、レオナの言葉はそれだけで終わらなかった。
「だが、私はそんな奴が嫌いじゃない。理由は様々だけど、『ジャンク・ジャンク』にいるのはレクターみたいな奴らばかりだ。私だってそうだ。だから」
そこで手を止め、レクターに顔を向けた。
「嫌いじゃない」
そう言ったレオナの顔は、確かに微笑んでいた。火に照らされるその瞳にも、微かだが優しい光が在った。
それを見たレクターは、身動き一つ取ることができなかった。
これが、これが本当に、平気で何百人も殺す殺人者の笑みだろうか。なんて優しく、切ない笑みなのだ。
「……ああ。そうだな。私も、嫌いじゃない」
今度は満面の笑みをレオナに返す。レオナはフッと短く息を吐くと、元の無表情、無感情に戻った。
今夜はこのまま静かに終わるのか。レクターがそう考え、それも悪くないと思った瞬間。
「あっらー!二人でなーに話してんスか!」
闇の中から、雰囲気をぶち壊す陽気な声が聞こえたかと思うと、針金の様な男がそこから現れた。
アフロヘアーに赤と緑のボーダーが入ったロングTシャツとブラックジーンズ。夜中であるのに小さな丸いサングラスをかけていた。
そして右手には、年季の入った革手袋。しかもただの手袋ではない。五指の部分にはそれぞれナイフの刃が付けられている。カチャカチャと、刃同士を擦り合わせる音が聞こえる。
レオナと共に「ジャンク・ジャンク」を背負うことになる殺人者、フレディだった。
「博士ー、レオナを口説いてたんですか?ダメですよ?レオナは僕が狙ってるんですからね」
レクターの隣にドサッと腰を下ろしたフレディは、楽しそうにナイフを鳴らし、ヘラヘラと笑う。
「心配しなくても、そんなことはしないさ」
レクターも笑いながら返す。しかし、レオナの方はというと、無表情ながらフレディを睨みつけていた。わずかながら殺気も散らせている。
「もう!怖いんだから、レオナは。そんなに僕のこと嫌いかい」およそ怖がっていない声のフレディ。
「コロス……」殺気の量を増やすレオナ。
「博士も何か言って下さいよ。僕、何もしてないのに、いっつもああなんですよ」
ヘラヘラと笑いかけるフレディ。
「君らは『ジャンク・ジャンク』創設時からの知り合いなんだろう?私が口を挟める余地は、無さそうだが」
「ええ。本当なら仲良くなってるはずなのに、何故か嫌われてんですよ。他の連中には普通に話してんのに。……あっ!ああ!そうか!レオナ、これは君なりの愛情表現なんだね!そっかー、ごめんごめん!今まで気付いてやれなくて!だけど、これからは」
パンパンッ!
いきなり二発の銃声が聞こえた。
見ると、レオナが銃を構え、その引き鉄を引いていた。手入れの終わったやつだ。銃口は、無論というか……フレディに向いていた。
トスッ、トスッ……。
二発の銃弾が地面に落ちる。弾はフレディに掠ることもなかった。二発ともフレディのナイフ手袋の、ナイフの間に挟まったから。
「危ないなレオナ。照れなくても」
パパンッ!パンッパンッ!
乾いた銃声が数発響く。同時に、キンッ!チュィンッ!キン!といった金属音がする。
今度はフレディも全てを挟めないと判断したのか、素早く中腰になると右手を動かす。ナイフの刃に弾かれた弾は全て地面に突き刺さる。フレディの口元は大きく吊り上っていた。
「あーあ、本気で怒っちゃった。もう今日は話しかけられないなぁ」
最後の一発は人差し指と中指のナイフで挟んでいたようで、フレディは、後ろに広がる闇の中にそれを挟んだ状態で投げ捨てた。
「そんなんだから嫌われているんじゃないか?」
再び腰を下ろすフレディに、レクターが率直な意見を述べる。目の前で起きた小さな喧嘩など、まるで気にしていない。戦場に来て、この二人と行動を共にするようになって、毎日見る光景だった。
初めて見た時は、これが人外の集まりの縮図かと、その強さと異常に驚いたが、毎日見ていれば、さすがに慣れる。しかし、その度に思い知らされる。フレディという男の強さに。
暗闇で、しかもサングラスをしているのにレオナの弾丸を笑いながら受け止め、かわす。そして隣に座った時、この男からはむせ返るほどの死臭と血の臭いを感じさせる。右手のナイフで、一体どれだけの人間を殺してきたというのか。
「そうなんですかねえ。でも、カワイイからほっとけないんですよ」
レオナからレクターに話す相手を変えたフレディ。
「ジャンク・ジャンク」に入った当初から、フレディはレクターに親しげに話しかけてきた。話してみれば、レオナがあれ程の殺意を見せるほど、悪い男ではなかった。常にくだらない話をしてはヘラヘラしているが、「ジャンク・ジャンク」には珍しい、ムードメーカー的な男だ。
だが、レクターは、フレディとは一定の距離を保って付き合った。悪い男ではない。……が、底知れない闇と恐怖がフレディの中で共存している、そう感じ取ったから。近づきすぎなければ、身内には無害な奴だ。
そこからはもう、フレディもレオナに話しかけることはなく、レオナも喋ることはなくなった。黙って銃の手入れをしている。
フレディは真っ暗な夜空を眺めながら、楽しそうに語り始めた。
「そうだ!博士、僕すっごいアイディア思いついたんですよ」
「アイディア?」珍しく興味を惹く話題だった。
空を見上げたまま、フレディは言う。
「ここ数日、悪魔やら天使やらと戦りあって思いついたんですけど、彼らは戦争が終われば用なしになるじゃないですか」
「ああ」
そう。戦争が終われば元の世界に返されたりするし、運が悪ければ戦場の土となる。悪魔達は想像もしていなかったろうが、ここにはフレディやレオナのような人間も存在している。無事に帰れる保障はどこにもない。
「でも、それだけじゃない。戦争が終わっても、元の世界にも戻れず、死ぬこともなかった奴らだっている。つまり、はぐれ、ですね。そういったはぐれの悪魔や天使、まあ主に悪魔なんですけど。を、『ジャンク・ジャンク』で引き取るんですよ」
「ほお」
なかなか面白くなってきた。
フレディは口の両端を、大きく上へと歪めた。
「んで、『ジャンク・ジャンク』の殺人者になってもらうんですよ。上級の悪魔や天使は無理でしょうが、下級レベルの奴らならどうにか言うこと聞いてくれそうですし、何より強いですからねーあの種族は。大きな戦力になってくれますよ、きっと。そう思って色々スカウトしてんですけど……なかなか上手く行かなくて」
「確かに、それは面白そうだ」
レクターも思わず感心してしまう。フレディとは思えぬアイディアだった。それに、はぐれとなった悪魔や天使が依頼で人を殺すなんて、ひどく滑稽で痛快に思えた。
「でしょう?『ジャンク・ジャンク』も魔界や天界とグローバルな付き合い方していかないと」
レクターの賛同を受け上機嫌のフレディ。寝転がり、空を眺めたまま、呟くように言う。
「まだまだ……もっと大きくなるさ。『ジャンク・ジャンク』は……」
フレディはそのまま眠り、レクターは焚き火を見つめ、レオナは全ての銃火器の手入れをしていった。その日の夜はそんな風に終わり、また朝を迎えた。
夜明けとともに殺人は始まる。
当たり前ながらこの戦争を、三人は戦い抜いた。
……――そもそも、レクターは人をたくさん殺したいがために戦場に出向いたのではない。あそこに駆り出されたのは主に、「大量殺人課」と「暗殺課」であり、レクターには戦争に行け、という依頼も命令も無かった。
レクターが戦争に参加した理由は、「間近で戦争を見たかったから」だ。かつてのレクターが体験した、あの絶望と恐怖が、今なお行われているのか、見て、確かめたかった。
結果は、何も変わっていなかった。むしろ、より悪くなっていた。レクター達のような殺人者や異界の者達を平気で使う国や、弱者を徹底的に痛めつける軍。どちらもクズだと思った。
レクターは戦争を止めようとはしないが、「戦争」は憎んでいた。レクター……かつてのレクターのような子どもや、一般市民から、大切なものを奪い、大切なものを壊していく戦争が、とても憎かった。戦争が終わったって何も返ってこないし、治らないし、平和も来ない。
何より戦争は人を飢えさせた。外面的にも内面的にも。その結果、レクターの妹やレクターのような人間が生まれてしまう。
●「ジャンク・ジャンク」猟奇殺人課序列第四位 『人喰い』トーマス・レクター
戦争が生み出した、哀しき怪物。
【次回予告】
「ジャンク・ジャンク」暗殺課に属するアオイは、暗殺課でありながら常に依頼を失敗していた。しかし、にもかかわらずアオイは順調に序列の順位を上げ、すぐに序列上位者となった。
どうしてそうなるのか当のアオイ本人にも分からない。
その中で、暗殺課長だけが唯一気付いたアオイの持つ「妖」の部分。
――正気にあらず
――曖昧にあらず
間合いに入りしもの すべてを斬る 魔神
ご期待下さい。