第12話 人を飢えさせるもの
このお話で少しでも、無い世界観を汲み取っていただければ幸いと思ってます。
「ん――――――……」
ぼんやりと目を開く。いつの間に眠ってしまっていたのだろうか。レクターは上体を起こして辺りを見渡す。夜は更に深まったようで、周囲は暗黒そのものであった。
自分のすぐ前には、小さな太陽の様な焚き火。パチ、パチ、と音を立て木の枝を燃やしている。その火をじっと見つめていると、妙に安心してしまう。しばらくその火を見つめ、頭の回転を早めていく。
そうしている内に、正面に座る女の子に気付く。レクターが眠っている間焚き火の番をしてくれていた、女の子。
レクターは焚き火の向こうに声を掛ける。
「レオナ。珍しいね、君が銃の手入れなんて」
レオナと呼ばれたその少女は、目だけでレクターを捉えるとまたすぐに視線を落とした。地面には布が置かれ、その上に細かくバラされた銃の部品が乗せられている。
手を休めることなく、レオナは部品に油を注したり、砂を取ったりする。
「ここに来てから、気付いたことがある」
レオナはレクターを見ることなく、そう言った。声に感情は無く、焚き火で映し出されるその瞳に光は宿っていなかった。
「気付いたこと?」レクターは微笑みながら訊ねる。
この少女が言うことは、レクターにとって興味深いものばかりだった。
たっぷりと間が空いた。疑問符を付けて訊ねたとしても、レオナが返事を返してくれないことは珍しいことではない。
レクターがその返事を諦めかけた時、レオナの口が開いた。
「ここでは毎日たくさんの人間を殺す。その分、銃やその他の兵器を使うことになる。私は今まで気にもしなかったが、こいつらは酷使されると、すぐにダメになるみたいだ。そうなったらまた新しい物を使えば良いと、思った。思っていた。けど……」
「……けど?」
そこでレオナが微笑んだ、ように見えた。
「こいつらは毎日手入れをしてやれば、けっこう長持ちするんだ。面倒だけど……少し楽しい。それに、古く、ダメになった物を使い捨てて、新しい物を使うって、もったいない気がする」
レクターは思わず声を出して笑ってしまった。レオナも一瞬、レクターを見る。すぐに手元へ移したが。
「ハハハハ!いや……君が、あまりにも面白いことを言うから」
「面白かったか?」
「……違うな……。感心してしまった、と言うべきか」
口元にまだ僅かな笑みを残したままのレクター。しかし、先程と比べてその笑みは、どこか悲しげである。
レオナは先を促すことなく、銃の手入れを続け、レクターも構わず話を続ける。
「レオナは五歳の時『ジャンク・ジャンク』に入ったのだろう?……既に十年だ。ただただスゴイと思う。そして感心してしまう。だって君は『ジャンク・ジャンク』という、イカれた場所で、人格が壊れることなく存在し続けているんだから。しかもまだ女の子だ。普通ならとっくに発狂しているか、死んでいる。……その中で、物を大切に使うということまで学んでいる。スゴイことだ……」力無く笑うレクター。
レオナはレクターが喋っている間、少しだけ手を止めたが、後は何も言わず、ずっと手を動かし続けていた。
そんなレオナがぽつりと言葉を発した。
「スゴくなんてない。私は引き鉄を引いているだけだ。誰にでもできる。それに、銃は人を殺した感触を残さない、から……」
レクターの目が少し大きくなる。それだけ、興味深かった。レオナという存在が……。こう見ればどこにでも居そうな少女だが、これまでに殺した人間の数は自分の比ではないのだ……。
レオナは今自分の言ったことに違和感を感じたのか、照れくさそうに目を伏せた。
その時、遠くからドオー……ンと、小さく音が聞こえてきた。レクターとレオナは音の方向を見つめ、耳を澄ませた。そこには星さえ光らない暗黒空間だけが広がっている。
「ウチの殺人者が暴れているのかな。朝になれば嫌でも殺せるというのに」
そう言ってレクターは夜が明けた時のことを考えてみる。
また、大量殺人が始まるのか。
「戦争」という名の……。
レクター達「ジャンク・ジャンク」の殺人者は最前線に立たされていた。今いるこの場所がそうだ。正規の軍隊ははるか後方、死体と化した敵兵を踏み越えながらやって来る。その死体は誰が作ったのかを彼らは知らない。「ジャンク・ジャンク」はやはりここでも「裏」の存在であるべきだった。
当たり前のことだ。彼らには帰る家があり、妻がおり、子どもがいる。税金だって払う、大切な国民なのだ。一人だって死んで良い命ではない。
……だから我々が駆り出される。金さえ出せば動いてくれるゴミくず以下。命など虫けら以下なのだ。
極秘だが、国だって(「ジャンク・ジャンク」を)公認している。「大事な国民の命を散らす訳にはいかない。代わりにゴミが戦い、死ねばいい」と。
しかし、奴らは浅い所でしか物事を見ていない。
確かにこの戦争で多くのゴミは掃除される。が、掃除された以上に新たなゴミも増える。それは戦災孤児だったり、軍に絶望した狙撃手だったり……。それらが回りまわって自分達を殺しに来るとは、夢にも思っていないだろう。
それだけではない。ゴミを全て掃除することはできないし、その働きが十分なものであれば大きな借りを作ることとなる。暗殺依頼やらで繋がった細いパイプが、太く大きなドス黒いパイプへと変わるのだ(毎度ありがとうございまーす)。
……が、国や軍部が「ジャンク・ジャンク」を戦争に利用するのも、分からなくはない。最近の戦争は、人外共の戦争なのだ……。
「いや、びっくりしたよ。戦争の最前線がこれほどとは。今日なんて天使と悪魔の戦いを目の前で見れた」レクターが笑う。
今レクターが言った台詞に比喩などは含まれていない。この世界に喚び出された正真正銘の悪魔と天使のことを言っているのだ。
悪魔は「契約」さえしっかりとすれば素直に戦ってくれる(ですが、その代償はすごいですよ?お金だけくれれば何でもする私達の方がはるかにお得です……いやマジで!)。しかし、天使はそうはいかない。今日見た天使は、生物兵器として改造されてしまっていたのだろう。
救われない話だ。
レクターは若干の苛立ちを覚えながら、そう思った。
「私も今日、悪魔に襲われた」何の感情も無くレオナが言った。
「……まさか、倒したのか?」
大丈夫だったか、と訊ねそうになったが、目の前に居る少女に傷が一つも無かったので、レクターはその質問を引っ込めた。そして、この少女が逃げるという選択肢を選ぶとも思えなかった。
「下級の悪魔だったから。銃弾千発くらいで死んだ」
「大したものだ」
さすがは大量殺人課というか、さすがは悪魔というか。
未来の大量殺人課のエースは、この時にはもう、「ジャンク・ジャンク」のエースだった。
次回!予告!!
よーうやく涼しくなってきた、かな!
次回も期待するしかねーだろこれ!