第11話 カーニヴァル~Ⅳ~
八月の十三日の金曜日なんですけど。あれ、「十三日の金曜日」の他にも……「お盆」と「仏滅」のトリプルだったんですよおー!きゃー!
そんな日だったってのに、何も起こらなかったことのほうが恐怖体験だよ!
――――――………………。
「まったく……。悪夢はどれだけ君に話したんだ」
レクターは困惑したように、それでいて呆れたように、目の前に座るユエルを見つめた。
暗闇の中、ぼんやりと浮かび上がるレクターのその表情は、無条件に人を畏怖させる奇妙な力を持っていた。
しかし、ユエルは一切そんなことを感じていないような様子で、明るい声を出す。
「いっぱい話してくれましたよ!先生はものすごく強くって、警察にだって一目置かれているって。嬉しそうに話してくれました」ユエルは興奮気味に語った。
「……彼にも困ったものだ。私はそんな大層な人間じゃない」
レクターは目を閉じ、静かに笑った。
「そんなことないですよ!」そう、ユエルが言おうとした時だった。ユエルの背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「そんなことないですよ。博士は素晴らしい人だ」
レクターの視線が鋭く動く。ユエルもすぐに後ろを振り向いた。
ユエルが驚きの表情を浮かべる。
「フレディさん!」
赤のカラーシャツ、黒のネクタイに、周囲の暗闇と同化しそうなダークスーツ。暗いバーの中にもかかわらず、小さな丸いサングラスで目を隠している。しかし、真っ先に目が行くのはそのヘアースタイル。こんもりと、山の様に頭に乗っかるアフロヘアー。その上にちょこんとソフト帽が置かれている。
口元は締まりなく、ゆるゆるに笑っていた。右手にアタッシェケースを持ち、左手でソフト帽を押さえてレクターにお辞儀をする。かなりの長身で、針金の様なイメージを与える。無駄に細くて長い腕と脚。
突然現れたこの男こそ、「ジャンク・ジャンク」猟奇殺人課序列第三位「悪夢」こと、フレディ・アップルだった。
蛇足だが、ユエルのファッションは、この男に大きく影響を受けてのものだ。黒(系)のスーツにカラーシャツ(基本は赤)、ベルトは使わずサスペンダーを使用する。見栄えは良いが、殺人をする際に動きやすくなるわけでもない。ただ、殺人をするのも、ファッションも、「ジャンク・ジャンク」では個人の自由なのであれこれ口を出すことではない。
フレディは長い手足を折りたたみ、レクター達と同じ席に着いた。
「フレディさん!何で……!」
先に書いたとおり、ここは序列上位の人間が来る所ではない。
「いやいやー、ユエルちゃんの背中が外から見えてね。誰と向かい合ってるのか気になっちゃって。そしたらそれがレクター博士でしょ?これは挨拶しておかないと……そう思ってねえ」
フレディはアタッシェケースをテーブルの下に置き、自身は椅子の背もたれに体重をかける。席に着いた後も、へらへらとだらしなく笑う。
「ご無沙汰してます、博士」正面に座るレクターに微笑みかけるフレディ。
「私の方こそ。『ジャンク・ジャンク』にはあまり来ないからね。同じ課の人間ともあまり会えない……」
「博士のスタイルからしたら無理からぬことです」
『悪夢』と『人喰い』の談笑は続く。
(すごい……!)
ユエルは興奮を隠そうともしなかった。夢見る子どもの様に瞳を輝かせている。
(猟奇殺人課の序列三位と四位が、ボクの目の前に!)
「ジャンク・ジャンク」の猟奇殺人課といえば、一番人気のある課だ(お客様に、という意味です)。それは「ジャンク・ジャンク」内で最も狂気のある課を意味し、同時に「強さ」も意味していた。
そう。猟奇殺人課の殺人者は、強いのだ。人間としては欠陥者でも、裏の世界ではそれが長所となる。
そんな、強者ひしめく猟奇殺人課の序列第三位と四位といえば、「ジャンク・ジャンク」に入ったばかりの者であれば、憧れそのものなのだ。そうでなくとも猟奇殺人課の序列上位者は、他の課の序列上位者にでさえ一目置かれている存在である。
ユエルが興奮するのも無理はなく、普段は見ることさえできない凄腕の殺人者が二人も目の前にいて、しかも同じテーブルに着いているのだから。
「あの!あ、あのあの……!」
こんなシチュエーション二度と来ないかもしれない。ただでさえ他の課で、滅多に会わない……いや、会うことさえできない二人なのだ。そう思い、ユエルは色々と話を聞こうとする。
が――――。
「さて……。私はそろそろ行くとするよ」
そう言ってレクターは席を立ち、隣の椅子に置いてあった革のバッグとコートを持つ。
「えぇっ!そんな!まだいいじゃないですか~!」
まだまだ話せると思っていたユエルが、必死にレクターを引き留めようとする。
そんなユエルを見て、レクターはフッと笑う。「私もそうしたいが、久しぶりの……仕事でね」
「珍しいですね」フレディがわざとらしく表情を変える。
「ああ。久しぶりに……楽しめそうだ」
視線をフレディに移すレクターの瞳が、一瞬冷たく光った。それを受けて、フレディも満足そうに口の両端を吊り上げる。
「途中までボクも一緒に」
「行っちゃあ駄目だよ?ユエルちゃん、僕らは課が違うし、仕事だって一人でやりたいものなんだ」
フレディがユエルの肩に手を乗せ、立ち上がるのを阻止する。ユエルもフレディの言った事が分かるのか、それ以上は何も言わなかった。
「そういうことだ。今日はフレディにたくさんオゴってもらうといい。代わりといっては何だが……私とはまた、別の日に食事でもしよう……君が良ければ、だが」
「は、はいっ!是非!」感激で今にも泣きそうな表情のユエル。
「……それじゃあ」
レクターはゆっくりとした足取りで店を出て行った。ユエルとフレディは、黙ってその後姿を見送った。
「聞きましたかフレディさん!ボク、先生にお食事のお誘いを受けましたよ!」
楽しそうに喋るユエル。瞳は嬉しさで輝いている。
だが、フレディがユエルに返した言葉といえば、「行かない方が良いよぉ~。博士とゴハンなんてさ」……だった。
フレディはさっきまでレクターが座っていた椅子を見ながら、そう言った。やはりだらしなく口元は緩んでいる。
「え……」笑顔のままフリーズするユエル。そしてすぐに「ひどいですよ!そりゃボクはまだ立派な殺人者でもなければ、序列上位にも入っていない新米ですけど、『普通な』食事ぐらいなら先生にも付き合えますよ!」と、今度は怒ったような泣き出しそうな顔になる。
フレディはただケラケラと笑う。
「違うさ。……ユエルちゃんさあ……、博士の異名知ってる?」
「へ?」
何故だろうか。フレディからフザけた雰囲気が消える。口元はやはり笑っているのに、「雰囲気」だけが、変わった。
「し、知ってますよ。『人喰い』……ですよね?」
ユエルは序列十位に入る殺人者の異名は全て把握している。全ての課の殺人者の異名を。とりわけ、自分が属している大量殺人課と猟奇殺人課の殺人者の異名ならすぐに答えられる。
「それ、どうしてか分かる?」
フレディが訊いてくる。
「?え――……、理由までは知りませんけど、人の肉を食べるからじゃないんですか?」
フレディが顔をユエルに向ける。
「言っておきますけど、ボク、そんぐらいじゃビビりませんよ?殺人者で人肉嗜食者は珍しくありませんし」
事実その通りであった。殺人者、特に猟奇殺人者には異常な趣味・嗜好を持つ者が多い。その中で、殺した人間の肉を食べるカニバリズムは、それほど珍しくはない。ユエルには理解できない行為ではあるが、その異常性がまた彼らへの畏怖の念へと変わる。それに、それ以上に理解できない趣味や性癖を持つ者はまだまだたくさんいる。
「そうだね。そう珍しくはない。でもねー、それでも博士は異常だよ」
フレディは、再びレクターの席に目をやる。
どういう意味か分からず、ユエルは訊ねる。「どういう意味ですか?」
フレディは視線を手前に落とす。レクターが食べ終えた皿が一つ。
「博士さぁ……何か食べてた?」視線は皿のままのフレディ。
「え?ええ……。多分、お肉を食べてたと思います」
ユエルも皿を見る。明るさのせいか、黒く見えるソースしか残っていない。
「僕の知っている限り、博士は、肉は人肉しか食べない」
「……え?」
静かな衝撃がユエルに伝わる。
「本当だよ?博士は野菜もフルーツも色々な種類食べるけど、肉は人肉だけ。自分が殺した人間のね。前に聞いた話じゃ、内臓が一番美味しいんだって」
「何言ってんスか?」
意味が分からない。分からないことだらけだ。何なんだそれは。ある意味ベジタリアンなのか?
カニバリズム愛好者は多くいるが、その者達だって人肉しか食べない、というわけではない。何故なら、人肉なんて毎日食べられるものではないからだ。そして、毎日食べようとも思わない。
それが、レクターは肉は人肉しか食べないとフレディは言う。
「博士は料理も上手だから、殺した人間は自分が調理して食べるんだ。そうなったら見た目は何の肉か分からなくなる。僕も昔危うく食べさせられそうになったよ」
「本当……なんですか?」
おそるおそる訊ねるユエル。フレディは楽しそうに「さあね」と言い、笑った。
ユエルも引き攣った笑いを見せる。
もう一度皿を見る。そこにはソースだけしか残っていなかったが、レクターは確かに肉を食べていた。とても美味しそうに。
ユエルはだんだんと皿から目が離せなくなる。レクター、肉を噛むレクター、ナイフとフォーク、肉、ソース。
ユエルは気付かなかったが、今、自分の口の中には涎が溜まり、言い知れぬ空腹感が訪れていた。
次回!予告!!
ついに夏休みも終わっちまった!夏休みに「ヒマだなー」って思って小説家になろうで小説掲載し始めた子は……どうするんだ!めんどくさくなるぞ!学校忙しいし、ストーリー全く無いし……。
でも安心しろ!オレもだ!
次回も~ご期待だあああああ!