第8話 カーニヴァル
ここから魅力的な殺人者が沢山出てきます。いえ、魅力的なのは映画や小説などのキャラクターである殺人者であり、僕の書く文章やキャラが魅力的なのではなくてですね……。つまり、そういった魅力的なキャラに少しでも近づけるように、魅力的なキャラに自分なりにしていきたい、と、そういうことです(笑)。
今回登場する殺人者の元ネタは、ご存知「ハンニバル・レクター」です。お話も「レッドドラゴン」「羊たちの沈黙」「ハンニバル」「ハンニバルライジング」のオマージュのようなものです。レクター博士はファンも多そうなので、そういった人達の期待通りに書けれたらなぁと思ってます。
では、恥ずかしい僕の文章、読んでやってください!
「だーッ!つっかれた!」
そう言うなり、ユエルはカウンター席の一つに腰を下ろした。黒のソフト帽を放り投げるようにして、カウンターに置いた。
今ユエルがいるのは、「ジャンク・ジャンク」内にあるバーで、まだ昼間にもかかわらずテーブルのほとんどが、ガラの悪そうな男達で埋まり、汚らしい騒音で賑わっていた。
店内の装飾はバーと呼ぶに相応しく、照明も若干暗く調節され、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。が、男達の発する騒音により、それらの雰囲気もぶち壊されていた。バーと言うより、大衆酒場と言った方がしっくりする。
ユエルがぼんやりと、どこともなく見つめていると「ユエルゥ……レオナは見つかったかよ?ひ、ひひ」と、後ろから声を掛けられた。酒に酔った、下品な声だった。
ぼんやりしていたユエルだったが、その言葉にすぐさま反応する。「ウルセーッスよ!ドカス!」
睨みつけ、鋭く冷たい眼光を後ろへ飛ばす。その瞳の色が、ゆらゆらと、緑から紅へ、紅から緑へと、不安定に変色し始めていた。
「おーおー、怒ったユエルは怖いねェー。ひひ……」
そこからは、誰もユエルに対して何も言わなくなった。しかし、ユエルの瞳はまだ、落ち着きなくその色を変えていた。
「チッ!」
ユエルは未だその怒りを治められずにいた。
レオナが「ジャンク・ジャンク」を抜けて以来、ユエルにとってその話題は非常に危険で、デリケートなものとなっていた。それを分かって「ジャンク・ジャンク」の人間はユエルをからかっていた。
更に言えば、そういった連中はレオナが「ジャンク・ジャンク」を抜けたこと自体に、何の怒りも悲しみも抱いていなかった。逆に、「裏切り者」としてレオナを殺せることに悦びを覚えるほどだった。
ユエルはレオナに怒っているのではない。格下の相手にナメた口を叩かれ、その言葉を軽く受け流すことのできない自分に、灼けつくような怒りを覚えているのであった。
「……ホットミルク、貰えますか」
昂った気持ちを少しでも抑えようと、バーテンに注文をするユエル。人差し指を立て数も教える。瞳は疲労に満ち、完全にその色合いは紅に支配されかけていた。
バーテンは、無表情な顔をユエルへ向け、無言で注文を受け取った。佇まいや雰囲気から「表」の人間ではないと分かる。もしかすると、このバーテンも「ジャンク・ジャンク」の殺人者なのかもしれない。
ユエルは少しだけそう考え、すぐに忘れた。
ソフト帽で顔を隠す。
「仕事」を終えたばかりでただでさえ疲れているというのに……。ちょっとしたことでイラつき、余計に疲労してしまう。瞳と身体が、とてつもなく熱い。いつもなら、店中に広がる下品な騒音も心地良く感じられるユエルであったが、無意識に「あの日」のことを思い出し、無意識に瞳を紅に染める。
(ここに居る連中、全員ブッ殺そうかなー……)
その方が色々と楽になれるかも。
ユエルがそう考え、本気でそれを行動に移そうとした時――――――………………。
「お酒はもう飲めない。そうだね?ユエル……」
騒がしいはずの店内で、その声はとてもはっきりと、ユエルの耳に届いた。
「今度はどこの馬鹿だ」と、怒りを爆発しかけるユエル。
――が、その声に聞き覚えがあり、怒りをぐっと抑える。
そして次の瞬間。
「先生!?」
バッ!と、声がした方向へ身体を回し、満面の笑顔でその場所を見る。いつの間にか瞳も、元の緑色へと戻っていた。
ユエルは出されたホットミルクをすぐに受け取り、カウンター席を素早く離れる。
店の奥、かなり暗い場所にあるテーブルの一つに、その人物は一人だけ席につき、料理を食べていた。
そこだけ、全く別の空間というか……他と次元が違った。
「先生!レクター先生じゃないですか!どうしたんです?何でこんな場所に居るんです?」
ユエルははしゃぎきった声を上げ、断りも入れずそのテーブルの席へと腰を下ろした。
「君はいつも元気だ。そんな印象がある……」
目を細め、面白そうに言うその人物は、ユエルが自分の前の席に座ったことに気付きながらも、その場所を見ることなく、落ち着いた様子で食事を続けていた。ナイフとフォークを上手に使い、皿の上にある肉を切り分け口に運ぶ。
ユエルに「先生」と呼ばれたその人物の名前は、トーマス・レクター。ユエルと同じく「ジャンク・ジャンク」の殺人者であった。
今年で52となるその殺人者の髪の毛は薄く、頭頂部の頭皮を隠しきれずにいた。しかし、髪の色は若々しいクリーム色で白髪を一切含んでいない。また、その肌も、シワはあるものの張りとツヤで若くギラギラと光っている。肉付きも良く、背はそれほど高くはないものの、筋肉質で健康的な体つきをしていた。
「えと、あの……」ユエルはゴクッとホットミルクを一口飲む。「何で、こんな所に?」
ユエルの一番の関心はそこにあった。本来、レクターはこのような低レベルな場所に居て良い人間ではないからだ。
トーマス・レクター。先程述べたように、「ジャンク・ジャンク」の殺人者である。しかし、他の殺人者とは「格」が違った。
レクターの「ジャンク・ジャンク」内での肩書きは、「猟奇殺人課」序列四位、異名は「人喰い」。
もっと簡単に言えば、レクターは序列十位以内の殺人者だ。
序列が上位の人間ほど、「ジャンク・ジャンク」では暮らしやすくなるもので、どの課の人間であろうと序列十位以内に入れば、それ相応の扱いを受けられた。
つまり、より良い場所で、より良い酒を飲めるのだ。現在ユエル達の居るような安っぽいバーなどではない、国の要人が通うような、そんな「真」のバーで。
なので、レクターが何故このような場所に居るのか?ユエルはそこが分からなかった。
「レクター先生、先生ならもっと良い場所で良いもの食べられるじゃないんですか?」
ユエルは、レクターの前にある皿を見て言った。皿の上にはソースがかけられた、もしくはソースで煮込まれた肉が載せられていた。既に半分以上が食べられている。
「もちろん。しかし、たまにこういった場所で食べたくなる時もある……。私は上質な音楽……特にクラシックを聴きながら食事をするのが好きだが……」
レクターは一度目を上げ、周囲を見るようにそれを動かすと「この汚らしい騒音も……たまになら悪くはない。たまになら……。なつかしい感じがする」と、続けた。
「そうですかぁ?……ボクは早く十位以内に入りたいです。こんな……たかが20~30人殺したぐらいで、自分は強いと勘違いしてる連中だらけの場所……さっさとおさらばしたいですよ」
ユエルはうんざりしたようなジェスチャをし、苦笑した。
レクターは口元に微笑を携え、ユエルをじっと見つめた。細められ、僅かに見える瞳は、まるで蛇の様でもあった。
その視線に、ユエルは息を呑み、そのオーラに体を緊張させた。
……やはり違う。そんじょそこらの殺人者とは……。
畏怖しながらも、格上の相手と同じテーブルについていることに、内心喜びを覚えるユエル。そんなユエルにレクターは口を開く。
「……酒は、やはり飲めないか。いや、飲めなくなったか?」
「は?」
最初に声を掛けられた言葉と、今の質問がほぼ同じであり、また、質問の意図がよく分からず、ユエルは小さくそう答えた。
「聞いた話によれば、レオナと決別した場所は酒場だったそうじゃないか。このように騒がしい、もしくは酒を飲む所に来ると、あの日を思い出すんじゃないか?思い出さずとも、妙な強迫観念に苦しめられたり……。一種のトラウマのようなものだ。それが原因で酒が飲めなくなった。違うかい?」
「……先生」大きくため息を吐くユエル。「いくら元精神科医だからって、女の子の前ではそんなこと言わないほうが良いですよ?」
眉を下げ、少なからず不快感を表すユエル。その理由は、レクターの言ったことがほとんどぴったり的中していたからだ。
そんなユエルを見て、レクターは「すまない」と、笑いながら謝る。そして目を瞑り、「スゥー」っと大きく息を吸った。ユエルはその行動が分からず、黙って見守る。
息を吸い終え、今度は「ハァー」っと吐き出すと、レクターは目を開けて喋り始めた。
「ユエル。以前君と会ったとき、君は『ログニール』の38番を使っていた。女性で、しかも女の子であのブランドの香水をつけるなんて、強気な子だと思った。事実君は強気だった」
そこで一旦間を空ける。
「す、すごいですね……」ユエルがゴクリとつばを飲む。香水の銘柄など、誰にも言ったことないし、嗅いだだけでそれが判るものだろうか……。
ユエルの反応を見たレクターはなおも続ける。
「……しかし、今の君からは、血と硝煙と爆薬の臭いしかしない」
そう言われ、ユエルは何故かドキリとした。悪い部分を指摘されたような、そんな感覚だった。
「そして、髪の色だ」
「髪?」ユエルは反射的に髪の毛を撫でる。
「前は黒く染めていた。だが、今は紅い……。どうして?」
「……染めても……すぐにこの色になっちゃうんです」
言い難そうにユエルは言った。あの日自分の力を使って以来、何度も黒に染めようとしたが、染めた途端に元に戻ってしまっていた。今は諦めてそのままにしている。なので普段のユエルは、赤髪緑眼だった。
「そのままが良い。君のその髪の色は本当に美しい。丁寧に扱うことだ、ダメージを与えてはいけない」
「……そうですか?」
「無論だ」
そう言われるとユエルも嬉しかった。自分はこの色が好きではなかったし、他人もそう思っていると思っていたから。
「このような世界にいるからと言って、美しさや安らぎを忘れてはいけない。そのスーツは何着ある?あまり持っていないようならそれを着て殺人はしない方が良い。それと……」
そこで切ると、レクターはユエルの足元を指差し「靴も良いものを履いたほうが良い。高級な、革靴とかだ。どこに行っても恥ずかしくないような、ナメられないような……」と言って笑った。釣られてユエルも笑った。今は安全靴を履いているが、近いうち靴を合わせに行こうと思った。
「説教じみたことを言ってしまったかな?気分を悪くしたのだったら、許してほしい」
「いいですよ、別に。ボク、レクター先生のこと好きだし」ユエルは明るい表情を作り、本心からそう言った。
レクターも微笑み、再び切り分けられた肉を口に運んだ。じっくりと咀嚼し、飲み込む。
しばらくレクターは食事に集中し、ユエルもそれが終わるまで、黙ってミルクを啜った。
――次回!予告!!
たまにカップうどんとか、カップソバとか食いたくなって食ってみると、意外に後悔しちゃわないか?オレだけか!そうかww
ご期待、してろ……よ?