カーニヴァル ~序章~
今から40年前の、ある日――――――……。
夕方から降り始めた雨は、夜が深まるにつれて激しくなり、ついには雷鳴が轟き始めた。
本格的に春の暖かさが訪れかけていた日の雨というのは、いくら夜中とはいえ、室内でもまとわりつくような湿気と、蒸し暑さを十分に感じさせた。
激しい雨音に加え、耳を劈くような雷鳴のせいで、12歳になるレクター少年はなかなか寝付けずにいた。普段ならばとっくに眠っているはずの時間であるのに……。
雨と雷の音のせいなのだろうか。レクター少年はそう考えてみるが、どうにもそれだけが原因とは思えなかった。何か……妙な胸騒ぎがしてならない。窓から時折見える稲光と、そのすぐ後に聞こえる轟音が、余計に自分を不安にさせる。
何より腹が減っていた。ここ最近まともな食事をとっておらず、その空腹感はもはや無視できるものではなくなっていた。
完全に目が覚めてしまったレクター少年は、上体を起こし、周囲を見渡した。一瞬、稲光で部屋の様子が分かる。そこで少年は「おや?」と思う。部屋には自分を含め、5人の人間が居るはずなのだが………………、今は自分一人しか居ない。
何回も確認してみるのだが、やはり自分一人だけだった。
とても大きな石造りの部屋。しかし、テーブルや椅子などの家具はおろか、物と呼べる品物は一切無い。殺風景過ぎる部屋だった。
その部屋に、レクター少年は、妹と三人の「兵士」と一緒に寝ていた。
――――はずなのだが………。その4人がいない。
おかしい。
レクター少年に、言い知れぬ不安が去来する。先程から感じていた胸騒ぎと、今のこの状況は決して無関係でないのでは?レクター少年は本能でそう直感する。
鼓動が早くなっていくことに気付きながらも、行動せずにはいられなかった。
レクター少年は部屋の外に出ると、真っ暗闇の中を、壁に手を這わせ、一歩一歩ゆっくりと、注意しながら歩いて行った。
どこを目指して歩いているのか、それはレクター少年にも分からなかった。
……ただ、嫌な予感はしていた。まだ子どものレクター少年でも。無意識に……。
この直後。目の前に広がった光景を目の当たりにして、レクター少年は
完全にコワれた。
もしくは、人間として最も大切な、「何か」を失った――――。
豪雨と雷鳴が轟く中、「人喰い」レクターは生まれた。