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第6話 紅蓮のユエル

 どうでもいいですが、骨とか血とか肉とかって、一文字だけですっげえ存在力だと思いません?

 床に大きな穴が開いていた。

 かなり無理な体勢で引き金を引いたため、ユエルの身体にものすごい反動が伝わり、後ろへ吹っ飛びそうになる。それでも、ユエルの身体はほんの少し宙に浮いただけで、一歩もその場からは動いていなかった。何故なら、手首をレオナに押さえられていたから。このためにユエルは吹っ飛ばなかったとも言えるが、そのために狙いを外したのも事実だ。

 何が起こったのか理解できなかったユエルは、「はぁ、はぁ」と、早く息をしつつ呼吸を整える。が、すぐさま「ちょっと!何やるんスかッ、姐さん!」とレオナに叫んだ。そしてまた入り口に目を向け銃口をそちらに向けようとする。……する。のに、動かない。レオナに押さえられ、動かない、少しも。「姐さん!」一体何なのか?これは?何故レオナは自分の邪魔になるようなことをするのか?そこがユエルには分からない。しかし、次にレオナの言った言葉でそれはもっと理解できなくなる。

「何やってる!早く逃げろ!」

 ユエルは耳を疑った。レオナは今何と言った?「逃げろ」と、そう、言ったのか?誰に?無論、自分にではない。だって逃げる必要がない。レオナの顔は、必死で、苦痛に満ちたようで、その顔は入り口に向いている。まさか。

「何言ってるんスか!姐さん!」ぐっと腕に力を込めるが、びくともしない。

「逃げろ!早く!」

「姐さん!」

 入り口に立っていた子どもは、レオナの言葉に我に返り、怯えた表情のままその場を後にした。

 それから少しして、ようやくユエルの手を掴むレオナの力が緩んだ。自由になったユエルは手首をさすりながら、入り口を呆然と見つめていた。あの子どもを追いかけることもできるが、今はそんなことよりも……。レオナは何も言わない。

「……姐さん。どういうことですか?」不安そうな顔でユエルが口を開いた。レオナの顔は相変わらず苦しそうなものだった。普段のレオナからは想像できない表情と、姿だった。

「気分でも悪かったんスか?」

 何を言っても、レオナから返事が来ることは無さそうに見えた。

「まっ!でも、ガキ一人見逃したところで何の支障もありませんよ。気を取り直して行きましょう!」

 場の空気を変えるかのように、ユエルは明るい声で言った。リボルバーを出したまま、入り口の方へと歩いていく。だが、後ろからレオナが付いてくる気配はない。立ち止まり、後ろを振り向く。「どうしたんスか、姐さん」

 しばらく沈黙が二人の間を支配する。レオナの考えていることが――普段から分からないが――全く分からなくなったユエルはただ、立っているしかなかった。それでいて、さっきから妙な不安を感じている自分に怖くなった。

「私は……」

 ようやくレオナが口を開いた。それはあまりに重々しく、永遠に閉ざされていた扉が、錆付いた音を立てて開くようでもあった。

「私には……もう」

 普段のレオナとは違う。違いすぎる。この弱弱しい声はなんだ。ユエルは入り口に向けかけていた足をレオナに向けなおす。「姐さん、何です?何、ぼそぼそ言ってんです?聞こえないですよ」

 レオナはうっすらと、瞳を覗かせ、ユエルを見た。たったそれだけのことがとても辛そうでだった。だが、それでも、レオナから凄味のようなものが消えることはなかった。ユエルはレオナが向けたその瞳だけで圧倒されていたのだから。

 そして、本当に苦しそうに、辛そうに、でも、言わずにはいられないといった感じに、レオナの次の言葉を発する。その言葉はまた、ユエルにとっては、到底信じることができないもので、理解もできないことであった。


「人は殺せない。人殺しが、できない」


 今度は、はっきりと聞こえた。

 思わずリボルバーを落としそうになるユエル。しかし、すぐに立ち直る。

 あまりに信じられないことだったからだ。ユエルは「ジャンク・ジャンク」に入ったのはつい最近だが、レオナのことはそれなりに知っているつもりだった。その強さも、噂も。だからこそ、さっきのレオナの台詞を「信じなかった」し「嘘だと思った」。

「それ、新しいジョークですか?姐さんがそういうこと言うと、確かに面白いですけど、キャラじゃないッスよぉ」

 苦笑いしながらユエルは言った。声を立てて笑おうとも思ったが、できなかった。無理矢理笑おうとしている、ということもあったし、レオナの視線がそれを許さなかったこともある。

 レオナのその目が意味するのは、つまりはそういうことであった。「嘘ではない」と、いうことだった。

「嘘っスよぉ~」

 それでもユエルは信じられなかった。レオナの瞳は「嘘ではない」と言っているが、目の前の惨状も間違いなく事実であり、それをやった張本人がレオナなのである。レオナの言葉を信じるほうがおかしい。今でも思い出せる、無表情で無慈悲に人を殺すレオナの姿を。それがレオナの本当の姿であり、今目の前にいるレオナは偽者なのだ。そうなのだ。もしくは、レオナがふざけているのだ。

「姐さん、周り見えてます?この赤色は、姐さんが作った赤色なんですよぉ?めちゃくちゃ人殺してるじゃないですか」

 今度はくすりと笑えた。くすくすくす、と。改めて考えると、何とシュールな発言で、光景なんだろう。

 だが、レオナはひとつも笑わない。変わらず表情は険しいままだった。レオナがまた口を開く。

「……私を『殺そう』とする人間には対応できる。だが、それ以外の……何の罪も無い一般の人間は、もう……殺せないんだ」

「……え?」

 またしてもレオナの言っている意味が分からない。殺せない?「ナンノツミモナイ」人間は殺せないって?分からない。その意味も、レオナが今にも泣きそうな、辛そうな声でそれをいっているのも、全然分からない。

「……またぁ。嘘でしょう、それも」

「嘘じゃない……」

「うっそだぁ」

「嘘じゃない!」

「嘘だ!」

 知らず知らず、声を荒げる二人。どちらも、言いたくないことを言い合っているようだった。

「嘘じゃないなら、ふざけているとしか思えません!姐さん、今まで何人の人間殺してきたか分かってるんスか!今さら遅いんスよ!もう、何をし、何を思ったところで、表の世界には戻れないんスよ!もう一生裏の世界で生きてくしかないんスよッ!ボクら殺人者(ゴミ)はぁ!」

「表の世界に戻りたいわけじゃない!」

 ユエルに釣られてか、レオナも大声で言った。余裕は無くとも、その声は凛としていて迫力があった。ユエルが怯む。「じゃ、じゃあ一体何なんですか……」

「……私達は……『ジャンク・ジャンク』は、在ってはならないんだ……。人を殺し、金を取り、それで生きる……世界なんて」

 俯き加減でレオナが淡々と語る。

「それは違いますね!ボクらを必要とする人間はいます!そういう人達がいる限り、ボクらは人を殺して、お金を貰ってもいいはずだ!」

 レオナが「キッ!」と、力強い目をユエルに向けて言った。

「私達に依頼をする人間もゴミだ!私達以上のな!そういうゴミ以下の人間がいる限り、私達は永遠に自由になることもできない!今まではそれでも良いと、思っていた……。けど、もう……私は」

「本気で……言ってるんですか?」

 少しの間を空け、レオナは「ああ……」と、答えた。


 ユエルの目の前が真っ暗になった。レオナは本気で、もう人殺しができないと言っている。それはもう、こちらの世界では生きてはいけないということ。いや、それ以上のことを意味していると言っていい。そして、そんなことを告白された自分はどうすればいいのだ。

 ……。

 ………。

 …………いや。

 信じていればいい。変わらず、レオナはレオナのままだと。

 そうさ……。ちょっと前にこれだけの大量殺人をした人間が、そう簡単に変われるわけない。それに、姐さんはさっき、ボクのステーキ肉を少しだけ食べた。あれの意味がここに来てようやく分かった。あれは毒見をしてくれたのだ。掃除屋と相対した時の姐さんの台詞からして、姐さんはここに入る前から掃除屋がいたと分かってたみたいだし、気付いていないボクのことを想って、そうしてくれたんだ(レオナにはほとんどの毒は効きませ~ん)。不器用だけど、姐さんは優しい人なんだ。今はちょっと混乱してるだけなんだ。仕事はしなくちゃだけど、ゆっくりと説得しよう。姐さんのそれは一時の迷いだと、教えてあげないと。

「……姐さん。姐さんがボクと仕事をする直前の仕事で何があったかは知りません。でも、姐さんはただ混乱してるだけで、自分が何を言っているのか、よく分かってないだけなんですよ」

 優しく、語りかけるようにしてユエルは言った。

 だがしかし、レオナは首を横に振り「たとえそうだとしても、私はもう殺人ができない。それは、事実だ」と、はっきりと言った。

「じゃあ……」

 ユエルは自分の声が震えていることになど構わず、叫んだ。泣き崩れたかったが、レオナを引き止められるのは今この場に自分しかいない。それだけを支えに立っていた。

「じゃあどうすりゃいいんスかッ!どうすりゃ姐さんを止められるんですか!何でここなんですか!何でボクと一緒の時に……んなこと言うんですかッ!」

 悪いことをしている。レオナは、目の前のユエルを見て、そう思った。

「ジャンク・ジャンク」に所属する殺人者は、自分を含め正真正銘の「ゴミ」だが、生きていく上にはその生き方も仕方の無いことがある。人殺しを職業とするのが許されないのであれば、世間に公認されている「掃除屋」はどうなる?人道的な問題云々を言えばきりが無い。だから、自分達は表の世界からその存在を消したのだ。

 ただ……。そこにさえ、レオナはもういられなくなった。表にも裏にもいられない。ならばどうすればいいのか。

 消すしかない。自分自身を。それはそのままこの世界からの「死」を意味していたが、ただ死ぬだけではいけない。死ぬ前にやっておかなくてはならないことがある。

「ユエル。私は『ジャンク・ジャンク』を潰す」

 ユエルが息を呑んだのが聞こえた。

 レオナの表情はどこか決意じみていて、真剣なその眼差しは今にもそれを実行しそうなほど、真っ直ぐだった。レオナの、死んでいた目が光を取り戻し、生き返っていく。殺人者としてのレオナは死んでも、人としてのレオナが蘇る。

「『マーダーサーカス』を……殺す」

「ジャンク・ジャンク」は今でこそ、多くの殺人者が集まり組織として成り立っているが、創始者である「マーダーサーカス」の影響力と存在力は大きく、「マーダーサーカス」に心酔している殺人者も多い。その「マーダーサーカス」一人を殺せば、「ジャンク・ジャンク」は必ず成り立たなくなる。

 レオナにはそういった考えもあったろうが、本当のところはそれ以上の殺人をしたくない、というのもあった。でなければ、「ジャンク・ジャンクに所属する殺人者全員を殺す」ことになる。そして、それはユエルも例外ではなくなる。


 レオナの心は完全に決まっていた。「殺人者」としてではなく「人」としての心だ。

 だから、このままユエルを放っておくこともできなかった。このままユエルを「ジャンク・ジャンク」に残して行けば、ろくな結末にはならないだろう。自分に付き合わせるつもりはないが、「ジャンク・ジャンク」からは引き離さなければいけない。この機会を逃せば、一生ユエルは人を殺し続け、二度と人間には戻れなくなってしまう。そう思った。だから言った。

「ユエル、お前も来い!私はもう無理でも、お前はまだ若い……!人として、まだやり直せるはずだ!」

 そう言い、ばっ、とユエルに体正面を向けるレオナ。


「仕方が無いですね~。ほんと、姐さんには敵いませんよ」


 ……と。

 ユエルが言うとでも思ったのか、私は?

 自分の、くそが付くほどの「甘さ」に吐き気がした。

 レオナが言い終わったとき、ユエルは俯き震えていた。

 そして――――。

「それ」はもう始まっていた。

 改めてユエルと対面して気付く。ユエルの「変化」に……。

「黒く染めていた」髪の毛が、元の、燃えるような「紅」に、内側から黒の色素を燃やし尽くすようにしてあらわれていった。

 澄んだ深緑色の瞳も、黄昏色となり、最終的には髪と同様、混じり気の一切無い緋色となっていく。

 レオナはユエルの「体質」は知っていた。だが、それを見るのは初めてだった。


 ……あの「紅」……。あれは「警告」。そして「威嚇」。毒を持つ動物や植物が、自身の色を派手でカラフルな色にするように、獣が自らの危機に際して体を大きく見せたりするように。

「『ジャンク・ジャンク』は……ボクにとって唯一の居場所なんだ……」

 ユエルが震えた、小さな声を出す。

 レオナは鼓動を早くしつつも、冷静にユエルを観察した。その視線は、ユエルの指先に向かう。そこには、緑色の、粘性のある……「液体」が……。

「それを……それを奪うっていうんだったら……」

 レオナは心の中で舌打ちする。

「ジャンク・ジャンク」を潰す。

「ジャンク・ジャンク」を抜けろ。

 どちらもこの娘には禁句だった……!


「姐さんでも許さないッッ!」


 ほぼ反射的に、レオナは傍に置いてあった棺を乱暴に掴み、自分とユエルの間に持ってくる。それと同時にユエルが素早く手を振った。

 間もなくしてレオナの耳に劈くような爆発音がし、棺もろとも酒場の壁を突き破り外にまで吹っ飛ばされた。

 次回!予告!!


 最近のSBRの単行本著者コメント欄での荒木先生に、いちいち萌える。ハアハア……。

 荒木先生……。週刊であなたのコメント見たいっス!


 別に期待しなくてもいいけど、期待しててもいいよ!

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