第9話 現世アパートへの帰還
地獄での厳しい特訓で必要な能力を使いこなせるようになった後、ついに現世に戻る事になったのだが、その道中、俺はただただ呆気に取られていた。
地獄から閻魔庁、そして閻魔庁からアパートの玄関へと一瞬で着いてしまったからである。
それも、各所に設置されたドアを開いて変な空間を少し歩くだけだったのだ。
まるでドラ……
——いや、まぁ……閻魔女王様の管轄下なんだから何でもありなんだろう……。
ってか、あの行きの各工程はいったい何だったんだ……。
ちなみに、ゲツとニーナは戻って直ぐ、周囲の結界を確認すると言って外に出ていった。
もう『結界』にもだいぶ慣れて来たぞ——って、ココにも結界が貼ってあったのかよ!?
***
さらにこの部屋の状態に唖然とする。
物が多くてごちゃごちゃしている部屋は相変わらずそのままだ。だがあの夜、死神と戦って荒れてしまったハズの部屋が何事も無かったかのように元に戻っているではないか……。
ただし、あるはずのモノが無い!
俺の死体! 死体が消えてるーーっ!
……っていうか、すっかり忘れていたのだが……。
死体って放っておくと腐っちゃったりするんだよね……。
ってことは、他の住人とかに発見されて孤独死として処理されたって事だろうか?
う、うわ〜それめっちゃヤバイじゃん!
頭を抱え床にへたり込む……。
——イヤイヤイヤ、もっとマズイ事がある……。
もし孤独死なんて発見のされ方だったとしたら、両親や子供たちに超ショックを与えてしまったに違いない……。
げっ! そ、そうだ……会社にだって連絡してないから無断欠勤扱いにされちゃったよね。で、その後に死んでたって判明して皆どういう反応をしたんだろう……。
うっわ〜〜〜考えたくない……。
どー考えても、皆にとんでもない迷惑を掛けてしまってるよね……。
——いや、連絡しようにも出来なかったんだからどーしようも無かったんだけど……。
そんなふうに現世のあれやこれやでパニクっていると、玄関のドアが突然開いた。
「たっだいま〜!」
そこには、どこからどう見ても生前の自分……人間の天ノ生千造が立っていた……。
「「ええっ!?」」
こっちは驚いて立ち上がり相手を見つめたままでフリーズしてしまったのだが、相手も同じようにこちらを見つめたままフリーズしてしまっていた。
な、なんで生きてんの……!?
……って言うか俺がもう一人……?
「ど、どういう事ぉーーーーーーっ!!?」
そこでそのもう一人の自分が口を開いた。
「あっ、あんさん千造はんでっか? ……そ、そうか〜今日お戻りでしたな! す、すんまへん! うっかりそれを忘れてまして、たまげてもーて! ハハっ……ハハハハハ……」
そう言うと、そいつはおもむろに床に寝転がり、仰向けになって姿勢を整えると動きを止めた……。
「は? ど、どうした……おい……
おーい?
…………え……?
ええぇーーーっ!?
……し、死んだ!?」
と思ったのも束の間、肉体の中からスゥッと霊のようなものが出てくるではないか……。
「——ぅわっ……えぇえぇ……えぇーーーっ!?」
そしてその霊はゆっくりと床に降り立った。
「お、鬼……?」
そう……その霊は鬼の形相をしていたのだ。
「は〜い。自己紹介が遅れてすんまへんっ。わて鬼童丸のサダと申します。閻魔女王様から命を受けまして一ヶ月ほど前から千造はんに成りすましてここで暮らしております。どうぞ宜しゅうお願いしまっす」
そう言いながらサダと名乗った鬼は被っていたベレー帽を取って右手を差し出してきた。
「お、おう……」
それで、とりあえず握手はしたのだが……。
何が何だかまだ状況が飲み込めずにいた……。
閻魔女王様の配下ってことだから怪しい者では無いんだろうけど……鬼童丸って鬼の種類だったよな、たしか……。
「え、えッと……あ、あなたの事は何も聞いてないんですけど……」
「あーぁ、そういう事でっか。心配いりまへん。身体はうまく防腐処理されてますんで新鮮なままですし、何よりわてが憑依して毎日ちゃんとおまんま食ったり風呂入ったり、しっかり手入れしておりまっさか——」
「え? ま、マジで……? ……あ、ありがとう……って言う場面なんやろね、ココは……」
そのサダと名乗った鬼は色々と説明を始めたのだが……ちょうどそこで部屋のドアが開き別の者たちが入ってきた。
死神ニーナと狐っ子ゲツだ。
そして鬼のサダと死体を見るなりニーナが「あ」と言って口に手を当てた。
どうやら俺に説明するのを忘れていたようだ……。
「ニーナ君!?」
「……スマン……」
……
……まぁそれで後から説明を受けて色々と分かったのだが、こういう事らしい。
あの日……
ここに来た死神ニーナは、まずアパートの外側と部屋に結界を貼り外部からの干渉を無くした。
そして俺を仮死状態にして霊魂を離脱させ、身体に防腐処理を施したとの事。
その後、鬼童丸のサダが死体に乗り移り、この1ヶ月の間ずっと俺に成り済まして会社で働くなど普通に生活してくれていた。
……
「つまり俺は、世間的にはまだ死んだ事になってないって事??」
「ハイ、そうでっせ!」
「…………。マ、マジかぁーーーーーーっ!!!」
「マジでおまーす!」
「だからまだ誰にも迷惑をかけてない……?」
「かけてまヘン!」
安堵のあまり脱力し尻餅をついて床に座り込む……。
……ん?
「って言うか、俺を殺したのって死神ニーナだったってこと?」
「フフ……ま、まあな……」
ニーナがドヤ顔をしてるように見えた。
「褒めてないしーっ!!」
「ス、スマン……」
ニーナが肩を竦めた。
「まぁ本当の殺しとは違うし、閻魔天へ連行するためには『とりあえず死んだ状態にするしか無かった』って理屈は分かるけどさぁ〜……。人ひとりの命なんですけど〜〜〜っ!!!」
実際には死神の能力で眠らせ、肉体から魂を切り離したって事らしい。
それゆえの仮死状態……。
そりゃ閻魔女王様からの命だし逆らえんのは分かるが〜……。
ただスグに、この処置は閻魔女王様が俺のために掛けてくれた保険でもあるのだと気が付いた。
もし使い物にならなかったら、とりあえず元の人間として現世に戻れるようにとの配慮だろう。
「な、なんかオジサン……とっても複雑な気分です……」
勿論、今回賜わった使命も期待も責任も投げ捨てて、今更元の人間として平穏な暮らしに戻りたいとは思わない。
大体、知らん顔して放っておいて、結局取り返しの付かない事になったらやっぱ最悪だしな……。
心からそんなふうに思えた自分に少しホッとしてもいる。
あの地獄での出会いや出来事を思い出す……。
***
地獄の労役現場で知り合ったお爺ちゃん……。
ただのお爺ちゃんだとばかり思っていたら、実は神様だったという展開。
その神様、ウエヤーマン様から告げられた衝撃の事実……。
「……このままでは、人類が滅亡する……。そんな夢を予知夢の神が見てしまったのじゃ……」
「……その夢には続きがあってのう……。その夢の中で彼女がワシに人類滅亡の話を打ち明けると突然場面が変わり、何故かおぬしが登場すると言うのじゃ……」
「……予知夢の神にもそれ以上の事は分からんらしい。ただ何もせずに放っておけば人類滅亡が起こる事だけは確実じゃ。と言って、それを防ぐ確実な方法も見つかっておらぬ。
おぬしが何故その予知夢に現れたのか、いったいどういう役割を果たすのか、全くの未知数じゃ……。
じゃが、我らはおぬしに賭けてみる事にしたんじゃよ……人類の未来をな……」
***
変に気を使ってもらって感謝しかないんだけど……。
それにやっぱ、少しでも期待されてるなら役に立ちたいよね。皆を失望させたくも無いし。
イヤ、俺こういうのにめっぽう弱いんよ……。