第6話 閻魔庁
その後、あの有名な三途の川を越えたりして我々は遂に閻魔庁に辿り着いた。
そこは洞窟の中のような構造物で薄暗い部屋の真ん中にはここの主人であろう者が立っている。
死神が胸に手を当て跪き、主人に一礼し俺を紹介した。
「天ノ生千造を連れて参りました」
「うむ」
こ、この人が閻魔様……閻魔大王様?
閻魔様と言えば鬼の形相で重厚な着物をまとった大柄の漢かと思っていた。
……しかし、今ここに居るのは標準的な背丈で質素なローブをまとった女性のようだ……。
ただし、フードの奥からのぞく御顔は妖気を漂わせた炎眼の美女であった。
死神は跪いたままもう一度胸に手を当て、こちらを見た。
そしてコクリと頷きローブの女性の方に小さく首を傾ける。
どうやら『おまえも同じように挨拶せよ』っていう合図らしい。
——って、着く前に説明してくれよな——。
とりあえず己の胸に手を当て一礼した——が当然ながら所作はぎこちない。
「あ、天ノ生千造と申します……」
「閻魔女王である」
「————ヒャッ——!」
思わず小さい悲鳴をあげた俺は後ろによろめき、その場に尻餅をついた。
彼女はあっさりと名乗っただけだったが、同時に強い風圧の様なモノに飛ばされたのだ。
さらに重い威圧を感じ全身に悪寒が走った——。
こ、これって……魔王覇気とか言うヤツ!?
「ハ、ハハァーーーッ…………!」
どうやらこの御方は本物だと悟り、正座して深々と頭を下げる。
こ、この御方……『閻魔女王』って|名乗られたよね……?
……ってことは閻魔大王様の奥方様ということだろうか?
そんな事を考えていると彼女は近寄って来て俺の頭に手を伸ばし、言った。
「早速だが、まずはおまえの罪を調べさせてもらうぞ」
え?
「只今より、われ閻魔女王の名において、天ノ生千造の罪の取り調べ及び裁きを執り行う!」
——あ!
こ、これが閻魔様の取り調べってやつーーーぅ!?
……だ、大丈夫……だよね?
人様に迷惑など掛けてこなかったハズだし……罪なんか犯してないハズだし……。
などと少しパニクっている間に意識が遠のいた……
…………
……俺は走馬灯を観るように己の人生ダイジェストを観ていた。
その走馬灯はどんどん進み社会人時代に突入。
途中、こんな男でも結婚する事ができ子宝にも恵まれる。
ひとつの会社に留まらず、何度か転職もしたが、勤めた企業の多くが俗に言う『ブラック』……。
まぁ今時、珍しくもないのかな……。
ブラックの程度は軽いほうだったのかもしれないが、各職場の上司や社長といった立場の数人から意地悪をされる事もしばしば。
時には堪忍袋の尾がブチ切れ反抗した事もあるが、毎度その結果が裏目に出た。
一瞬、常軌を逸して相手を心底恨んだり、天罰が下る事を願った事もある。
しかし、結局、己の正義が勝つなんて事は無かった。
つまり世の中とはそういうモノだと学んだ。
さらに追い討ちをかけるように世界は経済不況へ突入。
最終的に職を失い、金銭難から借金生活になり、そして離婚……。
どん底ってやつ。
こんな家庭にしてしまい、家族には心底申し訳無いと思っている。
そんな不甲斐ない男ではあったが、その後、なんとか復活する事ができた。
所謂『ポジティブ思考』や『言霊』の考えを実践してみたのである。
……それにしてもそういう考えって、ある意味、厨二病の一種なのではないだろうか?
もしそうなら、無敵で究極の厨二病に辿り着いたのかもしれない……。
…………
……ゆっくりと意識が戻って来たようだ……。
頭上付近に熱を感じたので目を開けると閻魔女王様と死神女が目の前にいて、二人の手がゆっくりと離れていった。
……そ、そうか……閻魔女王様の所で過去の罪について調べられていたんだ。
これ……アパートで死神女がやってた事と同じだよな……。
彼女たちが俺の頭に手を当てると、その間こっちは過去の出来事を走馬灯のように観るって事?
しかし、彼女たちにとっては記憶のスキャン——つまり罪の有無を確認しているという事なのか?
「死神ニーナよ、今回はおまえにこの千造の裁きを任せるとしよう」
「え? よ、よろしいのですか……?」
——ちょ、えっ!?
閻魔女王様〜、そりゃヤバいですってー!
死神ニーナさんはあっしのことがキライみたいなんですぜ〜。
「何故かおまえ、この男に興味があるようだしな」
「え? そ、そんな事は……!」
——ど、どういうコト……?
「だからおまえにも、もう一度見てもらったのだ」
——その言葉を聞いて、ギクっとした死神女の緊張感がこちらにも伝わってきた。
「但し、今回は我と共に千造の罪の記録についても、ゆっくり丁寧に閲覧してもらった。でなければ公平に裁けぬからな」
——や、やっぱりそうなのか!
彼女たちは霊魂の中に残っている生前の記憶を、直接閲覧する事ができるんだ!
……な、なんか凄っ!!
いつの間にか死神女のほうは片膝を突き観念したように首を垂れていた。
そして、おもむろに白状し始める。
「……も、申し訳ございません!! ワタクシ……ここに来る前……勝手に千造の記憶を閲覧しました……」
——あちゃ〜死神ちゃん!
そうなのよ、閻魔女王様には死神ちゃんが俺の記憶を勝手に閲覧した事まで全てバレちゃってるのよ……。
「その事はもう良い。許す!」
——ええっ!?
「え……? ハ……ハハーッ! ほ、本当に申し訳ございませんでした!」
——あ、あっさり許すんかーいっ!
「で、千造の罪は? おまえの裁きは?」
「ハ、ハイ……」
——ゴクリ……
少し間を置いて死神女が答えた。
「大きな罪は犯していません。特に他人に被害を及ぼすような罪で、現世において秘匿されたままのものや償いが終わっていないものはありませんでした」
——お、おぉーーーっ! じ、地獄回避ぃーーっ!!
やったー! ……んだよね……?
「……と、一度はそう思ったのですが……」
——へ!?
「今回は閻魔女王様のおかげで、ただの記憶だけでなく罪の記録も直接閲覧する事ができました……」
——つ、罪の記録の閲覧だとーーぉ!?
「そのお陰で、今回はこのモノの罪をしっかりと把握する事が出来ました!」
——な、なんだってーー!?
「それで?」
「ハイ……、実は最初の記憶閲覧の際には分からなかったのですが……」
——な、何を……いったいどんな罪を犯したって言うんだよ……!?
「……千造が小学生の頃、家が貧しい同級生の女子に対して他の友達と一緒になって嘲笑し辱めていた事があります。その際、何度も『ビンボー』などと罵声を浴びせ、その女子を苦しめました」
——は、はぁ……?
「短期間とは言えこの行為は数回に及び、この女子生徒はとても悲しみ傷つきました」
——え、えぇっ!?
「その後先生にバレ、実行した生徒は強制的に呼び出され、その女子に対して皆で口頭で謝罪したようです」
——そ、そんな愚かで最低な事を——
『弱い者イジメ』を……こ、この俺が!?
「しかし、その女子の心は殆ど癒されず、その後も長きに渡って心に深い傷を負いました」
——そ、そんな……
記憶は……
無い……
……ハ……ズ……
「子供の頃の罪とは言えその償いは終わっておらず、地獄にて相応の罰が必要と判定します!」
「確かに、その女子の事を思えば許しがたい行為だが……。子供の頃の罪だぞ? それでも罰が必要と判断するか?」
「ハイ」
「……フフフ……完全に身を清めさせるつもりだな……。まぁ、ついでに地獄にも行けるし一石二鳥でそれも良いか」
……
……実際には……俺はこの一連の出来事を忘却の彼方へ葬り去っていた……。
この件は小学生の頃とは言え、実は自分の心にも罪の意識が残り、大人になっても時々思い出す事があったのだ。
何故あんな酷い事をしてしまったのか……今の自分には全く理解できない。
そもそも俺の実家が裕福だった訳でもないし、子供の彼女には「実家が貧乏」な状況はどうしようも無い事なのに……。
にもかかわらず、その事で辱めるなんて最低のやり口じゃないか……。
しかし、自分にとって恥ずかしすぎるこの罪の記憶は、罪を償わないかぎりネガティブな思い出として脳に居座る。
かと言って、その後彼女を探し出し謝罪するような行動は起こせなかったし……その勇気も無かった。
それでこの出来事を、ある意味本当に記憶から消し去っていたのだ。
……まさに己の罪……言い逃れは出来ない……。
その時、閻魔女王様の迫力ある声が響き渡った!
「天ノ生千造よ、今回明らかになった事柄とその罪を認めるか!?」
「……は、はい! ……み……認め……ます……」
「よし! であれば地獄にて相応の罰を受ける事になるが、何か申し開きをしたい事はあるか?」
「……な、何も……ございま……せん……」
「よし!」
閻魔女王様が部屋いっぱいに響き渡る声で宣言した。
「これにて閻魔法廷、一件落着!!」
部下の者たちは一斉に姿勢を正し直立していた。
「では、罰の詳細は地獄にて沙汰する! 地獄では犯した罪を厳粛に受け止め、罰を受け、被害を受けた女子の事を思って心から反省し罪を償ってこい! さすればおまえの禊は終わる。その後におまえに使命を与えてやろう」
「……は、ははーっ!」
両膝をついた姿勢から頭を地面に擦り付けて土下座する。
「フッハッハッハッハッーッ! また地獄で会おう!」
……全てをクリアに理解した訳じゃない。
でも全てを受け入れよう……。
……俺は観念していた。