第5話 ニーナの同僚
それは突然起こった。
俺と死神を繋いでいた鎖を何かが断ち切った——と思った瞬間、後ろにグイッと引っ張られ吹っ飛んだ!
「——うわっ——!」
そして地面に叩きつけられ数回転して止る。
「——ぅぐっ、——ぐ——ぶへぇェ〜——」
突然の不意打ちでダメージを受けたが、なんとか顔を上げる。
俺が元いた場所にネズミ色のローブをまとった連中が3人立っており、死神ニーナと対峙しているのが見えた。
そのうちの一人がニーナに話しかけた。
「おやおやニーナじゃないか? 久しぶりだなぁ?」
「……」
「なんだオマエ、まさかオレサマたち——昔の同僚の顔を忘れたんじゃないだろうな?」
——ど、同僚って……ここからは顔が見えないが奴らも死神って事か?
「いや、憶えている……」
「よしよし、いい子だ。そういやオマエ古巣へ戻されたんだってな?」
「い……。ま、まあな……」
「「「フハハハハ!」」」
三人が一斉に笑う。
「まぁ、あそこまで心がか弱いとそりゃ我らのボス——閻魔大王様も見限るわな」
「「「ヒャ〜ハハハハ〜!」」」
「クッ……」
「なんだ、なんか文句あるのかぁ? んー?」
「何でもない」
「ククク! 相変わらず臆病な奴だな!?」
「「「ダーハハハハ〜!」」」
——な、なんだよ……死神ニーナって仲間からイジメられてるのか?
「ところであのショボい霊魂はなんだ!? どんな大罪を犯したヤツなんだ?」
——って、お、俺のことか?
あ、皆こっちを向いている。
確かに死神の髑髏顔だ。
「ただの霊魂だ。大罪人ではない」
「はぁ〜!? オマエまだそんなチンケな仕事してんのか?」
「「「ヒ〜ハハハハ〜!」」」
「我らの獲物を見てみろ!」
そう言って俺の後ろのほうを指差した。
——え?
ビックリして後ろを振り向く。
すると近くに七〜八人の若者が——若者の霊魂たちが立っていた。
「こいつら凶悪な詐欺グループの一員だったんだが、ちょうど仲間に裏切られて殺されたバカどもだ!」
——そう言われた若者の何人かに殺気が走ったのが分かった。
「ちょうどいい。オレサマたちは今からこのバカどもを野に放ち、ハンティングゲームを行うところだ。オマエの獲物にも逃げる機会を与えてやろう」
「な、何を言っている! そんな事、許される訳がない!」
ニーナが反論した。
「大丈夫だ。我々は大罪者に対して恐怖を与える権限を認められている」
「そ、そんな権限など聞いたことがない!」
「ウルセー!!」
一人の死神がニーナの顔を平手打ちした。
「オマエは黙ってろ!」
「くっ……」
ニーナは頬を押さえて俯いている。
「よし、やれ!」
そう死神の一人が言うと若者たちの首輪が外れ、自由に動けるようになったようだ。
「おい、バカモノども! よく聞け。今から1分だけ時間をやる。その間に周囲の森の中へ逃げろ。そしてもし5分間オレサマたちに捕まらずに逃げ切ったら、罪を一つ免除してやろう。しかし、もし捕まったら痛い痛〜いお仕置きが待ってるぞ! というかオレサマ達はこの弓矢を使ってオマエらを狩るのだがな!」
「「「ギャ〜ハハハハ〜!」」」
「に、逃げるぞっ!」
若者たちが一斉に森の中へと駆け出した。
俺はどうするか一瞬迷ったが、ここに居ても射殺されそうなので、とりあえず若者たちとは反対の方向へ走る。
「ハァハァ……、ハア……」
こんな感じで人間をハントする映画があった気がするけど……とにかくこういう展開ってマジで大嫌いなんだよ。
「……ハァ……ハアハア……」
って言っても、とりあえず今は逃げるしかないか。
とにかく森の奥へと急いだ。
あれから1分程度走ったと思う。
ただ、このまま走り続けてもスグ見つかる気がしたので適当な茂みに身を伏せた。
結局、こうするくらいしか手がない。
そう思った矢先、後ろから誰かに蹴り飛ばされた!
「——んぐッ!」
茂みの外に転がり出てしまったが、なんとかその相手を見ようと振り向く。
「ヒャ〜ハハハハ! 大当たりぃ〜!」
あの死神連中の一人が弓矢を構えていた。
——げ、一瞬で終わったな。
奴は躊躇なく弓を放ち俺の頭は射抜かれ——
……あ、あれ? 当たらなかった?
片目を開けると目の前にニーナが立っていた。
手には大鎌が握られている。
あの死神のほうは既に倒れていた。
『も〜、なんでアタシがこんなつまらないヤツを切らないといけないのよ〜。って、まぁ眠らせただけだけどー!』
あの大鎌シャル子が文句を言っている。
「さぁ行くぞ!」
死神は構わずそう言うとこの身を抱え上げ、その場から離脱した。
「へ?」
だ、抱っこ〜〜?
——でも、さっきの死神って一瞬でニーナにヤラレたって事だよな?
ニーナって実は強いのか!?
それともあの大鎌のシャル子が凄いのか……?
その後、暫く移動しているのだが、どうやら若者たちを探しているようだ。
ニーナも俺も今はマントで覆われた状態。
どうやらこのマントには隠蔽効果があるらしい。
ふと死神が何かに気付き、静かにするよう合図して身をかがめる。
その前方にネズミローブの二人組が現れた。
例の死神チームの残りのヤツらである。
彼らは弓矢をさらに前方に向けて構え左右にゆっくり分かれていく。
たぶん例の若者の誰かが前方の茂みに隠れているのだろう。
その瞬間、不意に複数の若者達が一斉に周囲の茂みから飛び出し、死神たちに襲いかかった。
武器はなんと森で拾った太めの木の枝や石である。
不意を突かれ、さらに複数方向から攻められ死神たちの判断が鈍った。
焦って放った矢も外れ、いつの間にか混戦状態となっている。
と言っている間に若者チームが死神の大鎌まで奪い、リーダーとおぼしき死神に突きつけた。
その死神が降伏したように渋々と両手を上げる。
それを見たもう一人の死神も大人しく座り込む。
とうとうあの若者チームが死神二人を取り押さえてしまったのである。
「あらヤダ。ちょっとあの若者たちやるじゃないのよ!」
「……」
「まさかニーナ、アンタ死神たちのほうを助けるつもりじゃないでしょうね?」
「当然助ける。死神の一人としてこの状況を見過ごす訳にはいかん」
「アンタ、マジで真面目すぎんのよ! さっきあれだけ散々コケにされてなんでそうなるかナ! ここはザマァぶちかます場面でしょーが!」
「……そういのは性に合わん」
「ク〜〜〜ッ! もーどうしてアンタはいつもいつも、そーゆースカッとしない生き方をするのかしら!? ほんとモヤモヤする〜!」
「今ここであの若者たちが一時的に勝ったとしても、スグ別部隊に鎮圧される。シャル子も分かっているだろう?」
「フン!」
その後はあっと言う間だった。
ニーナが俺をその場に置いて飛び出し、シャル子を振り回して若者どもを全員撃退してしまったのだ。
無論、全て峰打ちだが彼らは痛みに耐えきれずその場にうずくまり、各々が呻き声をあげている。
そして捕まっていた死神たちは二人とも解放された。
解放されたうちのリーダーらしき死神が嘯く。
「フン! アソコからが我らの見せ場だったのに、演出の邪魔しやがってよ〜」
——おいおい、マジかコイツ。窮地を救ったニーナたちに対してそれ言う?
「そうか。文句なら大王様に言ってくれて構わん」
ニーナがぶっきらぼうに言った。
それを聞いた死神は態度を豹変させた。
「ちょちょちょ、ちょっとニーナさん!? ま、まさかアナタ、この事を閻魔大王様に報告する気なんでしょうか?」
そこでシャル子が答える。
『当たり前でしょ! 勝手な振る舞いをした上に霊魂たちに取り押さえられるなんて、前代未聞の大失態よ!』
「ちょ、ちょっと待ってください——」
『それになんだっけ? 罪を一つ免除するぅなんて約束、してしまってたわよね?』
その一言で死神二人は凍りついた。
『閻魔大王は嘘がダイッキライって、アンタたちなら当然知ってるわよね〜?』
「「——ヒッ!」」
——その時、背後で何かが動いた……
と思った瞬間、誰かに後ろから捕えられ首に大鎌を突きつけられた。
「うぐぅッ!」
「皆ぁ動くなーぁっ!」
最初に俺を蹴飛ばした後スグにニーナたちにやられたあの死神かぁ?
「おー、サブロータよくやった!」
「兄貴ぃ! 大丈夫ぅ!?」
「あたぼーよ!」
「チッ」
ニーナが舌打ちした。
——あ、俺がドジったって事か——
そう悟った瞬間、迷わず自分の後頭部をおもいっきり後ろに振る。
——ガんッと鈍い音がし、後ろに居た死神の顔面に直撃した。
「「——痛っ!」」
ヤツが仰け反った隙に素早く脱出する。
ここからのニーナの動きがまた素早い。
その一瞬のスキにサブロータの頭を大鎌で突く!
「——ギャぁッ!」
サブロータが仰向けに倒れる。
危機はあっけなく過ぎ去った……後頭部は少々痛むが……。
『何よ千ちゃん、ちょっとアンタなかなかやるじゃないの!』
「え? イ、イヤイヤイヤ。こっちはもう死んでて霊魂だし不死身だし、失うモノは何も無いって思って……」
『——え? ヤダ千ちゃん、アンタ知らないの? あいつらのポンコツ鎌でもね、その気になれば霊魂を殺せるのよ』
「へ?」
『まぁ、正確には魂を滅するって言うんだけど。魂を滅せられたら、もうこの世にもあの世にも存在しない状態——つまりィ〜マジで消滅しちゃうのよ』
「え……? ええぇ〜〜〜!!!」
『アハハハハハ! 正に知らぬが仏ってヤツね! 千ちゃん好き〜!』
「……」
その後、駆けつけてきた別な死神部隊に後始末を任せ、我々はまた閻魔庁を目指して歩き始めた。