第3話 反則技と走馬灯
『ダメーっん!!』
——突如、オネェっぽい叫び声が響いた!
死神の動きがピタリと止まる。
さ、さっきの声は、いったい……!?
『オォ・ヤァ・クゥ・メェ!』
——まただ。
「黙れ!」
死神が一喝する。
そして死神は握っていた分銅鎖の片端をグンッと引っ張りやがった!
「——うぐぅ——!」
引っ張られた俺は死神の足元に倒れ込む。
そこへ間髪入れずに死神の蹴りが来る!
「——ぐほっ——!」
鎖が解け、サッカーボールのように蹴り飛ばされ——まるで昔読んだギャグ漫画のように——超速で上下左右と部屋の中を反射しまくる——!
そしてようやく死神の足元でトラップされ、止まった。
「フッハハハハッ! 無様だな!」
「……ぅ……、ゥぐぅ……」
もうボロボロだった……。
目が回り体中が痛くてもう……動けない……。
『やりすぎヨーっ!!』
——ま、また……オネェ系の……声……。
しかし死神は容赦なく背中に乗せた足をグイグイ捻りながら踏みつけてくる。
「——いっ、痛っ——!」
「オラオラオラーッ! たかが人間の霊魂風情がカッコつけやがって!」
な、なんだ?
なんかガラが悪くなったぞ。
「考えなしに行動して、結局失敗か!?」
「——くっ……」
「正義の為、慈悲の為の行動ならどんな結果でも肯定しやすいモンなぁ?」
「ち、違う……」
「結果が伴わなくても前向きに受け取っておしまいか?」
——こ、こいつ、何か知っているのか?
「し、失敗は成功の元って言うだろが……!」
「しかし、今回はもう次は無いんだぞ!!」
「くそっ!」
力なく拳で畳を叩く。
「オマエは地獄行きだ。さらに子狐も守れず地獄に道連れとはな」
「ち、畜生……」
「ハーハッハッハッハッハッー、天ノ生千造っ! 観念しろ〜! 負けを認めろぉやぁ!!」
——な、なんか壊れかけてないかコイツ?
「あぁそうだ、『負かしてくれてありがとう』ってワレに感謝もしなきゃなぁ?」
「クッ! ……大事にしてきたものを……バカにしやがって……!」
「往生際が悪いぞ! ほら、負けましたと言えっ!」
「く、くそっ……」
「ほら早く!」
——た、確かに今回は……。
「ク……………………。ま…………、まけ……」
「なんだって〜? 聞こえんぞ〜!?」
そう言って死神は片方の足で俺を踏みつけたまま顔を近づけてきた。
——ん? こ、これってチャンス!?
うつ伏せの状態から体をクルッとひねる!
案の定、足場を外された死神はバランスを崩しよろめく。
「——ぅおぉっ!」
「まだ勝負は終わってねぇー!!」
両手で死神をガッシリ掴み、そのまま引き寄せ倒す!
「————ぅぐ!」
「「…………」」
「よっしゃぁーーッ!! 捕まえたぞーーッ!!」
俺の上に倒れ込んだ死神は抵抗————
し、しない!?
あ、あれ……?
あっさり諦めたのか……?
「……お、俺の勝ち……だよな……?」
その後、数テンポ遅れでようやく死神が反応した。
「ギャァァーーーーーーーーーァッ!!!」
————うわっ!!
……な、なんだよそのカナキリ声!?
さらに死神は甲高い悲鳴をあげて身体をバタつかせたが、こちらは手足を絡めて離さなかった。
……ん?
な、なんだこの体……??
想像していた固い骨の感触…………とは違い柔らかい……肉がある?
つい、死神の身体のそこかしこをまさぐってしまった。
……へ?
お、女!?
「キサマァァーーーーーーァッ!!」
——死神が叫び同時に頭突きが飛んできた!
「————いズっ!」
そして膝蹴りも喰らう!
「——うぐっ!! ……………うぅっ! …………うがぁぁ……」
股間を押さえ醜く身体をくねらせながら、この世の終わりの痛みに苦悩する……。
「れ、霊魂なのに……、し……死ぬ……ぅ……」
「このド変態オヤジが!! 痴漢行為で反則負けよ!!」
「……そ、そんな……ルール……き、聞いて……ない……ぞぉ…………」
そして意識が……遠のいた……
……
……遠のいていく意識の中で……
過去の出来事がダイジェスト版PVのように再生され始める。
これって、普通は死ぬ間際に、これまでの人生の思い出が走馬灯のように流れるって言うお決まりのヤツだよな?
…………
……こ、これは……
……俺がまだ幼い頃……だな……。
家は裕福とは言えなかったが、地方の田舎でオタク三昧な生活を謳歌していた。
当時から既に家に引き籠もって一人で遊ぶのが好きだった。
漫画、落書き、アニメ、プラモ、ジオラマ、ゲーム、もろもろ……。
『オタク』って言葉もまだ無かった時代……。
イヤ、それとも俺がただ知らなかっただけなのカモだが……。
一方で、子供社会においては、保育園時代からいつの間にかガキ大将で勝手気ままに振る舞っていた。
ミクロな社会の暴君……。
めっちゃヤな奴!
……うわ〜、もうヤメテ……。は、恥ずかしい…………。
だが、小学生の中ごろ呆気なく我が世の春が終わる。
友達の一斉蜂起で下剋上に遭い、仲間ハズレにされ、無視された……。
まぁ、因果応報……、自業自得ってヤツだ。
とは言え、当時はひどく凹んだなぁ……。
その頃は、仮病だったのか精神的なものだったのかは分からないが、度々腹痛になって学校を休んだりもした。
我が世の春から一転……。
周囲の子供達を信用できなくなり、自信が無くなり、常に下を向いて歩くようになり……猫背になった。
そういえば、あまり遊んだ事がないのに優しく励ましてくれた子もいたなぁ……。
恥ずかしくてまともにお礼も言えなかったけど——。
と、ここで急に走馬灯が停止した。
…………
同時に意識がうっすらと戻ってくる。
……ん?
誰かが話をしているのか……?
……
暫しその会話に耳を傾けていると、その声がさっきの死神と例のもう一人のオネェのものだと分かった。
「邪魔するな!」
『もうヤメなさいってばぁ!!』
「まだ子供の頃の記憶までしか観れてない!」
『もー、だからぁ〜、勝手に観たらダメでしょ!? 今そっちの資格は無いんだかラ、あの御方にバレたらオシマイなんだってバー!!』
死神が何かするのをオネエが止めようとしている……のか?
「オマエさえ黙っていればバレない」
『ちょっと、あんたバカじゃないのぉ? アタシはね、あんたの監視役でもあるのヨっ!!』
「フンッ」
『それに今回のお役目はこの男を連行するだけであって、現場での取調べや裁定じゃないんだってバ!』
「何か臭うのだ。こんな何処にでもいるようなオッサンを、あの御方が直接会って取り調べるなどと……」
『彼の事はもらった資料に書いてあるでしょ? それ以上の事はアタシたちが関与する事じゃ無いんだってバぁ……』
……なんか、ずいぶんとモメてるようだけど……。
……ん?
こ、これは……死神の手……なのか……?
気を失った後、仰向けに寝かされ、今は死神が俺の頭に手を当てているようだ。
そ、そういえば、この死神の身体……お、女のソレだったんだよなぁ……。
……それってつまり……?
……
ま、まぁ、とりあえずはまだ意識が無いフリをしておこう……。
それにしても、もう一人はいったい誰なんだ?
俺はバレないように薄らと片目だけを開け、注意深く周囲の様子を窺った。