第2話 死神との交渉
それにしてもこの狐っ子のシッポ……太くて長いなぁ……。
俺はいつの間にかそのシッポを見つめてしまっていた。
毛はキツネ色だし……キツネ系の種族って事か?
……って事は狐人みたいな種族になるのだろうか?
そう思った矢先、狐人の子供が死神に向かって飛びかかった!
「ハァーーッ!」
握られた鎌が死神目掛けて振り下ろされる——
——しかし死神は颯爽とその一撃を躱しながら身をひねり、逆に無防備になった狐っ子の後頭部に素手で一撃を加えた!
「————うぐっ……!」
狐っ子はうつ伏せに倒れ込み動かなくなった。
勝負はあっけなく終わってしまったのだ。
「え!? ま、まじかよ…………。お、おーい! 大丈夫かーーっ!?」
ん?
胴体のあたりがかすかに上下している。
「おー、良かった。息してるよ!!」
「当たり前だ」
死神が何事も無かったかのように応えた。
「コ、コラっ、 死神さんよぉ……! 子供相手にやりすぎやろ!? もうちょっと手加減してやらんと〜!」
ついムカついて言ってしまった。
「子供だと? フフッ……」
「な、何がおかしい!?」
「いや……。だが、そいつは武器を持ってたぞ?」
「い、いや、まぁ確かに……。で、でもアンタからすれば赤子の手をひねるようなモンだろが!」
「そうでもない。コイツはなかなか……。イヤ、とにかく手加減はした。だから気絶してるだけだし大丈夫だ」
そう言って死神はチラリと子狐を見た。
しかし、すぐに入り口のドアの方に向かう。
そして何かを調べるようにドアや壁に顔を近づけたり覗き込んだりし始めた。
……
俺はその場に立ち尽くしていた。
情けない事に足が竦んで動けないのだ。
さっきはとりあえず声でしか対抗出来ず威勢を張ってただけである。
霊魂のくせに足が竦むって……。
し、しかし……これはちょっと困った事になったぞ……。
元々、死神に反抗するなんて考えてもいなかった。
だからあのまま何もなければ大人しく言う事を聞いていたハズだ。
なのに狐っ子が現れて俺を必死に守るように戦い倒された。
その手前ここですんなり死神に従ったらこの子が報われないのでは……?
どうにか抵抗してみるか?
……い、いやいや一撃で負けるって。
そもそも格闘技や武道なんかの経験もないし……。
っていうか、いま会ったばかりで素性も分からない子の為にそこまで義理立てする必要も無いんじゃないか……?
……
いつの間にか死神のほうは、どこからともなく大きな布製っぽい袋を取り出し、その中に狐っ子を詰め込み始めていた。
え!?
「……お、おい……、その子をどうするんだ?」
死神は片膝をつき、作業の手を止めずに答える。
「野放しにしておくとまた面倒を起こされても困るからな……。いっしょに連れていく……」
「……あ、えっと……ちょ、ちょっと待ってくれ! お前のターゲットはこの俺なんだろう? だったらその子は解放してやってくれないか……?」
反射的とは言え、今まで一度も言った事がないようなセリフが口からでた。
——いや、昔どこかで……。
「ほう、少し心に余裕が出て来たか?」
死神が意外そうな口調で言った。
「い、いや……そんな事はない……。ほ、ほら、手だって……このとおりブルブル震えてるし……」
恐怖でというより、初めての舞台演技で緊張しているような感覚だ。
霊魂のくせに緊張で手が震えるって……。
「フン、その馬鹿正直なところと子狐の為に義理を果たそうとしている心意気は認めてやろう」
そう言うと死神は狐っ子を詰めた袋から手を離し立ち上がった。
え、な、なんか……正解を引き当てたのか——!?
「では、オマエが支払う代償は何だ?」
「だ、代償?」
「子狐の為にオマエは何を差し出すんだ? タダで解放したらワレにはなんの得もないだろう?」
「そ、それは……」
「フン、考えが甘いな……。それなら、そうだな……、ウム。ワレと勝負して一撃でも入れることができたら……、いや、ワレに少しでも触れられたらオマエの勝ちとし、子狐は解放してやろう」
「え?」
「ただし、ワレが勝ったらオマエは地獄行きだ!」
「な、なんだって〜!?」
「フッハハハハー! さぁ、かかってこい」
こ、こいつ……、ただ痛めつけたいだけなんじゃ?
く、くそっ、なんでこうなる〜!
……か、勝てるわけが……。
イ、イカン!
か、勝てる! 触れて、勝って、狐っ子を解放する!
……
……俺と死神は互いに向き合ったまま暫く睨み合っていた……。
あちらは余裕なんだろうが……。こちらはハンターに追い詰められて死を覚悟した獣の心境である。
実際、心臓は高鳴り手足は震え全身にあぶら汗が噴き出ていた。
——いやいや、だから霊魂には実際の手足や心臓、そういう肉体パーツは無いんだって……。しかし、何故か生前のように色々な感覚が伝わってきていた。
一方で、死神のほうは微動だにしていない……。
——と思ったが、よく見ると身体全体が青白く光り、陽炎のようにゆっくりと揺らめいていた。
言いようのない不安が込み上げてくる。
痛めつけられ地獄に連れ去られる事への恐怖……?
いや、もっと大切なモノを失う事への恐怖……、つまり、死後の人生はどうなっちまうんだって事だ!
せっかくアレを再開できたと言うのに……。
……そ、そうか……、て、天国ならまだ可能性はあるハズだ……。
珍しくパニクってるな……。
あっ! くそっ! いつのまにか、またネガティブな事ばかり考えてるじゃねぇーか。
大丈夫、うまく行く!
一か八かの賭けだ!
意を決して素早く身をかがめそのまま床に両膝をつき両手も前につき、額を畳にこすりつけるように動く——そう、日本古来からの完全謝罪アンド懇願手法——『土下座』だ!
「どうかぁーーーぁぁっ! ……どうかっ! ご、後生ですから、見逃してやってください!」
——実際に本気の土下座なんてするのはこれが始めてだ。
土下座を前にして死神は一瞬硬直したかのように見えた……が。
「フフ……」
暗い声の含み笑いが死神から漏れた。
「なりふり構わずか……。久々に面白いものを見せてもらったぞ!」
——こ、効果あったか!?
そう思った矢先、鋭く光る塊が横殴りにブッ飛んで来た!
「————ひッ——!」
間一髪で躱し、そいつは宙を切って止まった。
デ、デスサイズーーーっ!!?
「そ、そんな大鎌、どこに持ってやがったんだ!? って、それ反則だろがーっ!」
「フフ……」
「くそっ! 余裕かましやがって!」
——そう言ってる間に次の攻撃が来た——
相手を見据えたまま後ろにすっ飛ぶ!
死神の大鎌は上から下から左右から容赦無く襲って来る!
「ひィッ——!!!」
後退しながらも素早く左右上下に体を振り、なんとか躱した。
「……ハァハァ………」
まだ霊魂に成り立てなのに何故こんなにうまく動けるのか、自分でもよく分からない。
ただ、とにかく攻撃を躱せている。
ってかあんな大鎌、なんでこんな狭い部屋で振り回せるんだよと思った瞬間——
何かが飛んできて身体に絡まる!
「うげッ! うゎッ——」
……く、鎖!?
死神から放たれた分銅鎖の片端が、俺の身体にぐるぐると巻き付いていた!
げ! ……しまった……。う、動けない……。
つ、捕まっちまった!
「ククク……」
死神がゆっくりと近づいて来る……
そして大鎌をふりかざす。
——やっぱこいつには勝てない……。
俺は死を……
二度目の死を覚悟した。