まさか、こんなにブラックだなんて・・・
「ああ~、まだ1年半なのよね~」
疲れが溜まるとつい、愚痴が平気で口の外に出てくる。
でも、どんなに愚痴っても、大した時間稼ぎにはならない。
分かってはいるのだが・・・
「ナターシャさん、お疲れねえ。」
「先輩、他のシフトの同期はどんな感じですか?」
「みんなリタイヤすることなく、まあまあやってるみたいよ。」
「私以外は皆さん強いんですねえ。」
「どんなに悩んでも、最低5年は勤め上げる必要がありますからね。」
「こんなブラックな環境に5年も身を置くなんて・・・」
「でも、永遠にも感じる天使生においては一瞬の瞬きですらありませんよ。」
「年に一日で累計5年分でも充分いけますよね。」
「恐らく、それでは何の修行にもなりませんけど。」
ここでコールが鳴りやがる・・・
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
そうだ、これ録音音声にしちゃおう。
「私、異世界転生で勇者業をやっておりますリョウセイ・コダマと申します。」
「コダマ様ですね。ご用件をお伺いしますね。」
「実は私、派遣会社勤務の勇者なのですが、とにかく多忙でこのままでは身体がもたないんです。」
「それは迷わず退職されることをお薦めします。」
「それが、なかなか辞めることができないのです。何か良いお知恵を拝借したいと思いまして。」
なるほど、これは何とかしてあげたい。
まあ、私だって誰かに何とかして欲しいと思っているが・・・
「コダマリョウセイ様・・・B-BB1192、魔王がフツーに多すぎる件、の世界ですね。」
「そんな世界なんですね。確かに小さな村にだって魔王が闊歩してますからね。」
「そうですね。人間と魔王が4:1の割合でいますね。」
「とにかく忙しいんです。」
「でも、魔王を倒すだけの実力はあるのですね。」
「毎日命がけです。その割に給料はショップ店員より低いと言われています。」
「それはあんまりですね。どうしてそういう事になっているのでしょう。」
「国の事業ですが、こんな状況でこれ以上税金を上げられないからだと思います。」
「でも、ショップ店員の方が良い給料をもらっているなら、そちらに転職すればいいのですよね。」
「さっきショップ店員を討伐してきた所なんですよ。」
「魔王ショップだった訳ですね。」
「もう社会のあちこちに魔王がはびこっているんです。しかもぱっと見見分けが付かないヤツも多いですし、普通に街を歩いていて後ろから襲われることもあります。」
「とてもバイオレンスな世界ですね。」
「ええ、この会社の制服を着ている以上、安息の時間はありませんね。」
「それを脱ぐことはできないのですか?」
「こないだ、非番の同僚が会社の誤爆を受けて亡くなりました。」
「ああ、制服を着ていれば同士討ちは避けられるのですね。」
「その上、毎日朝礼で王様の声を2時間も聞かされるんです。」
「ああ、やる気を出せ、ノルマは待ってくれない、社会に貢献せよ、常に笑顔でとかそんな感じですか?」
「はい。じゃあアンタが行けよと毎朝思ってます。」
「全く洗脳の効果がありませんね。」
「はい。原住民ならともかく、21世紀経験者には通じませんよ。」
「でもとんでもないブラックな世界ですね。」
「まさかこれほど酷い世界があるとは思いませんでした。」
「しかし、コダマ様は選ばれたチート持ちなんですよね。」
「まあ、何とか魔王に勝てるくらいには戦えますが、さすがに毎日は辛いですね。」
「確かにその通りですね。それで、社員さんはどれくらいいるのですか?」
「我が社には4万人余りが在籍していますね。」
「では、軍の代わりといったところですね。」
「はい。中にちょくちょく魔王が潜んでますけど。」
「四人に一人もいるなら、そうなりますよね。」
「でも、休みはもう半年以上無いですし、勤務は連続16時間ですし、相手は強くて常に命がけ、これで低賃金は精神的に来ます。」
「でも、使うところは無いので、お金は貯まりますよね。」
「いえ、剣などの装備は年間一式のみの支給ですので、それ以上は自腹です。」
「酷いですね。」
「優秀な社員ほど借金まみれで辞められないシステムです。」
「でも、チート持ちなら逃亡できるのではないですか?」
「うちの会社、逃亡者には厳しいんですよ。」
「まあ、軍はどこでもそうですよね。」
「でも、軍では無いので恩給は無しです。」
「どこまでも巧妙なシステムですね。」
「しかも税金はしっかり天引きされます。」
「そこは公務員並ですね。」
「そこだけですね。」
「では、他国に逃げましょう。」
「どうすれば上手く行くでしょう。」
「国境近辺の仕事を受けないといけませんね。」
「あの辺りは魔王だけでなくドラゴンをはじめとする魔物もかなり強力ですからね。」
「でも、コダマ様なら何とか突破できるのでは無いでしょうか。」
「分かりました。何とか計画してみます。」
「それにしても、どうしてその世界をお選びになったのですか?」
「勇者が足りないと聞きまして。勇者になるのはいいのですが、私だけ勇者なのはプレッシャーがハンパないでしょう。ですので、勇者が沢山いる世界を希望したのです。」
「そしたら魔王はもっといたと・・・」
「人生躓いてばかりです。」
「希望を捨てることなく全力で当たれば、きっと道は開けます。」
「ありがとうございます。アドバイスもそうですが、励ましの言葉がとても沁みますね。」
そう言われると私も何だかこみ上げてきてしまう。
「コダマ様のご武運をお祈りしています、」
「ありがとうございます。頑張ってみますよ。」
勇者の未来に幸あれ・・・




