宿屋へのクレーム
「あれ?ミントちゃんが持ってるの、パンプキンのチョコ?」
「とりっくおあとりーとのだよっ。」
まあ、チョコボール1個で一食分は優にあるだろうから、賞味期限との戦いだなあ、なんて微笑ましく見ていたらコールが鳴る。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私は、異世界で冒険者をしております。ユウコ・ロンバルディと申します。」
「これはロンバルディ様。ご用件をお伺い致します。」
「はい。私は現在、王命によるクエストを実行中で、とある村の宿に宿泊しているのだが、ちょっと、あまりにその、酷いというか・・・」
「宿のクレームであれば、宿の者にお願いします。」
「カスタマーセンターなら・・・」
「いいえ。カスタマーセンターが経営している宿などございません。ここはマンションの管理会社ではございませんので、苦情はしかるべき所にお願いします。」
「待って!待って下さい。」
「ナターシャちゃん。何かかわいそう・・・」
「シナモンもそうおもう・・・」
受話器を置こうとするが、天使なんかより遥かに可愛い妖精に頼まれると振り切れない。
「何でしょう・・・」
「確かに、苦情は宿の主人にすべきだとは思います。でも、宿の主人はとても人の良さそうなおじいちゃんとおばあちゃんなのです。とても苦情なんて・・・」
「では、今晩だけなら我慢して下さい。」
「いえ、その、クエストが終わるまではここに滞在する予定なのです。」
「では、他の宿を」
「村唯一の宿なのです・・・」
「では、ロンバルディ様から」
「私からはとても・・・」
「あの・・・」
「できたら、その、私の代わりに・・・」
「いやいや、普通、こういうことは不満のある人が言うべきなのでは?」
「毎日顔を合わせるのです。曲がった腰でとても頑張っておられるのです。とても仲睦まじいご夫婦なのです。」
何で私がそんな地獄の使者みたいな真似を・・・
「お願いです。どうか、このとおりです。」
「ナターシャちゃん。どうにかならないかなあ・・・」
「シナモンもかなしい・・・」
私も悲しいよ・・・
「それで、具体的にはどのようなご不満がお有りなのでしょうか?」
「まず、お風呂がございません。」
「失礼ですが、ロンバルディ様がお住まいの世界は、中世ヨーロッパなのですよね。」
「いえ、一応は19世紀末です。都会にはシャワーだってあります。」
「でも、田舎では無いのが当たり前だと思いますよ。それで湯浴みなのですよね。」
「いいえ、宿泊客が井戸で水を汲むのです。客がですよ?」
「いや、素泊まりが基本というのは決して珍しいとは思いません。それに、腰が曲がった老人に水汲みなんて、あまりに酷いと思いません?」
「私が悪いと言いたいのですか?」
「いくらお客様とはいえ、お年寄りは労るべきです。」
「それなら、そもそも若い授業員を雇うべきなのではないのですか?」
「旅人など滅多に来ない寒村の宿に、そんな余裕がある訳ないでしょう。それはお客様の無茶な要求であり、宿側は宿泊を拒否する権利があるはずです。」
「こんなうら若き乙女に野宿しろと言うんですか?」
「冒険者ですよね?」
「私は冒険者である前に名門ロンバルディ伯爵家の長女であり、乙女です。」
「分かりました。でも、その前に21世紀の記憶を持つ人間であることをお忘れ無く。」
「でも、今はかなり偉いんですよ?」
「そうやって油断しておりますと、次は地獄行きですよ。」
「分かりましたよ・・・でも、シーツが薄汚れているのは耐えられません。」
「草や麦わらの上に直接寝るのでは無いだけ、マシではありませんか?」
「草の上なんて、ピクニック以外ではあり得ません。」
「冒険家、無理ではないでしょうか・・・」
「でも、宿なら綺麗なベッドは当たり前ですよね。」
「21世紀でも先進国だけだと思いますよ。」
「後、お料理だってひもじいにも程があります。」
「田舎に何を期待しているのでしょう。雨風が凌げるだけで良しとしなくてはいけません。」
「だって、クエストが終わるまでここに滞在するしか無いのです。」
「失敗したことにすればいいのでは無いでしょうか?」
「王命ですし、ロンバルディ家の名誉が傷つきます。」
「では、その旨をおじいさんかおばあさんにお伝えし、追加料金支払いを条件にサービスの提供を契約し直して下さい。」
「でも・・・」
「では、ご健闘をお祈りしております。ミントちゃん、シナモンちゃんちゃん、いつもの掛け声でお客様を元気に送り出して行きましょう。」
「うん、そうだね~」
「おきゃくさま、が~んばれ、が~んばれ。」
「が~んばれ、が~んばれ。」
どんなクレーマーが相手でも、これでだいたい何とかなるのは助かる。
でも一応は、彼女の度の無事を願ってはいる。
うん、ちょっとは。




