私、設定は平均的にって言ったよね。
今年はハロウィンも難なくやり過ごし、やはり一週間の欠勤を経て職務復帰した。
班長は苦い顔をしていたが、いつもの「ヤんのかコラ-ッ!」という態度で乗り切った。
本当に、強きに弱い上司で助かる。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私、異世界でヒロイン的な立場にいるスカーレット・ファルクナーという者です。」
「スカーレット様ですね。ご用件をお伺いいたします。」
「私、前世で家族とか、学校や職場でいろいろなトラブルに巻き込まれ続けた苦労から、来世では平和に生きたいと神に願い、転生したのですが、いろいろおかしくて。」
「具体的には、どんなおかしいことになっておられるのでしょうか。」
「はい。まず、私がチート持ちなのです。魔法は何でも好きなだけ使えますし、記憶力も身体能力も常識外れなのです。」
「確かに、どんなトラブルに見舞われても平気ですね。」
「実家は公爵家で、権力も財力も他家を圧倒しています。ちょっとした王家並です。」
「素晴らしいではありませんか。」
「まあ、自分でももったいないくらいの美貌だとは思いますし、そこだけは神に感謝してますけど・・・」
「お困りなのですか?」
「先日、授業で100mを2秒6で走ってしまいました。」
「全力を出してしまわれたのですか?」
「いいえ、あれ以上脱力したら立っていられないくらい力を抜きました。」
「きっと本気を出せば音速の壁を越えますね。」
「魔法を本気で使えば世界を滅ぼしかねない威力が出るし、勉強だって理解できない所は何も無いし、意味不明な能力は沢山付いてるし、もう何してくれてんだか分かんないんですよ。」
「でも、能力があって困る事など、何も無いと思いますが。」
「お陰で、王子の婚約者にされそうなんです。」
「控え目に言って最高ですね。」
「あの、私は森の中で静かに暮らしたかったんです。モフモフに囲まれ、自給自足をして、毎日読書を楽しんで、自然を満喫する。そんな暮らしが・・・」
「それを神に伝えたのですね。」
「はい。鍛冶の神様と言ってました。」
「ああ、あの親切で有名な神ですね。」
「そんなに有名な方なんですね。」
「かなり高位の神ですよ。つまり、危険な森の中でも安全に暮らせて、どんな猛獣相手でもモフれて、どんな書物でも理解できる能力をもらったということですね。」
「でもこれって、平均的と言えるのでしょうか?」
「平均的な神ほどではありませんよ。」
「人なんですけど・・・」
「しかし、能力はあるに越したことはありませんよ。贅沢な悩みだと思います。」
「そのせいで王子に捕まりそうなんですけど。」
「100mを2.6秒で走れるなら、充分逃げ切れると思いますけど。」
「そういう意味ではありません!」
「いえ、あらゆる者から逃げ切れるではないですか。公爵家からだって、全てのしがらみからだって。」
「それはそうですが・・・」
「一人で森の中で暮らしたいのであれば、全てをかなぐり捨てて逃げればいいのです。それが出来るポテンシャルはあるのですから、後はスカーレット様のご決断次第ではありませんか?」
「確かにそうですね。」
「人間社会の中で暮らすのであれば、高すぎる能力が不幸を呼び込むこともあるでしょうが、孤高に生きていく分にはいくら高くてもいいはずです。」
「でも、能力の高さゆえに孤独になってしまうということはありませんか。」
「大概の動物は恐れて近付かないかも知れませんが、ドラゴンとかなら懐いてくれるかもですね。」
「あれってモフれるものなんでしょうか?」
「毛は生えてないかも知れませんね。」
「何か毛の生えたペットを探してみます。」
「きっとフェンリルだってライオンだって、怯えた小動物のようにプルプルと可愛く振る舞ってくれますよ。」
「懐いて欲しいんですが。それと、毛と言えば地毛がレインボーカラーなんですけど、何とかなりません?」
「少しはハンデがあった方がいいと思いますよ。」
「ああ、まだ逃げる話、続いてたのですね。」
「それで、決心は着きましたか?」
「いいえ、それが、家族と別れるのはさすがに気が引けまして・・・」
「なるほど、家族がいたのは予想外だったのですね。」
「はい。いきなりポンと森の中かと思ってました。」
「それは平均的な人間ではかなり危険だと思いますが。」
「でも、結果論ですが、この能力なら問題無かったですよね。」
「力加減を間違えて、世界を滅ぼしていたかも知れませんけどね。」
「そう言えば、この世界の設定もかなりおかしいんです。」
「世界の設定も平均値では無いのですか?」
「はい。一日は26時間で一年が350日です。更に午前0時には氷点下になるクセに、正午には30℃を超えるのが当たり前です。」
「その代わり、一年中同じ季候では無いですか?」
「そういった世界が多いのですね。」
「はい、むしろ平均的ですね。」
「ああ、もしかしたら、私の当たり前は当たり前では無かったのですね。」
「超控え目、とか言っておくべきでしたね。」
「そこまでの度胸はありませんでしたね。それで、ヒロインと聞きましたが、逃げ出しても構わない物なのでしょうか。」
「ヒロイン不在だから滅んでしまう世界ではないでしょうし、もし滅びそうなら音速で駆けつけてあげれば良いと思います。」
「そうですよね・・・ドラゴンでも手懐けておきます。」
「頑張って下さい。」
「失礼します。」
そうかあ、秋の夜長に一人で読書かあ。
私の性格では向いてはいないと思うけど、ちょっと憧れる・・・
 




