家庭崩壊
「ミントちゃんたちは向こうに家族とか友達がいるんでしょう? 寂しくない?」
彼女たちは会った初日から私の膝の上が定位置だ。
そうでない時はフロア中を飛び回ってみんなを癒やしている。
いや、方々で餌付けされている。ということで最近、電話はほとんど取ってない。
しかも、ほぼ24時間ここにいるそうで、すでに日の出の魔女にすら気に入られている。
「うん、だいじょうぶだよ~。」
「ミラお母さん優しくて好きーっ。」
何気に私でも名前を知ってる程度の妖精王だ。
「お父さんはいるのかな?」
「う~ん、どうだろう・・・」
「お母さんはいつもポンポーンって感じで赤ちゃん出してるねー。」
「うんうん、そうだね。キラキラって感じで光が出て、ポンポンって感じ。」
全く分からないが、大量生産していることだけは分かる。
「じゃあ、妖精さんはみんな兄弟姉妹なんだね。」
「う~ん、違うお母さんは何人かいるよ。」
「でもでも、ミラお母さんの子はみんな分かるんだ。違うお母さんの子もみんな仲良しさんだよ。」
「すごいね。」
ここでコールが鳴る。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私は西洋時代劇の世界で侯爵をしておる、エデュアルト・ファン・デル・フーフェンと申す者だ。」
「エデュアルト様ですね。ご用件をお伺いします。」
「うむ。儂には三人の子供がおり、長女が前妻の子で、次女と末の弟が後妻との間に生まれた子だ。先日、反抗的な長女を勘当したのだが、どうもそれから少し家庭内の様子がおかしくなってしまい、どうするべきか電話した次第である。」
「あの、エデュアルト様の前世でのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「山中俊次である。」
「出ました。B-AX3636 『役立たずと国を追放された少女は、スローな皇子溺愛ルートを満喫します!』の世界ですね。」
「何だね? そのタイトルは。」
「転生時に神から説明が無かったのですか?」
「ああ。儂は生前、町長をしておってな。次はもっとエラそうにふんぞり返って生きていける人生を送りたいと希望して、この世界に転生したのだ。」
もしかして、ざまぁされる側だってこと知らないの?
「侯爵様なら十分ふんぞり返っておられるのではありませんか。」
「うむ、陛下と違って適度に暇だし、屋敷でも家長としてふんぞり返っておる。」
「それでは、侯爵様のお力で家庭内を取り仕切れば問題は出ないと思いますが。」
「それが、ヴィルへルミナを追い出して以降、妻と次女がいつもイライラした様子になり、屋敷の者も雰囲気が悪くなった上にミスが増えて仕事が遅くなった。」
「いいとこなしですね。」
「そうなのだ。今まで当家の空気を悪くしていた娘を追放したらこれだ。全く、儂だけが苦労しておる。」
「では、その家庭内の問題を解消すれば良いのですね。」
「その通りじゃ。できるか?」
「一番簡単なのは夫人と娘さんにできるだけ贅沢をさせてあげることですね。」
「それは十分過ぎるほどさせておるぞ。何せ、公爵夫人どころか王妃様よりも贅沢させておる。」
「でも、それでは足りないからストレスが溜まっているのではないですか?」
「いや、いくらなんでも侯爵家が破産してしまう。」
どうせならざまぁを手伝ってあげよう。
「しかし、ヴィルへルミナ嬢がいなくなった分、お金に余裕はあるのでは?」
「いや、あの者には金などかけておらん。使用人としてこき使ってただけだからな。」
毒親だ。
「しかし、何らかのストレスが原因で精神が不安定になっているのですから、それを解消させないと家の中が落ち着きませんよ。」
「そうか、今まではアイツがいたから鬱憤晴らしができていたんだな。」
「大ちょんぼですね。」
「しかし、追い出した時は機嫌良かったぞ。」
「それはそうでしょうね。しかし、結果的には大失敗です。これは全てヤマナカ様のミスですね。」
「おいおい、儂のせいにされても困るぞ。」
「当主の判断ですからね。今からできることは、精々偉そうに誰かに責任を押しつけるくらいですね。根本は解決しませんが。」
「どうにかならんのか?」
「ではまず、次女の方を早く嫁に出してしまいましょう。そうすれば、後は奥様一人のことを考えれば良くなります。」
「なるほど。娘は宰相様の御子息と婚約しておる。元々は友人同士であった宰相様と前妻の縁でヴィルへルミナが婚約者であったが、儂の力でアレクサンドラに替えてやったのじゃ。」
「そうですか。これ以上浪費されたくなければ、婚儀をお急ぎ下さい。」
「いや、父としてはちと寂しいのじゃがな。」
「しかし、今のままでは家の中がますますギスギスしてしまいます。」
「うむ・・・仕方無いな。」
「次に、夫人と離縁するのです。」
「なぜじゃ?」
「娘さんもいなくなりますし、そろそろ別の若い伴侶と第二の人生を過ごすというのはいかがでしょう。」
「うむ。確かに冷静に考えてみれば、年増で気が強いだけの浪費家じゃからのう。昔はいい女じゃったのだが。」
「娘さんや、いずれ来るであろう息子さんのお嫁さんと同年代なら、楽しいのでは無いでしょうか?」
「そんな若い子が、儂などの元に嫁いで来てくれるものじゃろうか。」
「ヤマナカ様はもう、お子を成すご予定は無いのでしょう?」
「無論じゃ。」
「ならばお相手の身分に拘る必要はありませんし、たとえば借金に苦しむ家とか、若くして未亡人になった方あたりであれば、可能ではありませんか?」
「確かにそういう者はいるな。しかし、アイツが離婚に応じるか・・・」
「浮気をでっち上げて着の身着のまま追い出せばよろしいかと。」
「なるほど。難しく考える必要は無かったのじゃな。」
「これで家の中は明るくなります。」
「確かに名案じゃ。ご助言感謝する。」
侯爵は喜び勇んで電話を切った。
「ナターシャさん、随分悪い顔をしておりますわよ。」
「どうせなら滅んでしまえと思いました。」
「あんな方でも、一応はお客様なのですが。」
「あんな方でも転生できるのですね。」
「今世での成績があまりに悪ければ地獄行きもありますわね。」
「あの調子では、前世でも再生工場行きが妥当だったと思います。」
「まあ、最近は質が落ちてきているのは事実ですね。」
「ざまあ展開に必須なのは理解しますが、ああいった方を採用するのは違うと思います。」
「そうねえ。でもピッタリな配役ではあるのよねえ。」
そんなことをここで愚痴ってもどうにもならないことは分かっているが、どうしてもぼやかずにはいられない。
ご機嫌で飛び回っているミントたちを見て心を落ち着かせるナターシャであった。




