テンちゃんと調整で揉める
四天王を倒した一行は南に反転し、バスク帝国、ズマ王国、アーレン王国という三カ国の境界にある魔王城に向かった。
パーティーはディックさんを加えて6名+2天使だ。
ちなみに、チェイニーの街で手に入れた馬車は、テンちゃんが馭者を務め、ディックさんは自前の馬に聖女と相乗りしている。
「ああ、もう7月ね。」
「俺は半月で帰れる予定だったのに。」
「でも吸血鬼が悪用してた道具を取り戻せたし、魔王のバグだってまだ処理してないじゃない。」
「分かったよ。じゃあ、バグを直したら帰ってもいいか?」
「どうせすぐに飛行機は来ないわよ。」
「定期便で帰ればいいんじゃない?」
「私たちが来たときの便って、本社の総務が調整したからここに寄ってくれたんだよ。」
「じゃあ、今から連絡しとけばいいんじゃない?」
「その頃には、どのみち魔王を倒しちゃってるよ。」
「そうかなあ・・・」
「そろそろ見えてくるよ。魔王城。」
「じゃあ、そろそろ詳細なリサーチができるな。」
私たちは、魔王城を望む丘を野営地を決め、テンちゃんは専用アンテナの設置に掛かる。
準備は30分ほどで終わり、専用端末で魔王のデータを取り始める。
「どんな調子?」
「ああ、順調に取れてるよ。これなら1時間もあれば漏れなくデータ収集できるね。」
「調整って時間掛かるの?」
「前にやった時は1時間も掛からなかったよ。この世界のプログラムのタイプとか、調整量によって所要時間は大きく違うみたいだけどね。」
しばらくすると、端末から短いアラームが鳴る。
「よし収集完了っと。」
「ステータス見せてよ。」
「LV842。バグってるな。」
「この世界のカンストっていくら?」
「100だよ。だから、ステータス画面上はLV100時点での数値しか表示されないけど、この端末なら、正確な数値を表示できるし、レベル換算もできる。」
「その数値が842ってことね。」
「そうだね。これじゃ全人類が束になっても絶対に勝てない。」
「私たちでもちょっと勘弁して欲しい数値ね。」
「じゃあ、調整始めるね。」
「ナターシャ様、アレックス様、夕食の準備ができましたよ。」
「ありがとうミゾグチ様。今行きます。」
私たちはたき火を囲んで食事を摂る。
もうすぐ彼らともお別れかなあ・・・
「ついに魔王戦ですか。感無量ですね。」
「心配しなくても、世界が選んだ勇者ミラノがいる限り大丈夫よ。」
「私は、この緊張感から解放されることが一番嬉しいですよ。」
「私は、この戦いが終われば、レイチェルにもう一度結婚を申し込みます。」
「いやそれ、フラグだからね。」
「大丈夫よ。そこはテンちゃんがどうにでもしてくれるから。」
「あっ、そう言えば魔王のステータスの調整中だった。」
テンちゃんが急いで立ち上がる。
「何か問題あるの?」
「調整し過ぎると必要以上に弱体化しちゃうだろ?」
「何がいけないの?」
「そりゃあ、ダメだろ・・・」
私もテンちゃんに付いて端末の所に行く。
画面を見てみると、ステータスが全て1になっていた。
「1ってどのくらいだろうね。」
「赤ん坊並じゃないか。」
「じゃあ、早速行って倒しちゃいましょうよ。」
「待て待てナターシャ。これじゃあまりに弱すぎる。」
「いいじゃない。どうせ倒さないといけないものなんだから。」
「いや、ドラマとか感動とか。」
「業務研修だよ?」
「そりゃそうかも知れないけどさあ。」
「ほら、小学校の時、帰るまでが遠足だって先生に言われなかった? 安全ならそれに越したことは無いし、世界の平和と安全を考えるなら、そういうことを優先すべきよ。」
「立派なこと言ってる感出してるけど、単にズルしてるだけだからな。」
「いいじゃない。テンちゃん、これで行こうよ~。」
「分かった、分かったよ。それで、どうやってレポートに纏めるつもりだ?」
「そりゃテンちゃんのミスで。」
「やっぱ元に戻す。」
「いいじゃないのよ~、幼馴染みの危機だよ?」
「何が危機だ。お前なら一人でも勝てるだろ。」
「私、レベル124だよ124。敵うわけないじゃん。」
「嘘こけっ! この世界はタイプβだがら、お前のレベルは1116相当のはずだ。」
「チッ!」
「ちじゃねえよ。とにかくバレて怒られるの俺だからな。」
「でもでもっ、私が倒しちゃったらこの世界のためになんないじゃん。」
「そりゃそうかもだけど・・・」
「だからこれで行こっ、これで。」
「いや、1じゃ風邪引いても致命傷じゃないか。」
「どうせ誰もチェックなんかしてないよ。」
「いや記録残るって。」
「研修中のログなんて後から誰が見るのよ。」
とにかく、テンちゃんの説得には成功した。
やっぱ、持つべきものは友だなあと思った。




