街まで行くにはどうすればいいのでしょう
今日もオフィスに入り、デスクに着いた所でコールが鳴り響く。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「あ、あの、たった今転生したオリバーという者ですが、助けて下さい。」
「どうかなさいましたか?」
「あの、どこまで行ってもジャングルで、いきなり迷子になってしまって・・・」
「オリバー様、前世でのお名前を教えていただけますか?」
「オリバー・マックスウェル、22才です。」
「畏まりました。少々お待ち下さい。」
私はモニターを確認する。
まだ転生処理から10分も経っていない転生ホヤホヤの方だ。
「オリバー様の世界はB-ZF4207ですね。別名、孤独に過ごせる静かな世界です。」
「はい。確かにそういったシチュエーションを希望しました。でも、今どこにいるかすら分からないのです。」
「現在地をお知りになりたいのですね。」
「お願いします。」
カスタマーセンターに導入されているシステムは、個人の識別さえできればその現在地も分かるようになっている。
何故分かるのか?と聞かれても、神様が作った物だからという以上のことは分からない。
「お待たせしました。オリバー様のおられる場所は東大陸と呼ばれる地域のほぼ中央ですね。この大陸は南北に長く、北に行くと不毛の大地ですがオリバー様のおられる辺りは赤道直下となっています。」
「近くに街は無いのでしょうか。」
「近くには・・・ございませんね。大陸全体でも人口は10万に満たないよう、設定されていますので。」
「いくら何でも、人がいないと生活用品などが手に入りません。」
「お一人で何とかする前提の世界ですので、そこは何とも・・・」
「街はどこにあるのでしょうか?」
「そこから西に大きな山は見えませんか?」
「いえ。それに木が生い茂っていて空も少ししか見えません。」
「それでは高台を探してご確認いただければと思いますが、西に約1,000kmほど進むと標高5,000m級の山々が連なった場所がございます。それを越えると麓に小さな村がございますが、そこが最短です。」
「そこまで誰も住んでいないのですか?」
「南なら約2,000km、東も同じくらいで北は小さな集落しかありませんね。」
「この世界で私は何をすればいいのでしょう。」
「スローライフを目的とした世界ですので、目標はそれぞれが立てていただくプランとなっております。」
「神様に強力な攻撃魔法をギフトとしていただいたのですが。」
「ええ、ギガバーストがオプションで装備されておりますね。しかし、その世界では過剰能力でしょう。周辺の危険生物といえばジャガーやワニ、デンキウナギなどですので、初級魔法で十分対応可能です。」
「チートは必要ないのですね。」
「ええ、とても平和な世界ですし、むしろ、身体強化や生活魔法を鍛えた方が過ごしやすいと思います。」
「チート無双したかったのですが。」
「チート能力による承認欲求を満たす世界ではありませんね。そもそも自慢したくても人がいませんので。」
「何か、力が抜けてしまいました。」
「力を抜いて自然体で過ごして頂くための空間です。」
「確かにそうですね。でも、人との付き合いが面倒でこの世界を選んだのですが、思ったのと違っていてガッカリです。」
「ご利用は計画的に。」
「はい。何とか人を探してみます。それと、文明の程度などはどうなのでしょうか。」
「太古の昔から変わらぬ」
「ああ分かりました。そ、その、結構です。」
「これも他者にスローライフを妨害されないための設定ですので、ご理解の上、ご容赦いただければと思います。」
「ここで私が何をすべきか、それを考えながら旅をすることにします。」
「時間はたくさんございますし、それこそがスローライフの醍醐味です。それでは、オリバー様の明るい未来をお祈りしております。」
「はい。」
「でも、人がほとんどいない世界を作って、そこを勧めるってどうなのかしら。」
「そうですね。人は一人では生きられない。そんなことは皆さん良くご存じのはずですのに。」
「魔が差してしまうのでしょうか。」
「チートを与えられると一時的に冷静さを失ってしまうのかも知れませんね。」
「それで人嫌いだからと人のいない場所を選んで後悔する。」
「ある意味、人間らしい振る舞いと言えますね。」
「ただ無い物ねだりしただけのように思えますが。」
「旅の苦労、人を探す苦労と会えた喜びが、彼の中の何かを変えるかも知れませんね。」
「はい。彼はまだ転生初日ですから。」
ふと、天使の修行も大して違いはないな、なんて思いつつ、ナターシャは再びデスクに向かう。