ポンコツの奮闘
さて、東に旅して約一週間。
一行はアーレン王国東の国境の町、チェイニーに到着した。
この街から北に30kmほど行ったところに魔王四天王の一人、ゲラムが立て籠もる城塞があるとのことだ。
そこで、ゲラム討伐に先駆けて、この街の領主に一言挨拶し、できれば討伐成功の暁には爵位や褒美、資金援助や後ろ盾といった有形無形のお力添えを賜りたいと思ったのだ。
何せこのパーティー、勇者の無駄遣いにより貧乏だし、装備も貧弱だ。
何より私とテンちゃんが我慢できない。
現状はそれほど酷いのである。
「ここの領主はグラハム・リード伯爵ということね。彼の援助が受けられるのなら、これからの旅がずっと楽になるわ。」
「そこでこの勇者、ミラノ・アスプリアーノの出番ってことね。」
「いいえ、あなたの交渉力では逆に敵になりかねません。ここは天使と聖女で交渉します。」
「なんでおばちゃんを選ぶのよ。」
「あなたの本当の年齢よりは若いわ。それに聖女様は活動歴が長く、実績と人柄は高い評価を受けていると思うからよ。」
「聖剣に選ばれた勇者ほどじゃないわ。」
「本当はそうあって欲しいけど、あなたのおつむじゃ一生無理ね。」
まあ、本当は彼女の常識外れの交渉力を見てみたい気もするけど、世界の危機を天秤に掛けていいことじゃないしね。
そんな訳で、私と聖女様、そして喋らないという条件で付いて来た勇者の三人で伯爵邸にやって来た。
普通、貴族の屋敷にアポ無しで来るなんて無謀もいいところだけど、今回は高名な聖女に、この世の奇跡「パタパタ飛んでいる天使」が来ているのである。
無名な勇者がいたって関係無く客間に通される。
「これは何とありがたいことよ。まさか天使様をこの目で見ることが叶うとは・・・」
「お初にお目に掛かります。私は天界より遣わされた天使ナターシャ、そしてこちらが聖女レイチェルです。」
「レイチェルと申します。伯爵様には以前、お会いしたことがございましたね。」
「ええ、もう10年以上前になりますか。お久しゅうございますな。」
「それで、本日こちらに出向いた件ですが」
「ちょっと待ちなさいよ。どうしてアタシをいないものとして話を進めちゃうかなあ。」
「あら、置物が喋ってしまいましたわ。」
「あの天使様、そちらはどなたで。」
「ああこれ、これは一応、聖剣に選ばれてしまった勇者ミラノです。」
「アンタだって所詮、電話番じゃ無い。」
「ハッハッハ。大変元気な勇者様ですな。」
「ええ、魔王を倒して世界に平和をもたらすのはアタシなんだから、今からしっかり恩を売っといた方が得よ。」
「伯爵、こんなのはどうでもいいので、本題に行きましょう。」
「よろしいので?」
「ええ、今日は来ておりませんが、天使はもう一人いるのです。私たちの力であれば、魔王など物の数ではありません。」
「これは頼もしいことですな。」
「それでは、伯爵にはいくばくかの資金援助をお願いしたいのです。」
「はい。私に出来る範囲であれば。」
「もちろん、法外な金額を要求する訳ではありません。当地に籠もるゲラムを倒した後、我々は南に向かい、次の四天王を撃破する予定なのですが、そこまでの路銀と、今回の戦いで損耗するであろう装備品の修理費などを援助していただきたいのです。」
「畏まりました。」
「待ちなさいよ。アタシたちのお陰で平和になるんだから、その分のご褒美をくれてもいいじゃない!」
「勇者ミラノ、黙りなさい。それは伯爵では無く、国王陛下に求めるべきことです。」
「だって、褒美とかお小遣いとか欲しいじゃん。」
「それは勇者の希望であって、伯爵に要求できることではありません。」
「いくらアタシが勇者だって言っても、ボランティアじゃないんだから。」
「あなたは自ら進んで勇者としてこの世界に来たんですよね。」
「何?正論でマウント取ろうっていうの? それで満足? ねえねえ。」
五月蠅いからサイレントの魔法を掛けておいた。
「申し訳ございません伯爵、お聞き苦しい点がございましたこと、お詫び申し上げます。」
「いやいや天使様、そのように頭をお下げになってはなりませぬぞ。支援の件、確かにお約束いたします。私共にとっても大変な名誉。陛下や領民、先祖に胸を張れますぞ。ハッハッハ!」
「では、何卒よろしくお願いします。」
何とか交渉を勇者にぶち壊されずに済んだ。
ちなみに、伯爵邸をお暇する際に勇者が駄々をこねたので、スリープをかけて運搬した。
最後の魔王以外はコイツ抜きでも問題無いから、ずっと寝ててもらおうかなあ。
レベルアップはしないけど・・・
宿に戻って、オーリーさんたち四人に金を渡し、旅の準備と装備の修繕をさせるとともに、財産の管理を聖女様に任せた。
その後勇者を起こして、ゲラム討伐に向かう。
勇者はパクパクバタバタしていたが無視する。
静かだとそれだけで有り難い。
「いやあ、さすがはナターシャ様です。久しぶりに心穏やかに旅が出来ます。」
「とは言え、明日は城に攻撃を行うことになります。英気を十分に養って下さいね。」
「おいナターシャ、あそこに魔物がいるぞ。」
100mほど先に大きなモンスターがいる。
サーチすると、どうやらオークジェネラルを筆頭とする群れのようだ。
「さすがは四天王のお膝元ね。モンスターも強化されているみたいね。」
「天使様、どうしましょう。」
「人里に降りられても困ります。ここで殲滅しましょう。それに、あなたたちの実力も見ておきたいです。」
「天使様、私たちには少し荷が重い相手と思いますが・・・」
「いいえ、相手はオーガではなく、あくまでオークです。これに勝てないようでは、四天王どころか旅すらできませんよ。」
「分かりました。」
「勇者ミラノ。あなたに声を返して上げます。選ばれし者だというなら、力を見せなさい。」
「アンタどういうことよっ!人を喋れなくするなんてっ!」
「そんなことを言っている場合ではありません、敵はもうこちらに向かってきてますよ。」
「そんなことどうでもいいわ。アタシはアンタに文句があるのよっ!」
私とテンちゃんは飛行高度を上げる。
オークの攻撃を避けつつ、勇者パーティーの掩護をするためだ。
「待ちなさいっ!逃げるなんて卑怯じゃない。」
「あなたの後ろにオークが迫っていますよ。」
私はオルターエゴで分身を創り出し、パーティーのサポート任せる。
テンちゃんもいるから、誰も怪我せずに済むだろう。
そして勇者の背後に飛ぶ。これで勇者にもオークが見える。
「聞いてるのっ!せっかく金持ちからお小遣い援助してもらえそう・・・キモいわねえ、邪魔っ!」
勇者は文句を言いながらオークを一刀両断する。
「だいたいアンタ、全然戦ってないじゃない。金を独り占めするんならちょっとは働きなさい。」
私は体力を温存するため、敢えて勇者の相手はしない。
勇者だって、痛い思いをしたくないなら、それなりに戦うだろう。
前線では、前衛向きじゃ無いメンバーが盾の後ろから攻撃を続けている。
いつの間にか戦闘BGMも流れてるし、雰囲気だけは抜群に盛り上がっている。
そして、オークジェネラルを残して、他のオークを全滅させた後、前衛で頑張っていたメンバーを後ろに下げる。
本来のフォーメーションで無いと、さすがにジェネラル相手には厳しいだろうからだ。
「さあ、いつもどおり戦いなさい。勇者ミラノよ。」
「何よ、どうしてアンタに命令されなきゃいけないのよ。」
しかし、ジェネラルはすでに襲いかかってきているし、他のメンバーは後ろに下がっている。
彼女は戦わざるを得ないのだ。
「生意気ね。このアタシの邪魔をしたこと、あの世で悔やみなさいっ!」
勇者は防御一切無視で正面から切り込み、ジェネラルの斧と火花を散らす。
さすがに押され気味だが、人間にしては大したものだ。
そしてオークジェネラルが再び斧を振り上げたタイミングで勇者は後ろに飛び、再び正面に斬り込む。
何とも単調で直線的な動きだ。ゴブリンですらもう少し工夫するだろう。
これを三度繰り返す頃には両者、息が上がって来たので後衛に掩護を命じ、最後は順当にジェネラルを追い詰めて倒すことに成功した。
「やっと終わりましたね。」
「何でアンタたちは戦闘に加わらないのよ!」
「このパーティーの実力」
「天使なんて口ばっかりで」
私は再びサイレントを掛けた。
まったく話にならないどころか、話ができない。
「皆さんはよく連携が取れており、戦闘向きでないメンバーもよく下がらずに頑張りました。」
「ありがとうございます。」
「では、もう少し進んだ所で野営しましょう。反省会はその時です。」
このパーティーではとても四天王に勝てないことは分かったが、だからといって、彼らを育成してたらいつまで経っても天界に帰れないので先を急ぐことにする。




