天使のテンちゃん
さて、ついに実地研修出発の日を迎えた。
電話対応しなくて良い嬉しさ半分、面倒くさくて憂鬱半分である。
元々仕事熱心でも体育会系でも無い、平々凡々な若者に過ぎないのである。
「ではナターシャ君、これから研修に行ってもらうわけだが、研修のしおりは読んだね。」
「はい。持参しています。」
「この研修は君にとっても良い経験になるはずだ。そして、カスタマーセンター職員は、担当世界の中でも危機的状況に陥っている世界に派遣され、バグ修理やお客様の直接指導を行う事になっている。」
「はい。事前に聞いております。」
「じゃあ、君と同行し、バグ対応の実地研修を行う者を紹介しよう。君、こちらに。」
一人の天使がこちらにやってくるって・・・
「彼が君と行動を共にするアレックス・テンペラード君だ。」
「テンちゃんじゃない。あんた留年してたんじゃなかったの?」
「いや、俺もずっと遊んでたかったんだけど、頼むから卒業してくれって学校追い出されて、ここに中途採用されたんだよ。」
彼はテンちゃん。幼稚園からずっと一緒の近所の子。
小学校まではよく一緒に遊んだなあ。
お互い悪ガキだったし。
「あんた一応、ソルジャー志望じゃなかった?」
「お前だって神殿の料理番希望だったじゃないか。」
「そりゃそうだけど・・・」
「ウウンッ!まあ、知り合いみたいだから丁度良い。仲良くやってくれ。」
「はい。分かりました。」
「それでだ。君たちが派遣されるのはB-KI4205、別名、かつてない壮大なスケールでお贈りするRPG世界、というフィールドだ。」
「そうなんですか。」
「アレックス君は作業内容を聞いているかね。」
「はい。受信アンテナ破損により遠隔操作に支障が出ているので、世界最高峰ボトグ山頂にあるアンテナの交換、基地設備の点検とアップデート状況確認と所用の措置、魔王が強すぎる場合の設定変更です。」
「うむ、よろしい。それでナターシャ君については、現地勇者の指導と魔王討伐までの記録及びレポート提出だ。」
「それでダレン班長、その世界の状況はどうなっているのでしょうか。」
「この世界は設置後14年が経過した王道型RPGの世界だが、11年前、前任の勇者が聖剣獲得の儀式に失敗し、勇者の資格を失ったのだ。」
うん? 何か知ってる・・・
「そして、次の勇者がなかなか現れなかった間に魔王が強大化し、滅亡の危機に瀕している世界だ。現在は後任の勇者が存在するが、このままでは人の力ではどうにもならないくらい、魔王が力を付けていると予測されている。」
うわぁこれ、絶対私が応対した事ある世界だよ・・・
「しかし、そうであっても基本、干渉しないのではないのですか?」
「普通ならそうだ。しかし、魔王のレベルがカンストしているのに未だステータスが上がり続けているようで、バグの可能性がある。それに、君たちが行かない場合、いずれ神が直接介入する可能性だってある。そのくらい危機的かつ危険な場所だ。」
「それはすでに見習いのできる範疇を超えてるんじゃないですか?」
「ナターシャ君、それが研修だよ。」
この人、何を言ってるんだろう・・・
「研修とは言え仕事だからな。決して遊び半分でクリアできるような課題は設定していない。」
いやいや、新人には厳し過ぎるでしょうが・・・
「それで、最初は何から手を付ければいいのでしょう。」
「そうだね。この世界の転生者は二人。勇者ミラノ・アスプリアーノと平民、ジューリオ・ミゾグッチーニだ。」
「ブッ!!」
もしかして、あそこ?
「班長、今から別の世界になりませんか?」
「他は君たちではどうしようもなく困難な場所だぞ。」
「いえ、もっと易しい所で。」
「それじゃ研修にならない。」
「嫌です!あそこだけは絶対ヤです。」
「ナターシャ君、もう決定事項だ。私はこれから入社式に出席せねばならんから、話はこれで終わりだ。飛行機の時間も迫ってきているんだし、早く出発しなさい。」
「おいナターシャ、あんまり突っ張るともっとヒドい所にやられるぞ。例えばこないだ神格停止千年くらった引き算の世界とか。」
「それ、もっとヤダ・・・」
こうして抵抗空しく出発と相成る・・・
「じゃあナターシャさん、問題を解決して、できるだけ早く帰って来てね。」
「帰ってきた頃には新人とご対面できるんだからね。」
「お土産、期待してるね。」
「では皆さん、行ってきます。」
みんなに送り出され、私たち二人は出発する。
そして全天空266便に乗り込む。これから6時間のフライトだ。
「しかし、やけにグスってたが、何かあるのか?」
「悪質クレーマーがいるのよ。」
「頑張れよな。」
「ちょっとは手伝ってよ~。」
「ヤダよ。俺、システムエンジニアだし。」
「えっ?エンジニア?うける~(笑)」
「何だよ、いいじゃねえか。お前の方こそよく似合ってないぞ。ビジネススーツ。」
「言われなくても知ってるわよ。」
「お前、見た目0才なんだから、裸でも問題ないじゃないか。」
「中身は19よ。さすがにもう無理だわ。」
「だが、お前に似合うのってベビー服だけだからなあ。」
「私だってオシャレしたいわよ。似合うのが無いんだから仕方無いじゃない。」
「さすがに1頭身はな。」
「失礼ね。2頭身よ。」
「神様も残酷だよな。」
「ほんそれ。同意するわ。」
さて、テンちゃんとの二人旅、これからどうなることやら・・・




