妹よ
さて、そろそろ実地研修に行くことになっているので、帰宅してからも荷物の整理なんかで忙しいけど、仕事は普段どおりなのよね。
天使ってニートとか引きこもりができないからホント辛いわ。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「カスタマーセンターですか?私、悪役令嬢モノの世界で彼女の兄をやっております。エリオット・バークレーと申します。」
「エリオット様ですね。ご用件をお伺いします。」
「はい。私は悪役令嬢が断罪される学園恋愛ファンタジーに世界に転生して早17年、妹の断罪と家の没落を阻止するためだけに頑張って来ました。しかし、とても上手く言っているとは言えず、こうしてお電話を差し上げたところです。」
「分かりました。具体的にはどのようなことでお困りでしょう。」
「はい。まず、妹がひねくれた選民意識ダダ漏れの性悪にならないよう、しっかり教育したのですが、これが今一つなんです。」
「この手の話ではブラコンになりがちですよね。」
「すっごく嫌われています。ウザいとかキモいとか散々です。」
「妹さんをかまい過ぎましたかね。」
「とにかく間違ったことがあれば、どんな細かいことでも指摘し、彼女が納得するまで何時間でも話し合いました。」
「それは素晴らしい熱意ですね。他のご家族も同じような対応をしていたのですか?」
「恐らくそうだと思います。両親も原作とは違って子煩悩になるよういろいろやりましたから。」
「なるほど、原作のある世界でエリオット様はそのストーリーをご存じと。」
「はい。来月に妹が学園に入学し、そこで婚約者である王太子やヒロインの男爵令嬢と出会い、まあ、いろいろ問題を起こした結果、最終的に妹は断罪されるという、よくある話です。」
「それで、何とか妹さんを助けようとしたら、過干渉でウザがられた訳ですね。」
「いや、その、まだ・・・」
「兄と妹というのは十人十色ですからね。仲が良い場合もあればどうあっても気が合わない場合だってございます。」
「それはそうですが・・・」
「それで、妹さんは現状、断罪を避けられそうな様子ですか?」
「考え方そのものは真っ当だと思います。しかし、ヤキモチ焼きでプライドが高く、勝ち気で短気なところは変わりませんでした。」
「まあそうでしょうね。小説みたいに全く別人格に育つなんて事は普通、ありませんからね。持って生まれた性格をどう取り繕うかですから。」
「では、人生経験が足りないと。」
「はい。バークレー家はかなり身分の高い家柄なのでしょう?」
「はい。公爵家です。」
「周囲の者が全て傅く家柄です。当然、面子を大事にと家庭教師からは習っているはずです。お兄様の教育方針とは別に。」
「そう、ですね。」
「そして、王族以外はみんな自分にひれ伏し、跪くわけです。彼女の中で納得いかない部分がたくさんあり、お兄様が面子を軽んじる弱き者と映っているかも知れませんね。」
「しかし、妹はあの性格が災いして、最後命を落とすんです。」
「普段から下級貴族のご令嬢をいじめたりしているのですか?」
「まあ、それは常識の範囲内といいますか、他のご令嬢並の対応をしていると思います。」
「それと、婚約者のいる王子に他のご令嬢が馴れ馴れしく近付き、浮気するのは許される世界なんですか?」
「そんなことはありませんが、王子だけは特例なんです。」
「よくある話ですね。他人がやれば不倫の世界ですね。」
「はい。多分、妹が浮気したら社会的に抹殺されるでしょうね。」
「それでは、原作では何をやらかして断罪されてしまったのですか?」
「はい、ヒロインを集団でいじめたり、教科書を破ったり、噴水や階段ですね。」
「どこの悪役も同じようなことしかしないのですね。それで、王子の婚約者の公爵令嬢が、その程度のことで断罪される世界なのですね。」
「まあ、王族の機嫌一つですから。」
「それで、王子の人柄はどうですか。」
「所謂完璧超人というやつですが、何故か真実の愛を見つけちゃうタイプです。」
「ああ、盲目どころか妄想と幻聴に苛まれているタイプですね。ならば、今から婚約解消はできますか?」
「今はまだヒロインと会っておりませんので、王子と妹の関係はまずます良好です。」
「ならば妹さんも公爵夫妻も婚約解消など納得しませんね。しかし入学後、王子がヒロインに靡きそうになったら、イジメに走る前に身を引く判断をさせないとダメですよ。」
「どうしたらいいんでしょう。」
「そこは貴族のプライドを利用するのです。浮気は許さない、王子だけでなく公爵から王家に対して糾弾し、聞き入れられないなら即婚約破棄くらい強硬に対応することが必要です。妹さんに対しても、婚約続行は公爵家の沽券に関わると説得すれば、可能性は高まるでしょう。」
「彼女の性格を利用するのですね。」
「はい。それと、ヒロイン憎しではなく、浮気王子などと一緒にはなれないという方向に持って行く事が必要です。」
「不敬罪で処罰されそうですが・・・」
「妹さんの言い分が正論である以上、王子の浮気が正当化されることはありません。ヒロインをいじめても何も変わりません。浮気は悪、我こそは正義、ただし、そんな男との婚約続行はお断り。これなら公爵を含めて飲みやすい案ではないでしょうか。」
「仮に婚約が続行してしまっても、大きな貸しができる訳ですしね。」
「妹さんに尊敬されてしまうかも知れません。」
「ブラコンになったらどうしましょう。」
「妹さん15才ですよね。今さらないない。」
「ええ・・・」
「結果良ければ全て良しです。ブラコンにはならなくても、内心では感謝してくれてますよ。」
「できれば表でも・・・」
「無理です。ウザキモくても情けに厚い兄になってください。」
「はい・・・」
こうして電話は終わった。
「兄がシスコンだったパターンでした。」
「でなければそんな世界選びません。」
「兄と妹なんて、妹に距離を取られるケースが8割を超えるのに・・・」
「これが弟なら若干話は変わってきますが。」
「どちらにしてもウザキモなら無理です。」
「そうですわね。」
こうして、また一つお悩み事を解決し、私は実地研修に赴く。




