隣がエジプトの方なんですが
昨日も今日も、そして明日もお客様対応。
天界には休みも娯楽もあるが、見習いは毎日修行の日々が続く。
そして今日もお客様との語らいは続く・・・
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「突然のお電話で申し訳ございません。私、ジェイコブ・マレーと言う者です。」
「ジェイコブ様ですね。ちなみに、前世でのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「牧野正咲です。」
「マキノ様ですね。それでは、ご用件をお伺いします。」
慣れてくると、キーボードを打ちながら会話ができるようになる。
「私、最近こちらの世界に転生してきたのですが、アパートの隣の方も転生者なのです。」
「隣人トラブルでしょうか。」
「いえ、トラブルというほどでは・・・」
「大変申し訳ございません。設定上の問題でなければ、当方のサービス対象外となるのですが・・・」
「話だけでも聞いて頂けませんか。」
「分かりました。では、お伺い致します。」
「その方は大変マイペースな方で、前世の風習を今でも頑なに守っているのですが、私にもそれを押しつけてきていて、とても困っているのです。」
「マキノ様と隣人の方はどのようなご関係なのでしょうか。」
「彼は私より早く今の世界に転生した、いわば先輩なのですが、何の知らない私に親切にしていただき、今は同じ冒険者パーティーに所属しております。」
「親しいのであれば、何も問題無いように思えますが。」
「しかし、酒はダメ、豚肉はダメ、お祈りは一日五回、それを私たちメンバー全員に強要してくるのです。」
「ああ、いわゆる『あの御方』を信仰されておられるのですね。」
「そちらにその神様はおられるでしょうか。」
「はい。確かにおりますし、転生処理の当番をする場合もございますね。」
「最高神でも直々に対応されることがあるんですか?」
「はい。唯一神の場合は、自ら対応しますよ。」
「しかし、私がいる世界には無い宗教なのです。郷に入れば郷に従うよう、事前に神様から転生者にアドバイスしていただくよう、お願いできないものでしょうか。」
「申し訳ございません。私は神に意見できる立場ではございませんので。」
「でも、私たちとはまるで習慣が合わず、苦慮しているんです。」
「それは前世でもあり得る話ではないでしょうか。互いに話し合い、理解を深め、折り合いを付けていくのが隣人とのお付き合いというものですよ。」
「しかし、彼は神の教えは絶対、と言うばかりで・・・」
「そうですね。一神教を信仰される方は全体的にその傾向がありますね。絶対の存在に認められて、天国か転生かを選ばせてもらった訳ですから。そういった方々は、それぞれの神が担当する世界に転生するのがスタンダードなのですが、その方は敢えて違う神の世界を選択したようですね。」
「はい、何でもアニメオタクだったそうで。」
「それなら、日本の習慣や風習、いえ、他の世界についてある程度の理解を持っておられるのではないでしょうか。相手の言い分を真っ向から否定するのでは無く、まずは妥協できる点を探すことから始めてはいかがでしょう。」
「そうですね。」
「マキノ様が一番困っている点はどこなのでしょうか。」
「汚らわしいからという理由でオークとの戦いを拒否する所です。命がけですので。」
「それなら後方支援に回っていただくとか、オークの生息地を避けるとか、方法はあると思いますが。」
「フィールドはオークだらけなのです。種類も無数にいますし。」
「それなら冒険者から転職することをお薦めします。」
「私、剣聖なんです。勇者パーティーを抜けることができません。」
「それでは、マキノ様がオークを引き受けるか、勇者パーティーの設立理念を説いて、納得していただくほかはございません。」
「他にも、豚の獣人に対する態度があまりにあからさまでヒヤヒヤします。」
「別に亜人の方を食べるわけではないでしょう?」
「街でもたまに見かけますし、彼らの居住区もあります。」
「では、彼らの居住域を避けてシナリオを進めることをお薦めします。」
「宗教の壁って厚いんですね。」
「宗教も文化や言語も、大変に奥深いものです。しかし、互いに人と人ですので、たまには恐れる事無く、正面からぶつかってみるのはいかがでしょう。」
「あと、酒が飲めないのも困ってます。」
「厳格な方なのですね。」
「はい。しかし、私たちの世界では他に娯楽がありませんので困ってます。」
「普段から食事を共にしているのですか?」
「野宿も多いですし、田舎の町や村では食事できるところも限られますので。」
「では、冒険から戻られた時は別行動を取るなどの工夫が必要ですね。」
「ショーサクは家族だ、と言って普段から私の部屋に入り浸っているんです。」
「良いご関係ですね。」
「だから困っているんです。」
「マキノ様も、日本人としての価値観だけでなく、彼に歩み寄ってみてはいかがでしょう。そしてその世界に二人で協力して馴染んでいけるよう、勇者の協力を得ながら時間を掛けて解決して行くほかございませんね。」
「分かりました。根は明るくていいヤツだと思いますので、頑張ってみます。」
「そうですね。同じ21世紀を生きた者同士です。きっと歩み寄れるはずですよ。」
「ありがとうございます。長々と失礼しました。」
「それでは、マキノ様の今後をお祈りいたしております。お客様サービス担当、ナターシャがお伺いしました。」
「あっ、すいません。今ナターシャさんはどの神様にお祈りしたのですか?」
「・・・・あ、あの御方です。」
「そうですか。彼も喜んでくれると思います。」
こうして彼との通話は終わった。
「転生者が増えると、こういう問題が起こるのよね。」
「ナターシャさん、またお悩み?」
「ええ、違う神を信仰していた転生者同士のトラブルを処理しまして。」
「まあ、転生者は日本人が多いからまだ何とかなってるけど、私なんか先月、イスラエルの方の悩み事を相談されたわ。」
「ああ、大変だって聞きました。」
「人の出会いは偶然だから仕方無いけど、前世のことをあまり引っ張って欲しくないわね。」
「そうですね。新たな人生なのですから。」
今日はとても難しい話をした一日になりました。