異世界の謎を解く
ここに電話してくるのは苦情がある人ばかりではない。
中にはこんな研究熱心というか、異世界を極めたいというマニアックな方もいる。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私はこの世界に来て1年になります、ピーター・オースティンといいます。」
「ピーター様ですね。ご用件をお伺いします。」
「私はこの世界に冒険者として転生し、今は魔物退治をしつつ生活基盤を構築している最中ですが、ゆくゆくは資金を貯めて商人か学者に、さらには王になって世を極めたいと考えております。」
「それは大変壮大で立派な志ですね。」
「はい。つきましては、この世界の成り立ちや仕組みを知りたくてお電話差し上げたところです。」
まあ、こういうやる気に満ちた人は概ねとても若いと相場は決まっている。
中年ならいくら若い身体に戻ってもこうはならないことが多い。
「では、お客様の前世のお名前をお教え下さい。」
「向田拓と言います。」
「ムコウダ・ヒラク様ですね。少々お待ち下さい。」
「お客様の世界はB-AW2006、『神の考えたワクワクてんこ盛りの世界』ですね。」
「それはワクワクしていい世界ですよね。」
「神のワクワクは人にとってはかなり迷惑なことが多いですよ。」
「まず、この世界の魔法の種類を知りたいです。」
私はデータ画面の詳細情報検索を入力し、ナビゲーターの指示に従い情報を得る。
ナビは大昔のとあるアプリケーションに住んでいたイルカそっくりの気の良いヤツだ。
「四属性のほか、雷、光、闇、聖、時、無、死霊、呪詛、精神、召喚、物質操作、毒、熱、空間がありますね。」
「良かった。それで全てなのですね。」
「はい。充分盛りだくさんですね。」
「魔物独自の魔法はありますか?」
「ありますが、チート持ちなら習得は可能かと。」
「スキルとは何ですか?」
「魔術に寄らない特技のことで、その世界には忍術や超能力、透視や霊視なんてものもありますね。」
「錬金術もありますよね。」
「お客様の世界では物質操作の応用で行う仕組みですね。しかも珍しいことに金の錬成に何の制限も掛かっていません。やりたい放題です。」
「種族はどうでしょう。」
「魔族やドワーフ、獣人や竜人、鬼、妖精に幽霊、宇宙人や亜空間人まで、神と天使以外は何でもアリです。」
「だからハチャメチャなんですね。」
「そうなんですね・・・」
「人間がとても虐げられているんです。」
「ここまで何でもありとなりますと、飛び抜けた能力の無い人間はどうしても虐げられる側に回ることになりますね。」
「人間の強みってどんなところでしょう。」
「繁殖力の高さと社会性、科学を育む創造性と継続性ですね。しかし、どれも人間より秀でた種は存在します。満遍なく力を持っている所が強みですね。」
「この世界で人間として生きていくのは難しいのですね。」
「しかし、ムコウダ様はチート持ちですから、能力を伸ばせば成功を掴めます。神が送り出すということは、そういうことです。」
「しかし、幽霊や宇宙人はいるのですね。」
「幽霊はいない世界も存在しますが、宇宙人はどこにでもいます。」
「ああ、そういうものなのですね。」
「魂は天界の工場で生産していますが、再利用した方が安上がりで数も確保できますからね。幽霊は魂を回収せず放置するということですから、そういう設定を認めたがらない制作委員会の神も多いのですよ。」
「神の都合なのですね。」
「はい。ですから、私たち天界の者にとって、世界の謎などございません。ただ設定の差異があるだけです。」
「何だか、一気にやる気がしぼんできました。」
「しかしこれが、実際にその世界を生きる人々にとっては違った意味を持ちます。その世界の仕組みを知っておくことは大きなアドバンテージになりますし、カスタマーセンターにコールできる存在は滅多にいない訳ですから。」
「確かにそうですね。この通信機のデザインだけはもうちょっと何とかならなかったのかと思いますが。」
「神デザインと思いません?」
「違う意味を込めて言ってますよね。」
そりゃそうだ。人間の世界で神デザインとされているのは全て、優れた人間の作だ。
神なんぞにできて堪るもんか。
「それはさておき、お客様のチートと人の持つ想像力を使えば、大きな成功は約束されていると思いますよ。」
「ありがとうございます。またやる気が出てきました。」
「世界征服は人間の能力には余るものですから、目指さないことをお薦めしますが、人間らしく生きていける国を建てることくらいはできると思いますよ。」
「分かりました。また時々相談させていただきます。」
「ナターシャが担当させていただきました。」
しかし、世を極めたい割には知的な人だったなあ・・・




