鑑定の不具合
次の日。
出勤後、いやいや班長のデスクに立ち寄ると、来月から実地訓練のため下界に行く旨を伝えられた。
期間は未定なので、長旅に耐える準備をしておけとのこと。
「あ~最悪ですわ。」
「私も一昨年度に行きましたわよ。一月くらいで帰って来れましたけど。」
「いや、他の職種とかバグ担当なら分かりますけど、お客様係のどこに、実地の必要があるんですか。」
「生の声?」
「ほらぁ、先輩だって疑問符が取れてないじゃないですかあ。」
「まあ、ここだけ実地訓練に行かない訳にいかないからではないかしら。」
「じゃあ、たまにはメッセンジャーやソルジャーにもここと代わって欲しいです。」
「それはともかく、研修場所は危機的状況に陥っている世界の修復や軌道修正が多いの。だから気を付けておいた方がいいわよ。」
「分かりました・・・」
ここでいつものコールが鳴る。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「もしもし、私は異世界で鑑定を生業としている、アリッサ・レイノルズといいます。」
「アリッサ様ですね。ご用件をお伺いします。」
「はい。私は鑑定魔法全般について、改善していただきたくお電話を差し上げたところです。」
「分かりました。その世界の都合や制度の定着具合により、必ずしもご要望にお応えできると確約できるものはございませんが、お話をお伺いします。」
「まず、鑑定レベルについて不満な点があります。鑑定レベルが1であっても、対象の名称が分かってしまうのはあまりに面白みに欠けるといいますか、名前だけでどんなものか分かってしまう場合も多々ありますよね。そういうところを調整していただけませんか。」
「分かった方が便利ではありませんか。」
「しかしこれでは鑑定レベルの高い私のような者にとっては面白くないのです。世の中には鑑定対象の名前さえ分かればいいという場合が多いですので。」
「骨董品鑑定は、名前が分かった途端、真贋が判明しますもんね。」
「はい。長年審美眼を養った方より、昨日スキルをもらった子供が勝るんですよ。」
「しかし、鑑定対象の名前すら分からないでは、スキルの実用性が下がってしまいます。」
「それはレベル上げをすれば良いのではありませんか?」
「魔術やスキルはより良い社会のためにあるのです。レベルによる恩恵は、実用性と希少性を秤に掛けて慎重に設定されたものですので、お客様のご意見は受け止めますが、容易に変更できませんこと、ご理解願います。」
「分かりました。次に、人物鑑定で人間性や性格まで鑑定できません。何故できないのですか?」
「技術的には可能ですが、人の性格や人間性は、相手の受け取り方によって大きく変動します。例えばアリッサ様にとって短気に見える人が、私から見ればそうでもないといった場合です。それを下手に短気と表記してしまうと、彼の評価が実態にそぐわないかも知れない可能性を孕みつつ確定してしまいます。これは非常に危険な事です。」
「しかし、数値ならば表せるのではないですか?」
「人間はその時の気分で大きく変動します。強大なモンスターと戦っている時に温厚で気の長い人はいませんよね。」
「いえ、平常時の絶対的な数値です。」
「それにほぼ意味が無いことは、アリッサ様にもお分かりではないですか?それに、人の内面は複雑で、表示すべき項目は多岐に亘り、それが渾然一体となってその人を形作っているのです。これは鑑定云々ではなく、あなたがいいと思った方とお付き合いすれば良い。そういう類いの話なのです。」
「そうですか。しかし、そういうものがあれば安心材料になるのですが。」
「例えば、鑑定項目の中に称号やそれに類する項目はありませんか。それはその人の生き方を示したものですから、参考にはなりますね。」
「分かりました。もし、もう少し詳細な情報を設定できるならお願いします。」
「承知しました。神に上申しておきます。」
「最後ですが、薬草採取などの時にフィールド鑑定したら、薬草だけが目の前に表示されるのっておかしくないですか?フィールドを鑑定したのですから、スキルの有効範囲内全ての物が表示されるべきではないですか?」
「それはライターさんの都合です。」
「でも、おかしいでしょう?」
「便利で結構なことではありませんか。」
「だって、もしかしたら、そこに薬草以外のお宝が落ちているかも知れないんですよ。」
「その場合は、ライターさんが偶然を装って何とかします。」
「それを何とか自然な形にお願いしたいのですが。」
「分かりました。それにつきましても神に上申しておきます。」
「ありがとうございます。できたらもっとすっきりした気持ちでスキルを使い、努力してレベルを上げた人が報われるようにしていただければ幸いです。」
「分かりました。それでは、アリッサ様のご活躍をお祈りしております。」
「はい。本日はありがとうございました。」
こうして通話は終わった。
「最後はかなり苦戦してましたね。」
「たしかに、ご都合主義が横行してますからね。実際にそこに住み、スキルを使っている方からすればツッコミどころ満載なのでしょう。」
「しかし、面白さと便利さ、そしてご都合主義はバランスが大事ですからね。」
「全部正直にやってたらストーリーが進まなかったり、煩雑すぎて途中で投げ出したくなりますもんね。」
「まあ、要望を上に伝えて、後は神の判断です。」
「そうですね。」
まあ、あのいい加減な神々が要望に応えられるとも思えないけど・・・




