筋肉が語ってる
もういくつか寝るとお正月だが、お年玉などもらえない天使にとってはただの月初めだ。
もちろん、長生き過ぎて、新年の訪れが気にならないという要因もある。
とにかく、カスタマーセンターは年中無休である。
みんながイメージしているほど、天国は天国じゃないのである。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「もしもし、私、恋愛小説の世界に転生して1年の矢野麻衣佳っていいます。」
「ヤノ様ですね。ご用件をお伺いします。」
「はい。私は強い男性に守られる世界がいいなと思って、今の世界を選んだんですけど、ちょっと、いや、これってハズレだよなって思って電話させていただきました。」
「B-IO0963、もう頼りがいと安心感しか無い!ラブコメディの世界、ですね。」
「はい。この世界で主人公の私に絡んでくる男性は、メイン7名にサブ3名、他にもチョイ役で絡んでくる人や、1話だけ出演する人が10人近くいるんです。」
「それだけいると鉄壁の守りで安心感しかありませんね。」
「まあ、色々守られているとは思います。」
「ご不満な点がお有りなのでしょうか。」
「はい。みんな物理的な頼りがいしかないんです。」
「筋力ですか?」
「はい。私の本命の相手は騎士様で、いつも白馬に乗っているのですが、逆三角形過ぎて似合ってませんし、身長も2m超えで馬が可哀相なくらいです。」
「間違い無く、馬は気の毒です。それで、お人柄はどうですか?」
「誠実ではあると思います。ただ、口癖が『元気があれば何でも出来る』で、何か問題にぶち当たった時は『俺の筋肉に聞け』と『俺の筋肉はこう答えてくれた』しか言いません。」
「筋肉なら、変な思惑などない、正直な言葉で語ってくれるのでは無いですか?」
「でも、私の誕生日プレゼントもそれで選ぶんですよ?」
「白馬の気持ちが良く分かりますね。」
「はい。とても分かりやすいとは思いますが・・・ちなみに、彼の名はアイロン・グーパンマンです。」
「ナントカパンマンという方は、大体筋肉で解決しますよね。」
「はい。負けたところを見たことがありません。」
「ファッションは。」
「勿論、赤や黄色を好みます。」
「将来は。」
「言わないで下さい。まだあります。」
「確かに、頼りがいと安心感はずば抜けています。」
「ただし、それ以外は何もありません。まさか本当に頼りがいと安心感しか無いとは思いませんでした。」
「ちょっとした言葉の綾だったと思いますよ。」
「毎日、上腕二頭筋が笑っているそうです。」
「表情筋に笑って貰える日を願ってますね。ところで、他の攻略対象という選択肢は無いのですか?」
「私の家は伯爵家なのですが、代々王家から影を率いたり、裏社会を統制する役目を負っていまして、屋敷内に武闘派がひしめいているんです。まるでマフィアのアジトそのものなんですが、その中に私専属の執事の方がいて、彼が二番手という設定なのです。」
「執事の方なら筋肉以外でも言葉を喋れそうですね。」
「レイノルド・シュヴァルツベルガーといいます。」
「ああ、もう分かりました。小さなお子さんが必ず泣き出してしまう方ですね。」
「街のゴロツキも良く泣かされています。」
「ニヒルに微笑まれると、死を感じますものね。」
「私の周囲には、おおむねこのような方しかいません。」
「難攻不落です。」
「あんまりです。」
「でも、基本はコメディですよね。」
「読者にとっての喜劇が当事者にとっての喜劇とは限りません。」
「今、ちょっと上手いこと言ったって顔してません?」
「してません! 半泣きです。」
「でも、執事の方は州知事くらいできるのですよね。」
「筋肉で解決できるのなら、可能だと思います。」
「でも、どちらも女性ファンがおられる訳ですから、そんなに絶望する必要はありませんよ。」
「頼りがいある男性って、この2種類だけでは無いと思うのですが・・・」
「しかし、安心感には誠実さも含まれます。頭脳派は常に色々考えてるイメージで、誠実さという面では不安になりません?」
「確かに、いつも筋肉は嘘をつかないって言ってます。」
「ヤノ様も、楽しいコメディを演じる女優になったと思って、楽しんでみてはいかがでしょう。」
「でも、この物語のコメディ部分って、全部私が犠牲になる形ですよね。」
「その噛み合わなさが笑いを提供するんです。」
「食事がプロテイン、デートが筋トレとランニングなんですよね。」
「多分・・・」
「絶対に結婚式は白馬に乗ってきますよね。」
「白馬が気の毒ですね。」
「もう・・・笑ってやって下さい。」
「きっと楽しい家庭になるのではないでしょうか。例えヤノ様が怒ってばかりだったとしても、将来生まれてくるお子さんにとっては、とても面白いご夫婦になると思いますよ。」
「せめて、我が子は知的に育ってくれるように頑張ります。」
「そのお子様も、将来はマフィアのボスですけどね。」
「伯爵です!」
「では、ご機嫌よう。」
最後は元気になってくれて良かったと思う。
「ガテン系?」
「ええ、そうですね。でも、あのタイプ必ずいますけど、そんなに人気あるのですか?」
「そうねえ。数合わせって感じもしなくはないわね。」
「逆ハーで仕方無く攻略してるイメージです。」
「爽やかなスポーツマンをイメージしてメイキングされているんだと思うわ。」
「でも、だいたいがスポーツマンじゃなくて筋肉バカですよね。」
「お笑い担当も必要だからじゃ無い?」
「爽やかさと何も考えて無いのをはき違えているんだと思います。」
「そうね。でも、スポーツマンは王子っていう完璧超人が兼務しちゃうからね。」
「そのお笑い担当しかいない世界のご令嬢でした。」
「大丈夫。そのうち女の方が強くなってるから。」
「それもそうですね。」
さあ、もうすぐ仕事も終わり。
早く帰って寝よう・・・




