ギャグのはずなのに・・・
さて、明日は恐怖のクリスマス。
非常時シフトがすでに発表されているから、せめて前日は体力温存に努めないといけない。
そんな中、お客様のコールは容赦無い。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私、異世界転生して早30年。大津半吉こと、長井献示です。」
「ナガイ様ですね。少々お待ち下さい。」
データが表示された。
「A-HA7733、こちら江東区清澄庭園前交番の世界。深川署ですね。」
「はい。何故か今年も35歳です。」
「そうですね。勤続30年のベテランさんですものね。」
「そのとおりであります。」
「では、ご用件をお伺いします。」
「本官、この世界に憧れ、いや、それ以上の活躍を夢見て頑張ってきたのですが、そろそろ疲れてきたであります。」
「確かに毎日あのテンションだと疲れが溜まりますね。」
「そうなのであります。飽きもありますが、年齢的なものが大きいであります。」
「そうですか。しかし、お客様の世界は時間固定ですから、そういった影響は少ないはずなのですが。」
「確かに体は永遠の35歳でありますが、心は年相応に老いを迎えるのであります。本官だって部長に昇進したいし、今の部長とは早く別れたいし、この歳になってまだ近所の子供に馬鹿にされるのはキツいのであります。」
「確かに芸人さんも年齢を重ねるといつの間にか番組MCになったり、文化人枠に入りたがりますものね。」
「未だに小学生に呼び捨てで指をさされるのはキツいであります。」
「しかし、代役がいませんからね。全体を通して主人公抜きでは最後のオチが不発になる構造ですから。」
「そうは言いますが警察なのですから、ギャグがなくても支障は無いと思われるであります。」
「部長の生きがいは無くなりそうです。」
「あんな部長、どうでもいいであります。」
「親心といいますか、人間味溢れる良い上司だと思いますよ。私から見れば・・・」
「神様も大変でありますなあ。」
「いいえ、神は楽です。大変なのは天使という名の小間使いです。」
「失礼しました。それで、何かいい金儲けのネタってあります?」
「ああ、それを30年続けたのですよね。お疲れ様です。」
「ええ、正直何をやっても空回りだったのも、疲れの原因であります。」
「そこを忘れることこそ、長く活躍するコツです。」
「他のキャラたちはどうやって心の老いを防いでおられるのでありますか?例えば青いネコのメカとか。」
「彼はロボットですし、飼い主の少年は類い希なる鈍感力を持っていますから、もうかれこれ50年以上現役で頑張っています。心配なのはヒロインの女性ですね。何しろ、50年以上も将来の夫のダメな部分ばかり見続けていますからね。」
「自分の将来を知った途端に絶望するでしょうな。他に、国民的二世帯同居家族はどうですか。」
「あそこは世帯主の奥方役が最も過酷な条件に晒されています。」
「家庭内の良心なのに、でありますか。」
「あの家族の歪みが全て彼女に集中しています。このままでは時間の問題と言えます。」
「では、あの子供に大人気、愛と勇気の友人はどうですか?」
「彼は今でも毎週、パンチをかましてストレスを発散しているから問題ありません。心配なのはカバ○くんです。」
「何故・・・彼が・・・」
「ああいった長寿番組の場合、監督やスタッフがキャストのフォローを小まめにするべきなのですが、あそこはキャストがあまりに多すぎて・・・」
「何と意外な・・・本当に人生って分からんもんですな。」
「全く、事実は小説より奇なりとは良く言ったものです。」
「最後によろしいでしょうか。」
「はい。何なりと。」
「私の世界の元ネタは今でも続いているのでしょうか。」
「はい。少年誌の連載こそ10年近く前に終了しましたが、この間に単行本200巻を数える国民的名作ですよ。今でも毎年不定期ながら新作も出ているようです。」
「良かった。何だか力が湧いてきた思いです。」
「では、彼が成し得なかった大金持ちの巡査部長を目指して頑張って下さい。」
「ありがとうございます。これにて本官、職務に戻ります。」
こうして未来の巡査部長は颯爽と去って行った。
「今度のお客様は漫画の世界でした。」
「そうみたいね。」
「でも、好きな世界観を選んでも飽きる事ってあるのですね。」
「却ってコアなファンが陥りやすい落とし穴ね。」
「どういうことですか?」
「その作品の一番美味しい部分に特化した世界を選びがちなことよ。」
「なるほど、今回はドタバタギャグに目が行ってしまった訳ですね。」
「名作って言われるくらいだから、ほかにも多彩な魅力があるはずだし、色んなバリエーションを取り揃えているはずだけど、一番エッジの効いた世界に踏み込んで、後になってそれ以外が弱めに設定されていることに気付くのよ。」
「長く楽しむなら、笑いあり、涙あり、日常回あり、シリアスありが面白いですものね。」
「まあ、どんな世界にも違った楽しみはあるし、どう捉えるかは人それぞれだけど。」
「それを見つけて楽しみ尽くすことが肝心ということですね。」
「特に名作なら間違い無い訳ですからね。」
「では、あのお客様はもっとはっちゃければ良かったのですね。」
「あれだけ不祥事まがいのことを続けて何十年も処分されずに済む世界ですから、それを最大限楽しめばいいのです。それが許される世界なのですから。」
「勉強になりました。」
それにしても、色々な世界があるんだなあと改めて思った。




