独身者にはとても辛い世界でござる
久しぶりのエラリー先輩との話に花を咲かせていると、次のコールが鳴る。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「拙者、幕末動乱スペクタクルの世界に転生した風間功之進こと、勅使河原晴来と申す。」
「テシガワラ様ですね。少々お待ち下さい。」
この時代はファンタジーではなく、歴史好きに人気がある。
幕末と明治維新、二つの激動の時代を比較的短期間に味わえる、大変熱く濃密なステージである。
そのあまりの人気のため、毎年リスタートを繰り返した結果、同じ世界観のものが1400も作られ、現在でも210が稼働中のほか、今年も6つ新規スタートしている。
何故6つもあるかって? ノンフィクションベースは1つだけである。
「お待たせしました。直参旗本風間様でございますね。」
「左様、禄高2800石、三河以来の名門にござる。」
「お客様、ずっとその口調でいかれますか?」
「申し訳ござらん。まだここに来て半年故、会話の稽古を重ねておる次第。」
「承知いたしました。それではご用件をお伺いします。」
「拙者、お恥ずかしながら今年で齢26となり申したが、未だ独り身。周囲の者からも婚儀を強く勧められしも、拙者、前世でも経験無き故、未だ本懐を遂げること叶わず、忸怩たる想いを募らせる今日この頃。」
「あの、風間様は直参旗本。その気さえあればすぐにお見合いの相手は見つかると思いますが。」
「お恥ずかしながら拙者、以前より度を超した奥手なれば、その・・・女御と・・・など・・・とてもとても・・・」
喋り方とのギャップが激しいな・・・
「しかし、現代女性と異なり、男性にとっては平常心で付き合いやすいと思います。それに風間様は大変お優しい方とお見受けします。もっと自信を持たれても大丈夫ですよ。」
「かたじけない。もう少し拙者がしっかりしておれば、このような些事でお手を煩わすことも無かったであろうが、何とも情けない。同僚にもいつも笑われてござる。」
「もう少しの勇気があれば十分ですよ。結婚が前提の時代ですので、お相手の女性もそのつもりで見合いに応じるはずです。」
「伴侶を持たない、という選択肢は無いのであろうか。」
「失礼ですが、風間様は御嫡男ですか?」
「その通りでござる。弟たちはまだ幼く父は他界し、拙者が既に家督を継いでおりまする。しかし、勇気が奮い立たぬ。できれば逃げ出しとうござる。」
「それでは早く身を固める必要がありますね。そういう時代ですし、これから動乱の時代を迎える訳ですから。」
「武士の時代が終わることは避けられぬ故、妻子を路頭に迷わせないためにも敢えて、という訳にはまいらぬか。」
「例え幕府が潰えても、新政府に行政経験のある士族層の力は必要です。元幕臣となれば出世は覚束ないでしょうが、それでも風間様の人生は続きます。」
「なるほど、確かにそこもとのおっしゃる通り、お家大事は変わらぬということでござるな。」
「その通りです。独身者は半人前と見做され出世に響くほか、妻子なく弟様がおられるとなれば、危険なお役目が優先的に回っても来ます。」
「拙者、武芸はさっぱり故、それは避けねば。」
「苦手なのですか?」
「前世では一介の庶民。剣術や格闘技の経験もござらぬ。」
「それは周囲と大きな差がついていますね。」
「その代わり、算術やメリケンの言葉は得意じゃ。」
「出世の切り札を持っておられるではありませんか。それなら尚更身を固め、将来を盤石にするべきです。」
宇宙戦艦の逆だ。チートだ。
「確かにそう考えると拙者の前途は決して閉ざされている訳では無いでござるな。」
「その通りです。どんな世界もプレイヤー次第です。攻略不可能なシナリオなんて存在しません。」
「さすが神仏の言葉は為になる。」
「私は見習いの天使です。」
「ややっ!これは失礼つかまつった。しかし、さすがに西洋は神の使いも進んでおられるな。」
何か、この仕事で初めて褒められたような気がする。
でもこの人、転生時にどんな神に会ったんだろう・・・
「ただ、女御が苦手なのだけはどうにもならぬ。」
「男性の多くはそうですよ。そして、女性の多くも男性に対してそういった意識があります。同じ人ですからそんなに萎縮する必要はありません。大切なのは共に歩み寄り、将来に向けて歩み出す姿勢、そしてその根拠となる将来性をお相手に示すことです。」
「苦手かどうかではないのでござるな。」
「共に歩むにふさわしい方かを冷静に観察することが重要です。苦手意識から緊張などしている場合ではありませんよ。」
「なるほど。示唆に富んだご指摘、痛み入る。」
「お悩みは解決しましたか。」
「うむ、不惜身命の覚悟で臨もうと思う。」
「あまり怖い顔をなさいませんように。」
「そうであるな。分かった。」
「では、風間様のご健闘をお祈りしております。」
「かたじけない。では、御免。」
最後は元のキャラが戻って来たらしく、勢いよく通話は終わった。
それにしても、あの時代の口調って威厳の中に潔い爽やかさがあって、なかなかいいものだなと感じた。




