思わぬ展開
連続40時間勤務を終えた次の日から一週間休んでやった。
本当は休暇一日という話であったが、こんなブラックな社風である。
取れるときに休暇を強引に取らなければ自由な時間は得られないと思い、5日有給2日欠勤してやった。
どうせほぼボランティアだ。減給やペナルティなんて怖くもなんともない。
クビにできるもんならして見やがれって感じだ。
そうして、ふてぶてしく出勤するが、班長はいつものごとくいないので何の効果もない。
「あらナターシャさん、久しぶり。」
「先輩もご機嫌麗しく、嬉しいですわ。」
「比較的静かな一週間だったわ。でも、あなたがいないと私が一番下なの。」
「できるだけ欠勤もクビにもならないよう、心掛けます。」
「お願いね。」
そうこうしていると最初のコールが鳴る。久しぶりの仕事だ。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「ああ良かった。ナターシャ様、ミゾグチです。」
「ああ、吟遊詩人の。その後、どうでしたか?」
「はい。あの後、ご指示のとおりにハナ神殿の神官に聖剣を預けたのですが、勇者から謝礼があるだろうと足止めされ・・・」
「ああ、出会ってしまったのですね。」
「強引にパーティーに入れられてしまいました。」
「何と言うことでしょう・・・」
多分、彼の人生で最悪の出来事だ・・・
「謝礼の代わりに生活の面倒見てやるからって・・・」
「生活どころか命の危険が迫ってますけど。」
「そうなんです。自由気ままな生活が突然終わってしまいました。」
まあ、吟遊詩人だもんね・・・
「断れないのですか?」
「できると思います?」
「会話すら成立しない自信があります。」
「ああ、最悪だ・・・」
「しかし、そういう変化も人生においてはスパイスです。」
「強烈過ぎますよ。今までそれなりに甘かったのに。」
「味変成功ですね。」
「バニラに唐辛子入れたくらい大失敗ですよ。とにかく毎日大変です。」
「あの勇者ですからね。」
電話口で彼女の大声が聞こえる。
どうせ酒飲んで管巻いているのだろう。そんな時刻だし。
「ええ、確かに強いのは間違いありませんが、それだけです。理性なし、交渉力なし、作戦なし、後先なし、手加減なしです。」
「裏を返して勇気あり、実力あり、直感あり、完遂力ありとはならないでしょうか。」
「個の力のみを見ればそう言えないこともないですが、戦いが常に土壇場になるようでは、ちょっと・・・」
「命が幾つあっても足りないですね。」
「パーティーの雰囲気も最悪です。」
「会話が無いのはせめてもの救いですね。」
「勇者がウザ絡みしてきますし、みんな私に会話を押しつけてきますけどね。」
「そこは吟遊詩人の本領発揮でしょう。」
「そういう芸風ではありませんので。」
「しかし、ミゾグチ様もパーティーメンバーとして活動を始めておられるのですよね。」
「戦闘スキルなど持ち合わせていませんが。」
「魔法は使えないのですか?」
「スリープと挑発とお涙頂戴とBGMというスキルが使えますが、それだけです。」
いかにもなスキル持ちだ。きっと吟遊詩人としては優秀なのだろう。
「では後方支援ですね。」
「ええ、とても武器を取って戦うなんてできませんから。」
「それで、これからどこを目指すのですか。」
「メンバー間で揉めています。勇者は魔王城を目指したいそうですが、まだ四天王が全て健在ですので。」
「随分無茶ですね。」
「型破りすぎて疲れますよ。ホントに・・・」
「お疲れのようですし、今日の所はお早めにお休み下さい。ところで、ご用件を聞きそびれているように思いますが。」
「いえ、現状報告のみでしたので。」
「そうでしたか。では、ごゆっくりお休み下さい。」
「お話を聞いて頂き、ありがとうございました。」
こうして通話は終わる。
「ナターシャさん、例のミゾグッチ様から連絡あったの?」
「何だかスラブ人みたいな名前になってますね。」
「じゃあグッチかしら。」
「それは一流企業から苦情が来ますね。」
「じゃあ、ぐっさんかしら。」
「そういう芸風では無いとおっしゃってましたよ。」
「まあ、元気そうならいいわ。」
そうね。復帰一発目が知り合いで良かったわ。




