魔法の設定が納得いきません
さて、入社して早一週間が経った。
毎日憂鬱になりそうな苦情処理ばかりだが、今のところサービス残業が必要な難問には出くわしていない。
そして、今日も今日とて、デスクでデータ確認をしていると・・・
プルルル!
「はい、お電話ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンターです。」
「ちょっと説明いただいてよろしいですか?」
一週間もやっていると、何となく分かることがある。
向こうが名乗らない場合は、それほど大した悩みでは無いことが多いようだ。
結構ハラスメントマニュアルに引っかかるお客さんも多いが、悩みが浅い分、こちらの気も楽だ。
「どういった内容でしょうか。」
「魔法についてです。どうして燃える物が無いのに、ファイヤーボールが撃てるのでしょうか。」
神の御技だからと言う以外に理由は無い。
物理法則も世の理も関係無い。神がそう欲したからそういう設定になっているだけである。
「世界のバランスを取るために神が必要と判断したものについては、そういう設定になっております。」
「それは百歩譲るとして、雷撃を魔法や剣で防御する者がいます。光の速さなのに反応できるなんて、おかしくはないですか?」
「防げない魔法があると、他の魔法の存在価値が無くなってしまいますので、そのように調整させていただいております。」
本当のところは知らない。
私の勉強不足もあるだろうが、天国高校の授業でも教えてはもらえなかった。
多分、誰も気にしていないのだろうし、神が作った物にいちいちケチを付ける天使などいない。
「火魔法を水で消せないのもおかしいと思う点です。」
「火魔法により発火した物体の消火はできているはずです。」
「でも、普通は消えますよね。」
「先ほどお客様が燃える物が無いとおっしゃいました。コロンブスの卵と同じような理屈になり恐縮ですが、水が火を消すのは、水が燃えている物体の発火温度以下に気化によって冷やすからです。魔力が炎の形態を取っている場合には適用されません。」
「でも、水蒸気爆発は起きます。何故、水の方は自然と同じ現象が起きるのでしょう。」
神がいい加減だから、が正しい答えである。
「浪漫です。」
「ろ、ろまん?」
「恐らく、派手な演出効果を狙ったものでしょう。お客様も派手な技が決まったとき、脳内物質が漏れ出てきませんか?」
「まあ、ストレスは発散できますね。」
「異世界には、ご利用いただく方の生きる気力を喚起する様々なギミックが存在するとお考えいただいて結構です。」
「そんな裏話を聞くと、生きる気力が減退してしまいますが。」
「大賢者は悟ってますよね。差し詰め、大賢者タイムと言ったところですか。」
「ま、まあ、それとアンデッドに光魔法が効果的と言うのも納得出来ません。聖属性ならギリ納得もできますが・・・」
「それは、一般的なイメージを元に設定したものですので。」
「一般的とは・・・」
「空から光りが差し、地下は暗い。そして魂が浄化あるいは昇華するときのイメージは光です。」
「つまり、実際は何の効果も無いと・・・」
「吸血鬼だって、太陽以外の光には耐性が認められますし、アンデッドだってこちらが設定しない限りは光や聖水を物ともしません。」
「聖水さえ効かないのですか?」
「いえ、ほとんどの世界は効くように設定されています。天界の公式見解として、祈って魔力を込めただけの水に、そんな効果がある訳無いだろ、という事です。」
「でも、結構な値段で売られてますよね。」
「天界は一切関与しておりませんし、利得もございません。それに冷静に考えると、祈りながら発動した水属性魔法がアンデッドに効かないことはすぐにご理解いただけると思います。」
「あの~、随分身も蓋もないお話を聞いてしまったのですが。」
「私も、神々が作る魔法や術が自然界の法則を無視した存在だと言うことは承知しております。しかし、それを覆すだけの力を持ったのが神であり、彼らの望んだ設定がお客様の生きている世界に適用されている。そういうことなのです。」
「理屈では無いし、気にしても仕方が無いとおっしゃりたいのですね。」
「そのとおりです。考えるな、感じろ、です。」
「わ、かりました・・・ありがとうございます。」
最初の勢いはどこへやら。やや意気消沈気味に通話が切れた。
もちろん、本当のところはよく分からない部分が多い。
しかし、分かったところでどうしようも無いのである。
どうせ神の気まぐれなんだから、下っ端が悩んでも仕方無いのである。
そして、先ほどのように勢い良く持論を展開すると、何故か相手が納得してくれる。
この現象を利用して、転職が可能となる5年後まで粘ってみせるわ。