これからどうすればいいのでしょう
そしてやっと電話の音が少なくなってくる夜半過ぎ、そろそろ仕事終わりが見えてくる。
なんて思っているとコールされる。
今夜はもう来なくても良かったのに・・・
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私、華やかな貴族社会と爽やかな学園生活で綴る乙女な世界でヒロインのライバル役をやっている、リアン・シュピーゲルこと、金道沙紀という者です。」
「カネミチ様ですね。少々お待ち下さい。」
もうこの作業も慣れたもんだ。完全に通話しながらブラインドで入力検索を掛けることができる。
「B-CH4563の世界ですね。それでは、ご用件をお伺いいたします。」
「私はこの国の王子の婚約者として生を受け、やがてヒロインを貶めた罪により断罪される運命の者ですが、これを避けるべく王子との婚約破棄、そしてヒロインとの良好な関係に腐心してまいりました。その結果、何とか断罪は避けられる見通しになってきましたが、その代わりと言っては何ですが、国が滅茶苦茶になってしまいました。もうどうすればいいか分からず、お電話を差し上げたところでございます。お忙しいところ、大変申し訳ございませんが、何卒ご教示の程、お願い致します。」
この方はきっと社会人経験がそれなりにある方なんだろう。とてもキチンとした印象だ。
どっかの勇者とヒロインもこの1割でもちゃんとしてれば・・・
「承知しました。それでは、現状でどのようになっているかをご説明願えますか?」
「はい。まず人間関係ですが、ヒロインは逆ハーエンドを爆進しており、攻略対象は全てヒロインの虜になっております。私は攻略対象の誰とも絡まずに婚約破棄のみを目指して行動し、過日、白紙とすることに成功いたしました。」
「おめでとうございます。」
「次に、王子を始めとするキャラクターの人間性ですが、王子は誠実で真面目、宰相のご子息は知的で冷静、騎士団長のご子息は硬骨漢、魔術士長のご子息はけなげで純粋なショタ、隣国の王子は陽キャな天才、先生はちょい悪なイケオジ、王子の従者が従順で思いやり深い人柄であったと思います。」
「過去形ということは、今は違うのですか?」
「はい。恋は盲目とは良く言ったもので、それぞれ激しいヒロイン争奪戦を繰り広げた結果、とてもギスギスした関係となっております。」
「先生以外は王子の側近ですよね。」
「はい。既にほとんど機能しておりませんが。」
「鋭く対立しているのですね。」
「その通りです。」
「本来であれば、あなたという障害が存在することにより、皆がある程度は結束するはずだったと思われますね。」
「私は浅はかにも、障害が消失することでスムーズにシナリオが進むと考えておりました。とにかく、自分の命が最優先でしたので。」
「確かにそうですね。それで、お客様の他に転生者はいるのでしょうか。」
「いいえ、転生者は私一人のようです。脇役の方にはおられるかも知れませんが、把握できておりません。」
「しかし、NPCが逆ハーを目指すなんて珍しいですね。」
「普通はそんなこと無いのでしょうか。」
「はい。通常は最もオーソドックスかつ難易度の低い選択をするはずです。」
「なるほど、そうなのですね。」
「そこがヒロインがNPCか転生者かを見分ける一つの指標になるのですが、イレギュラーに巻き込まれたのですね。」
「はい。しかも、攻略対象が日に日に愚かな行動に出るようになってしまいました。」
「そうですか。それはバグかも知れませんね。」
「バグであれば修正されるのですか?」
「いいえ、そうとは限りません。プログラム修正基準によると、世界の維持が困難になる程度のエラーでないと、基本的にはそのまま続行されることになります。」
「国が滅びる程度では修正されないのですか?」
「はい。それは逆ハーのバッドエンド扱いとなる公算が高いですね。」
「今さらヒロインがどのルートを選んでいただいても異論はございませんが、バッドエンドだけは避けていただきたいところです。」
「この世界はオリジナルストーリーですので、原作を知っている方は誰一人おりません。」
「では、シナリオを先読みして行動できないということですね。」
「例え他に転生者がいたとしても、です。」
「どうしましょう。このままでは困ったことになってしまいます。」
「そんなに状況は深刻なのですか?」
「はい。攻略対象は互いにヒロインを奪い合い、そして互いを貶めることばかりに執心しているように見えます。勉学を疎かにしているだけならまだしも、王子は卒業後に即位する予定ですので、先行きが非常に不安です。」
「他にも王子がおられるのではないですか。」
「はい。王位継承者として第二、第三王子、第一王女及び王弟殿下とその御子息がおられます。」
「スペアはたくさんおりますね。」
「以前は王子が盤石の体制を築いておりましたので、王宮内も非常に平穏でしたが、ここ半年、それぞれが派閥を囲う動きを見せており、近い将来、権力闘争が勃発すると予想しております。」
「ヒロインはやはり、下位貴族のご出身ですか?」
「はい。2年前に騎士の称号を得た平民の家の出です。」
「それはまた、一際力の無い家のご令嬢ですね。」
「はい。私との婚約解消は1ヶ月後に公表されるとは言っても、中枢の方は皆ご存じですし、王子は我が実家の公爵家と側近の両方を失ったも同然ですので。」
「まさに裸同然ですね。」
「その上、最近は王族としての公務もほぼ行っておらず、王宮内の支持基盤も失いつつあります。」
「もう、彼以外の方が王位に就いた方がマシな状態ですね。」
「以前は聡明で温厚篤実な方だったのに、今では面影すらございません。」
「しかし、それだけなら一令嬢に過ぎないあなたにとっては、対岸の火事なのでは?」
「それが、第二王子と王弟のご子息が私との婚約に向けて動き出しているようなのです。もちろん、私では無く、公爵家の派閥取り込みが目的です。」
「それで、カネミチ様はどのような道をご希望なのですか?」
「理想は隣の国に留学し、卒業後もそこで暮らせればいいと思っております。」
「あなたに政治的な価値があり、フリーである以上、それは実現不可能ですね。ところで、ご実家はどの派閥なのですか?」
「当家はあくまで国王陛下に忠誠を捧げている立場で、どの王子に肩入れしているという訳ではありませんでした。ただ、婚約破棄した第一王子とは対立せざるを得ません。」
「では、どなたかの婚約者として返り咲くという選択肢は無いのですか?」
「今までは王家から距離を取ることに必死で、そのようなことは考えたこともありませんでした。しかも、各攻略対象が後ろ盾を得るために第二・第三王子らに接近している状況では彼らに近付きたくありません。」
「下手すれば、死亡フラグが再び立ちかねませんものね。」
「それに、この混乱に乗じて隣接する複数の国が軍事介入する動きも見せ始めています。」
「それで国外脱出をお考えなのですね。」
「はい。でもどうしたらいいか分からなくて・・・」
「最もスムーズに事を運ぶなら、婚約者を早期に決めて立場を明確にすることです。」
「良いお相手が見当たらない状態なのですが。」
「他国の貴族が良いでしょう。該当国の王家の支持があれば、お相手の爵位が多少低くてもどうにかなりますし、それなら候補も豊富に確保できるでしょう。」
「確かに、公爵家の影響力と知名度をもってすれば、他国に嫁ぐことも可能でしょうが。」
「そのためには、まず当主の説得が必要です。王族から婚約破棄されて名誉が傷づけられたこと、それに対する謝罪や補償が十分でないこと、今回の政争が身を滅ぼしかねないほど危険なこと、他国との伝手が万が一の際のカードになる可能性、この辺りが説得材料になることでしょう。」
「しかし、父を説得できたとして上手く行くのでしょうか。」
「先ほど、政治的価値と立場についてお話しさせて頂きました。あなたが新たな婚約者を決め、それがあなたの国の影響力が及ばない相手だった場合、あなたの国内での政治的価値は無くなり、同時にご実家の立場も明確になります。」
「それが想定されるなら、父は決断できないかも知れません。」
「しかし、王族の誰かと再婚約となれば、その時点でご実家は中立的な動きができなくなります。もちろん、確実に勝ち馬に乗ることも。」
「そうですね。分かりました。その線で父を説得し、可能な限り早期に出国できるようにします。」
「では、カネミチ様のお幸せを願っております。」
「お忙しいところお時間をいただき、ありがとうございました。それでは、これで失礼いたします。」
こうして電話は終わった。
「何か、昼ドラみたいな世界ね。」
「攻略対象のIQが唐突に下がる所なんて、まさにドラマの脚本そのものですね。」
「ドラマ性とご都合主義をはき違えた設定ね。」
「どうしてそのような事が起きるのですか?」
「ルートがバッドエンドに切り替わったんだと思うよ。」
「巻き返しはできないのでしょうか。」
「ヒロインにしかできないでしょうね。悪役令嬢はあくまでスパイスに過ぎないわ。」
「料理人には敵いませんものね。」
「ええ、彼女は今までもこれからも生き残りで精一杯だと思うよ。」
「でも、あの世界で最も聡明なのがせめてもの救いです。」
神の気まぐれなんかに負けて欲しくない。久しぶりにそう思った。




