昔のパーティーメンバーにざまぁできなくて困ってます
世は食欲の秋。
でも私は職場と自宅の往復運動のみ。
まあ、やけ食いの秋とは言えるわね。
そんなある日の電話。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私、大橋嘉寿也と申します。異世界に来て5年になる冒険者です。」
「オオハシ様ですね。ご用件をお伺いします。」
「私、実はチート持ち、という設定で降臨し、追放後のざまぁを目指して日夜冒険業に明け暮れているのですが、未だにチートが開花せず、底辺をさまよっているのですが、どうしたらいいでしょう。」
「少々お待ち下さい。・・・B-PE9180-2Dの世界ですね。オオハシ様は主人公の設定です。」
「私に与えられたチートは究極鑑定のはずなんですが。」
「そのとおりですね。まだ薄い文字で表示されていますので、獲得されていないのも確認しました。」
「発動条件は分かりますか?」
「聖杖ホーリーサンライズの鑑定ですね。オオハシ様がこの杖を見つめると聖なる光があなたを包み込み、それによってスキルを会得するというストーリーの流れです。」
「聞いた事も無い杖ですが、どこに行けば見ることが出来るのでしょう。」
「初期設定では、エレナ・シードルという女性が所有していますね。」
「どこにいるか分かりますか?」
「残念ながら、この方はNPCキャラですので、こちらで把握しておりません。」
「その初期設定では、どこにいたのでしょう。」
「シュリム王国の都、サリムです。」
「彼女に会う条件は何だったのでしょう。」
「彼女は主人公と同じ年齢の人族で、冒険者です。杖は母の形見ということですので、どこかに売り払ったという可能性は低いでしょう。」
「私も最初はその街を拠点に活動していました。鉄の皿という冒険者パーティーに所属し、ポーターをしていたのですが、リーダーに突然追い出され、そこでチートに目覚める予定でした。」
「では、お客様は序盤の流れをおおよそご存じだったのですね。」
「はい。転生時に神様から教えてもらってました。」
「恐らく、追放直後に彼女と出会うイベントが組まれていたはずですが、お心当たりはございませんか。」
「いやぁ、何しろ5年も前なので、記憶が薄れていて。」
「そうですか。それでは、彼女を探すほかありませんね。」
「私はどこで間違ったのでしょうか。」
「そういう行き違いは往々にして起きるものです。例えば、彼女が道端で困っていたり、誰かに絡まれたり、モンスターに襲われていたり、」
「あっ、そう言えば・・・」
「心当たりがおありなのですね。」
「はい、街中で屈強な男達に絡まれている女性がいました。確か、追放されて一人で夜の街をさまよっていた時だったと思います。」
「スルーされたのですか?」
「私自身、ほとんど戦闘力はありませんし、かなり通行人も多かったので、誰か助けに入ると思い、そのままやり過ごしてしまいました。」
「残念ですね。きっとそのイベントだと思います。」
「無茶ですよ。私の力で複数の男を相手するなんて・・・」
「イベントですから、多少の怪我で済んだはずです。」
「イベントということはエキストラか何かですか?」
「その世界にはエキストラはいませんね。でも、ストーリーイベントに絡む人物には一時的に安全ロックが掛かりますので、喧嘩相手を思いあまってという事故は起きない仕組みになっています。」
「しかし、ハードルが高いですよ。」
「確かに、平和な日本に暮らした方にとってはそうでしょうが、そこら辺のごろつきに怖じ気づくようでは世界なんて救えないのですから、考えようによっては、これで良かったとも言えます。」
「良くないですよ。このままでは底辺で終わってしまいます。」
「でも、元のパーティーの方々もそれなりの実力者な訳でしょう?」
「はい。当時Bランクでしたが、風の噂ではAランクに昇格するとも言われています。」
「恐らく、今のオオハシ様にざまぁ出来る相手では無いかと。」
「あんまりです。それだけを楽しみに生きてきたのに・・・」
「人生、楽しみは一つではありませんよ。」
少なくとも、秋はやけ食いなんて言ってる天使よりはよほどいい。
「それで、彼女に会うことが出来れば何とかなるのでしょうか。」
「まだ生きていれば、サリムの街の冒険者ギルドに登録者情報が残っていると思います。最近は個人情報の管理が徹底されていますので、教えて貰えるかは分かりませんが。」
「もしダメなら、他の冒険者を当たるという手はありますね。ところで、聖なる杖は他に無いのでしょうか。」
「はい。その世界においてはホーリーサンライズが唯一の聖杖です。」
「他に、聖なる光の出るアイテムは無いでしょうか。」
「ございます。しかし、ホーリーサンライズ以外の聖なる神器は、神殿や宝物庫で厳重に保管され、一般の目に触れることはありません。」
「分かりました。ではサリムに戻って彼女を探すことにします。」
「エレナ・シードルさんです。」
「有り難うございます。重要キャラなんだから、無事、生きてますよね。」
「それは分かりません。恐らく、イベント時のごろつきに命を奪われることは無いでしょうが、あなた以外とはパーティーを組めない裏設定があると、クエスト中の事故で亡くなる危険性は飛躍的に高まりますし、5年も経てば結婚などで冒険者を引退されていてギルドでは所在が分からない可能性もございます。」
「もっと早く相談しておけば良かった。」
「そうですね。しかし、最初のイベントをスルーした段階で、彼女と親密になる大きなチャンスは逃していた訳ですから、どうなったかは分かりませんね。」
「一度逃しただけで、そんなに大きなペナルティになるのですか?」
「ペナルティというより運命ですね。それに、彼女を助けた方が別の冒険者で、その方がパーティーに誘った場合、オオハシ様がシードル様を見つけたとしても、母の形見をそう簡単に鑑定させてはくれないと思います。」
「確かにそうですね。」
「でも、人生のチャンスって、意外に簡単に来たり逃したりするものだと思います。」
「それで、もし、今からでも私が成功した場合、ざまぁは成立しますか?」
「それには、元のメンバーがあなたを覚えている必要がありますね。」
「ああ、今では忘れられているかも知れませんね。」
「今現在、彼らのパーティーが順調に活動しているなら、『昔別れたメンバーが長い時を経て、別の成功を掴んだ』美談になってしまうかも知れませんね。」
「全然ざまぁじゃありません。」
「その場合は、相手の不幸を願うのでは無く、互いの健闘を称え合う間柄になれるといいですね。」
「・・・はい。ありがとう・・・ございました。」
何故だか、最後は非常にびみょーな感じで電話は終わった。
さあ、もうすぐ今日の仕事も終わりだ。
今日の朝食はサンマとおでんと唐揚げとポトフと八宝菜よ!




