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勇者ミラノ・アスプリアーノ

 さて、かなりおくそなヒロインに削られてしまったが、今日の仕事は始まったばかりだ。

 そんな時にコールが鳴る。


 コールは、我が班の電話が一斉に鳴るタイプだが、通常は一番後輩である私が真っ先に取ることになっている。

 しかし、先ほど被った精神疲労により出遅れてしまい、次の若手であるエラリー先輩が応対することになった。


 内心やれやれと思っていたら・・・

 内線がコールされる。


「ナターシャさん。例の聖剣紛失の件、女勇者からよ。」

「分かりました。」

 受話器を取って内線ボタンを押す。

 先輩って、いいなあ・・・


「お電話代わりました。聖剣グラディアス担当のナターシャといいます。」

「ああ、前の担当とは違うのね。そんなことはどうでもいいわ。剣は見つかったの?」

「はい。ミゾグチ様という吟遊詩人の方が拾っており、あなたを探しておられます。」

「じゃあ、すぐに持ってくるように伝えなさい。」

「申し訳ございませんが、こちらからお客様の方へご連絡を差し上げることはできない規則となっております。」

「何でよ、そのくらいしてくれてもいいじゃない。」

「特殊詐欺対策です。」


 そもそも、この職場の電話には着信機能はあっても発信機能がない。

 なんたってダイヤルが無いのだ。

 これは私たちの業務外使用防止も兼ねている。


「何でその程度の融通も利かせられないのよ。お客様は神様なんでしょ!」

「いいえ、神は弊社取締役以上の者であり、お客様は人に過ぎません。」

「なに理屈捏ねてマウントとってるのよ。いいから早くしなさい。」

 理屈ではなく事実なのだが・・・


「その前に、お客様は今、どこにおられるのでしょう。」

「宿よ。」

「街の名前をお教え願えますか。」

「知らないわよ。地図も看板も無いんだから。」


「そうですか。それではお客様は今、どこを目指して旅をされているのですか?」

「剣を探してるに決まってるでしょう。他に何をしてると思ってるのよ。」

「分からないからお聞きしているのです。」

「全知全能ならこのくらい分かるでしょ?」

「いいえ。私はお客様の現在位置すら把握しておりません。」

「しなさいよ!」

「位置情報システムを、お客様の方で起動させていただく必要がございますね。」

「こないだの担当も同じこと言ってたわね。どうしてOFFになってのよ。」

 どこかで頭を打ったのでは?


「位置情報システム起動には、どちらかの耳に埋め込まれているチップに反対側の親指で触れて頂き指紋認証をしていただき」

「ああああ面倒くさいわね!そっちで勝手にできないの!」

「それはできないことになっています。」

 とにかく、単純作業しかできないタイプの勇者らしい・・・


「あれもできない、これもできませんって、あなた、何ならできるの!」

「何故、それをあなたに教える必要が?」

「客だからでしょ!」

 たまにマトモなことを言うから困る。


「勇者なら天使の持つポテンシャルを引き出してみなさい。」

「何で、あなたにそんなことしてあげなきゃいけないのよ。」

 やっぱダメだ。

 相手が分からず屋過ぎて、会話を続ける気力とネタが無くなった。


「では、お元気で。」

「待ちなさいよ、まだアタシの用が終わってないわよ。」

 まだ何があるというのだろう・・・


「では、ご用件をお伺いします。」

「アタシの聖剣を奪ったヤツに、すぐに持ってくるように伝えなさい。」

「奪ったのではありません。あなたが落としたのです。」

「アタシがそんなヘマする訳ないじゃん!馬鹿にしてるの?」

「じゃああなたは、勇者なのに一般人に聖剣を奪われるくらい弱いのですか?」

「だって、そいつが剣を持ってるンでしょ!」

「落とし物を拾ったと、こちらは考えています。」


「じゃあどっちでもいいわ。勇者安曇未来の名において、聖剣をここまで持ってくるように命令します。」

「誰にですか?」

「あなたにです。」

「それで、場所は?」

「この宿屋よ。」

 ああ、エラリー先輩が匙を投げたの、よく分かったわ・・・


「話が最初に戻りましたが、お客様の居場所が把握できませんので無理です。」

「じゃあ、そいつのいる街の騎士団に確保させればいいのね。」

「そうですが、あまりその時代の他人を信用しないように。」

「じゃあ、そいつに持ってくるよういいなさい。」

 どうしても自分が行くということにはならないらしい。


「では、私の方から最寄りの騎士団に預けるよう、伝える事にします。」

「すぐに伝えなさい。」

「いえ、こちらからは連絡できない決まりになっておりますので、ミゾグチ様からの連絡待ちとなります。」


「そいつ、今どこにいるのよ。」

「今はロッテンの街にいますが、次に連絡いただいた時に、何処にいるかは何ともいえません。」

「何とかしなさいよ。」

 じゃあ、今すぐロッテンに発てよ・・・


「吟遊詩人の方は、ロッテンの街にしばらく滞在した後に、ハナ神殿に向かうことになっておりますので、ご自分でそちらに向かわれるのが一番早く問題が解決しますよ。」

「だから、何で勇者がわざわざそんなことしてあげないといけないのよ。」

「ですから、何で私が勇者にそこまでしてあげないといけないのでしょう。」

「客だからよ。」

「既にお分かりでしょうけど、吟遊詩人の方も転生者です。つまり、あなたが客だといってもあなただけに便宜を図る訳にはいかない。ご理解できますか?」

「アタシは勇者よ。」

「私は天使です。あなたよりは立場が上ですよ。」

 まあ、見習いではあるが、これでも天界の住人である。


「何よ、いきなりアタシのマウント取って気持ちいいの?」

「いえ、早くこの電話が終わって欲しいというのが、私の気持ちです。」

「口だけは良く回るようだけど、それで勝ったと思わない事ね。」

 むしろ、負けてる要素など、どこにも無いが・・・


「では、お相手の方には、こちらから責任を持ってお伝え致します。」

「何をよ。」

「先ほど申したとおりです。最寄りの騎士団出先若しくはハナ神殿の神官に預けるようにです。」

「持ってこないの?」

「あなたは、どこにいるか分からない人に物を届けられますか?」

「出来るわけないでしょ?馬鹿なの。」

「では、何故向こうの転生者ができると思ったのですか?」

「何言ってるの。出来るなんて言ってないわよ。」

「ええ、ですから持って来ません。」


「ああ、何となくあなたの力の限界が見えてきたわ。不本意だけど納得してあげるわ。」

「それではミラノ様、お元気で。」

「待ちなさい!まだ話は終わってないわよ!」

「何でしょうか。」

「あなた、顧客サービスなんでしょ。もう少しアタシの相手しなさい!」

「あっ、ちょっ、ああっ、手がすべっ・・・」

 ガチャッ!と受話器が置かれ、通話が切れる。


「あ~疲れた。ホント何よ、あの子。」

 エラリー先輩がニヤニヤしながらこちらを見る。


「最近ああいうの多いらしいわね。」

「カスハラですよね。」

「そうそう。しかも、他人の声が一切聞こえないタイプの。」

「自己中心どころか、自己唯一といった雰囲気でした。」

「コミュ障もあそこまで行くと社会の巨悪ね。」

「私も、また魔王頑張れって思ってしまいました。」

「ホント、ゆとりやZは自分が特別だって言われて育ってるからね。」

「それ以前は違ったんですね。」

「兄弟が十人もいると、アンタの代わりなんか幾らでもいるって言われて育つのよ。」

「その二つの時代で、人の能力に違いは無いのに。」

「まあ、昔は昔で別の苦労があったそうだから。」

「そうですね。お客様対応が楽だった時代なんて、あるはず無いですよね。」


 そう言うと、二人は同時に席を立ち、自動販売機に向かう。

 今夜も眠気覚ましにブラックをあおる。


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