今さら気付いたんですが
早く出勤してしまったので、早番のアリサさんから直接引き継ぎを受ける。
ムシャクシャしてるけど仕方無い。
「でもナターシャちゃん、凄い剣幕だったね。」
「別にあんなのに睨まれたってどうということないからね。」
「まあ確かに、クビになってもこれ以上悪い所には行かないからね。」
彼女は、学生時代はほとんど交流が無かったものの、一応クラスメイトである。
私と違って勉強できてたはずなのに、何でココになっちゃったのかなあ、なんて思っているとコールされる。
まだ、彼女の勤務時間だが、ムシャクシャしてたので勢いで受話器を取る。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私、とある世界で勇者をやっているジャレッド・オーウェンといいます。」
「ジャレッド様ですね。ご用件をお伺いします。」
「私は剣と魔法の世界に転生し、魔王討伐を目的に活動しています。今までは自分の役割を信じて疑わなかったのですが、もしかしたら違うのではないかという疑問が起こりまして、それで確認とアドバイスをいただきたく、お電話させていただいたものです。」
「分かりました。確認したい事柄を教えて下さい。」
「まず、この世界で私が主人公なのか、ということです。」
「ではお調べいたしますので、前世の名前をお願いします。」
「小田伸永です。」
「オダ様ですね。ええっと、B-RI4522-3D勇者パーティーを追放された俺が最強だった件、という世界ですね。」
「ああ・・・」
「もう、答えが出てしまいましたね。」
「噛ませ役か~。」
「どうやらそのようです。主役はごく身近な方のはずです。」
「はい。私は6人でパーティーを組んでいたのですが、つい3日前に荷物持ち兼雑用係を脱退させたばかりなんです。」
「メンバー追放の理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。」
「はい。私たちは先日ようやくSランクに昇格して、さあこれから魔族の領域に進出という段階にあります。ですので、実力不足のメンバーに外れてもらうことで更なる強化を目指したのです。」
「この世界での主役は、エディという少年ですね。」
「やっぱりかー。」
「3日前ということは、今からでも再加入いただけるのでは無いですか。」
「それが、もうこの街を離れてしまったようで、行方が分からないのです。」
「では、彼のことは諦めて地道に活動されるのがよろしいかと。」
「しかし、国王や市民にもかなり期待されてて、今さら引っ込みがつかないんです。私たちはかなり有名人ですし、方々から融資を受けていますので、なかなか・・・」
「しかし、主役抜きで今まで通りの活躍は厳しいですね。彼の能力については把握できていますか?」
「補助魔法を少々。それと、戦闘はできませんがそこそこ力持ちです。」
「そうですか。恐らくオダ様は主役ではなく、ざまぁされる側かと思われますので、いくつか注意していただきたい点がございます。」
「はい、何でしょう。」
「まず、当面は2ランクほど下の依頼を受けて、新たな編制に慣れて下さい。」
「そんなに落とすのですか?」
「恐らく、オダ様のパーティーは戦闘中、主人公から多大なバフの恩恵を受けていたと思われます。」
「しかし、彼が私たちにバフを掛けていたようには見えませんでしたが。」
「ええ、通常、隠れた主人公のセールスポイントは、追放されるまで目立たないよう加工されています。」
「そんな・・・」
「これまで数多のパーティーがこれに気付かず没落しましたが、ストーリー展開上、気付かれては困りますからね。」
「わざわざ私たちが騙されるようになっているんですか。」
「一般論としては、ですね。今回は勇者も転生者なので、そうとは限りません。だいたい、そのようなストーリーの場合、ざまぁ役はIQ低めに設定されますので。」
「ほ、他には何かございますでしょうか。」
「できれば類似する特性を持ったメンバーを補充することですね。一人で補えない場合は複数を加えて完全に穴埋めすべきです。」
「却って赤字ですね。」
「主役が抜けたのですから、穴は殊の外大きいですよ。ですので、彼がどのような役割を担っていたか細かく洗い出し、漏れのないようにして下さい。」
「分かりました。」
「後は、新メンバー加入後の習熟訓練を建前に低ランク依頼をこなしつつ、実力を回復させていって下さい。」
「そうですよね。だいたいそこで依頼失敗からの信用失墜で没落がパターンですものね。」
「ええ、オダ様の世界もそのように設定されています。」
「私、勇者によるリベンジの世界を神様にお願いしたのですが。」
「リベンジされる側でしたね。でも、これからの行動次第で彼にリベンジできます。」
「そうですよね。彼は知っていて黙っていた訳ですからね。彼が転生者だったことも含めて、知らないのは私だけだった訳です。」
「それにしても、よくこの段階で気づけましたね。」
「いや、私は別に彼が憎かった訳じゃないのに、本当にスラスラと彼を責める言葉が出てきたんです。それに違和感を感じて・・・」
「とにかく、この段階で気づいて良かったですね。」
「今ならまだ間に合いますか?」
「あなたの勇者としてのポテンシャル自体は本物ですし、聖女や賢者もいるのでしょう?」
「はい。他にも斥候とタンクがいます。」
「主役でないと言うことは、逆に言えば魔王討伐に関する縛りが無いということです。前例に拘らないパーティー編制と戦術の工夫などによって、道が開かれる可能性は大いにありますよ。」
「分かりました。焦らずに頑張ってみます。」
「では、オダ様の幸運をお祈りしております。」
「本当にありがとうございました。」
この勇者と主人公の両方に付け狙われる魔王がちょっと気の毒だなあと思う。
魔王倒したら、次はこっちの神をやっつけてくれないかなあ、なんて思う。




