絵が気に入らないです
さて、日付が変わった。
もう少しで勤務終了だし、帰宅する頃には夜が明けるのだ。
ちなみに、雲の上にある天界は常に晴れているが、季節を司る神や豊穣の神、天候を司る神などがそれぞれ複数存在するので、それらが気まぐれに雨を降らせることはある。
あくまで気まぐれである。
ちなみに、予報によると今日は晴れだ、なんて思っていると電話が鳴った。
「はい、お電話ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンターです。」
「あの、私、ギムス・カーライルと言う者ですが。」
「はい、ご用件をお伺いいたします。」
「私、この世界に来て約一年経つのですが、未だにこの世界の住人の見た目に違和感を感じておりまして、どうにかならないものかと・・・」
「具体的にはどのような点がご不満なのでしょう。」
「アニメの世界に転生したのですが、最初のイメージとだいぶ違くて・・・」
「ああ分かります。リアルに動くと違和感が大きいのですよね。」
「そうなんです。2Dのはずが3Dみたいで、特に目や顔がアニメと違ってリアル過ぎるんです。」
「申し訳ありませんが、それはやむを得ないことなんです。アニメでは本来描かないはずのシーンや、その場に応じた表情をしないといけないのがリアルな世界ですので。」
「最初は夢一杯だったんですけどねえ。」
「慣れていただくほか無いかとは思いますが、ちなみにギムス・カーライル様は前世のお名前でしょうか。」
「失礼しました。長谷見俊郎が前の名前です。」
「畏まりました。ハセミ様ですね。少々お待ち下さい。」
ディスプレーに情報が表示される。
「お待たせしました。B-AA2439-2Dですね。ゆとり世代対応の世界ということは、2000年代初めの絵柄ですか。」
「はい、今にして思えば、もっと現代風な絵の方が馴染めたと思います。」
「そうですね。顔の半分以上が目だと、ちょっと厳しいものがございますね。」
「これはどうにかならないものなのでしょうか。」
「残念ながら、その世界観を好んで選んでいただいたユーザー様が数多くおりますので、一方的に仕様変更する訳にはいかないのです。誠に申し訳ございません。」
「そうですか、そうですよね。」
「B-AA2451-2D若しくは2452-2Dであれば、Z世代対応だったのですが。」
「何か違和感を消す方法は無いでしょうか。」
「そうですね。お客様の世界には魔法が存在しますので、相手の見た目を調整する魔法をお客様自身の手で開発されるのが、一番よろしいと思います。」
「そのようなことが可能なのですか?」
「おそらく、認識阻害をご自分に掛けて頂くという形で、原理的には可能と考えられますね。」
「しかし、果てしない時間と労力が掛かりそうです。魔王退治の片手間にできるとは思えないので、何とか運営側で対応していただけると嬉しいです。」
気持ちは分かるが、そんな面倒なこと神様がやってくれるとは到底思えない。
「では、上の者にこのことを伝え、対処していただくよう申し伝えますが、ご要望にお応えできない場合もございますこと、あらかじめご容赦いただきたく存じます。」
「分かりました。でも、お試し期間無しの一発勝負で世界を選んだ訳ですから、救済措置を講じて頂けるとありがたいなと思います。」
「上申の上、前向きに検討させていただきます。」
「よろしくお願いします。」
「では、担当ナターシャがお伺いしました。ご利用、誠にありがとうございました。」
受話器を置くと同時に長いため息が出る。
ここに来てたった数時間で分かったことだが、このフロアで働くオペレーター全員が同じような行動を取る。
「ナターシャさん、お疲れ様。初めてにしては上手く対応できてると思うわ。」
「ありがとうございます、先輩。」
「アニメの世界は利用者の割に苦情が多いのよ。」
「やはり、人生の選択は安易にしてはいけないということですね。」
「ええ、でも、死んだばかりでいきなり女神様に会って、冷静に選べというのも酷な話だとは思うわ。」
「確かに心の整理すら付いていない状態ですし、何が何やら分からないうちに決めてしまわれる方も多いのでしょうね。」
「完全2Dの世界もあるんだけど、そっちはほとんど利用がないわ。」
「そちらの方が本物のアニメっぽいですよね。」
「やはり、2次元の世界ということで、皆さん怖がって選ばないのです。」
「でも危険性は無いのですよね。」
「3次元の世界と大きく動作感覚が違うという苦情は聞いたことがありませんね。」
「ちょっとした違いで選ばれたりそうでなかったり、違和感を感じたりと難しいものなのですね。」
「ええ、本当は体験版などがあればいいのですが、あの神達ですから。」
「自分たちは一切使ったことなさそうですしね。」
「ええ、神は神以外に転生することを望みませんから。」
「それは、持っている権力が魅力的だから、とかですか?」
「単純に一番楽なご身分だからよ。」
「ああ、確かに・・・」
やはり、職場で楽しい話をするのは難しいなと感じた勤務初日だった。