あの30年後
「あら、今日は出勤してきたんだね。」
相変わらず、彼女の出勤は不定期だ。
でも、何だか私のせいっぽい雰囲気なのが納得いかない。
普通、そこは班長でしょうに・・・
「最近ガソリン高くてさあ、毎日走ると痛いんだよねえ。」
「うちの安月給じゃあね。」
「それに、メンバーもまだ入院中だし、燃えないんだよね~。」
「お陰で、うちのニワトリたちもストレス溜まらなくていいわね。」
ここでコールが鳴る。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私、元ヒロインのアリス・フォン・ブリュンヒルデと申す者です。」
「アリス様ですね。ご用件をお伺いします。」
「もう一度やり直すことはできないかしら。」
「バッドエンドでしたか?」
「いいえ。手堅くトゥルーエンドでしたよ。」
「それはおめでとうございます。やり直しは規則上できないことになっておりますが、仮にできたとしても、それ以上の人生は再現不可能です。」
「でも、本当にトゥルーエンドが最善かは分からないじゃ無い。」
「いいえ。最もいい感じだからトゥルーなんです。」
「確かに王子様とゴールインして王妃になったわ。今は二児の母で平和ではあるわね。」
「そうでしょうね。約束された将来ですから。構成の方から、お姫様は幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしという物語です。」
「でも、結婚30年ともなるとねえ。後何年これが続くのかと思うと、黄昏れちゃうのよねえ。」
「きっとそれは、贅沢な悩みです。」
「そう?王子の妻になったは良いけど、腹は出るわ薄くなるわで面影無いし、側妃を5人ももうけてハーレム状態だし。一番ショボい攻略対象だと思った元護衛が一番イケオジになってるし、いろいろ間違ったんだと思うわ。」
「そんなことはありません。物語の品質保持期間は結婚までですが、一応、転落防止保証は一生涯ですから。」
「本当? まあ、確かに我慢すればこのまま平穏に生涯を過ごせそうだけど。」
「エンディングを迎えたということは、そこで結果が固定されている訳ですから、浮気なんかしたら転落防止措置の対象外になります。」
「あの尻軽王はハーレム作っちゃってるわよ。」
「保証対象はヒロインです。まあ、ヒロインが転落しなければ、自動的に彼も転落しないと思いますが。」
「そうね。仮面夫婦だけど。」
「でも、王妃様ですから幸せなんじゃないのですか? 年齢的にも落ち着いてくる頃合いですし。」
「でもね。あれだけハラハラドキドキの青春時代からのこれよ。どうしても懐古主義にならざるを得ないわ。」
「それでも、人が羨む人生ですよ。」
「ハゲデブゆるキャラ浮気王との生活でもですか?」
「まあ、それでも一応は王様ですから。」
「今から人生をやり直すとしたら、どうすればいいかしら?」
「早く隠居して別居でしょうか。」
「離婚は・・・できないよのね。」
「はい。せっかくの生涯保証ですから。」
「それで、引き続いて彼に護衛してもらって。」
「その護衛の方、ご結婚は?」
「多分、私のせいだけど、やっと4年前に結婚したわ。30才年下のご令嬢よ。」
「無理ですね。」
「そんなこと言わないでよ。眺めるだけならいいでしょ!」
「あまり、淫らな視線を向けない方がいいと思いますよ。」
「何で、尻軽王はよくて、あたしはダメなのよ。」
「ヒロインが浮気したら読者が悲しみます。」
「どうせ30年後に興味無いわよ。」
「いいえ、めでたしめでたしは、それも込みですから。」
「押しつけられても困るわ。」
「いいえ、読んだ方の希望と願望ですから。」
「重荷よ・・・」
「まあそう言わずに。何か他に趣味でも見つけられるといいと思いますよ。それに、仕事に集中するという手もあります。」
「その仕事からも早く身を引きたいわね。一番の娯楽が茶会とパーティーってのも飽きちゃったしね。」
「人生倦んでますね。」
「人生で光り輝いていたのがたったの3年よ。どっちかっていうと、夫婦仲睦まじい庶民以下だわ。」
「本来なら王子も理想的な人物のはずなのですけどね。」
「もう一度人生やり直しても、あれはないわ~。」
「でも、王子がそうなってしまった原因の一端は、お客様にもあるのではないですか?」
「でも、先に浮気したのはあっちよ。」
「まあ、それはそうですが、王である以上、側妃は迎えるのではないですか?」
「男の子を二人産んだんだけどね。」
「まあ、政治的な事情とか、いろいろあったのではありませんか?その時に聞かれなかったのですか?」
「もうあまり夫婦の会話も無くなってたからね。」
「まあ、そちらもやり直しは利かないですから、あとはご自分が心穏やかに暮らせる環境を作っていくほかはありませんね。」
「分かったわ。まずは隠居からの別居ね。」
「はい。頑張って下さい。」
「じゃあ、ありがとう。」
「はい。お気を付けて。」
こうして電話は終わった。
「風になれば問題解決よ。」
「あんたは騒音撒き散らしてないで、自分の羽根で飛びなさい。」
「ワインディングで100分の1秒を削るのがいいんだよ。飛ぶのにテクは必要ないし。」
「まあ、彼女は風になれないだろうしね。」
「そこは馬でしょ。それで逃げればいいじゃん。」
「そしたら、ゆるデブから逃げられるね。」
「でも、つくづく人間って不便だと思うわ。」
「それは同感ね。」
私も早く逃げ出せるよう、羽根でも鍛えておくかな。




