どうして何でも育ってしまうのでしょう
今日は盛大に寝坊して、食パンを口にくわえたまま出社しちゃったわ。
悲しい事に、誰ともぶつからなかったわ・・・
まあ、私は見た目幼児なんで、それで恋が生まれるかと聞かれると、無いと答えるしかないけど・・・
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私は、サトル・コンド-。村人です。」
「コンドウサトル様ですね。ご用件をお伺い致します。」
「私の済んでいる村の隣に、大きな農場を営んでいるチート持ちがいるのですが、彼の使う能力が納得いきません。」
「それはお気の毒ですが、チートならどうしようもございません。」
「それは分かります。でも、私たちは生きるために一生懸命作物を育て、それでも全滅してしまうことがあるのに、彼の所は常に実りが約束されているのです。不公平ではありませんか。」
「確かにそのとおりですが、不公平は世の常です。」
「そうかも知れませんが、彼の場合、努力によって技術を高めた訳では無いのです。」
「生まれながらの貴族よりはマシなのではありませんか?」
「貴族は関わって来なければ腹は立ちませんが、彼は市場で度々顔を合わせますし、彼の家は天使やらエルフやらが集まり、ハーレムと化しているんです。」
「ああ、むしろそちらでしたか。」
「しかも、彼は季節や季候を無視してどんな作物でも育てられるんです。バナナの隣でレタスが実るなんておかしいでしょう。」
「おかしいですね。でもそれがチートです。」
「それだけではありません。大規模な水路の建設も、大きな建物も、たった一人の力であっという間に作ってしまうんです。」
「チートは農業分野以外にも波及しているのですね。」
「その上、あの塩の実って何ですか。そんな植物実在しません。」
「恐らく、彼には自給自足できるよう、加護が与えられていますね。塩は海から近いか乾燥地帯でないと入手が困難ですから。」
「ご都合主義が酷すぎませんか?」
「もちろん、そういった設定には批判的な方も多くいらっしゃいますが、それはメインストーリーを円滑に進めるためのものであって、塩の入手で多くの話数を費やす訳に行かない場合に取り入れられる手法です。」
「手法って、何・・・」
「つまり、その物語はチートや農業が主題ではなく、ハーレムや恋愛、周囲との人間ドラマが主軸のお話なのでしょう。」
「では、私は周囲の人間にカウントされていないと・・・」
「はい、恐らく・・・」
「どうして同じ転生者でこうも差が付くのですか?」
「転生を担当した神や、その神との相性など様々ですね。」
何せ神のいい加減さは、天界に大きな悪影響を及ぼしてるから。
「それに彼は布や鉱石、便利な生活グッズから工業製品まで作ってしまうため、あそこだけ楽園なのです。」
「そういうことも多々ありますね。」
「彼が生前、どのような功績を立てて神に認められたかは知りません。しかし、彼の周辺に暮らす人は、懸命に努力してもそれが報われる保証の無い人生を送っています。その人たちの劣等感を煽って何が楽しいのでしょう。」
ダメだ、この人まだ明るい時間なのにかなり酔ってる・・・
「そ、そうですね。その方も何かしらの配慮が必要ですね。」
「そうでしょうそうでしょう。結局、彼とその仲間だけが幸せなんて、それ以上の不幸をまき散らしているのに等しいのです。」
まあ、そこまで言うのはどうかと思うが・・・
「では、その方の栽培した作物を食べて、幸せのお裾分けをいただいてください。」
「私たちが作ったものは彼のせいで安く買い叩かれているんです。そんな高級野菜、とても買えませんよ。」
「本来、そういう方は人跡未踏の地でひっそりと暮らす設定なのですが。」
「大都市近郊ですが、何か?」
「困りましたねえ。しかし、当方ではどうしようも無いのが事実です。」
「ああ、村は、私の家族はこれからどうしたらいいんだ。」
「コンドウ様には何か能力は無いのですか?」
「あったら村人なんてやってません。」
「では、村全体でそこの従業員になるというのは?」
「会社勤めが嫌だから百姓になったんですよ。」
「最近、そういう方は多いですね。」
「いくらファンタジーでも、チートだから何でもできるで済まされては納得出来ないですよ。しかも、子供の頃からの常識があっさり覆るんですから。」
「確かに、誰かにとっての天恵は誰かにとっての理不尽です。しかし、チート持ちを羨ましがる時間は無駄です。同じ時間なら、彼とは違う術と幸せを得るために使うべきです。」
「頭では分かっているのですが、彼がこの地にやってきてからあっという間に成功したのを見ると、冷静にしていられません。」
「そうですね。でも、他の村の方と協力し、より良い生活を手に入れられるよう、頑張って下さい。」
「そうですね。仕方無いですもんね。」
「コンドウ様の幸せを、お客様係一同、願っております。」
「頑張ってみます。ありがとうございました。」
この手のストーリーは楽しいギャグテイストのものが多い。
しかし、裏ではこうして割を食ってしまった人たちも多いのだろうなと思った一日だった。