悪役がシナリオ通り動いてくれません
「もしもし、異世界転生者のためのサービスセンターはそちらでしょうか。」
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
今日もまた、変わらぬ一日が始まる。いや、すでに夕方であるが・・・
「みんながシナリオ通り動いてくれないので困っています。」
「当方の設定に齟齬や不具合が見つかったのでしょうか?」
「それは分かりませんが、悪役令嬢が何も悪さをしてこないんです。」
ああ違う。これは不具合ではない。
最近問題になっている転生者多過ぎ問題が原因の所謂「空振り」というヤツだ。
「もしかして、お客様はヒロインか何かでしょうか。」
「そうよ。私は平民出身の聖女で、攻略対象と結ばれる予定のヒロインよ。」
「では、攻略対象や悪役令嬢がいる世界ですね。」
「ええ、本当は悪役令嬢に恋の邪魔をされ、それを解決しながら好感度を上げて行く予定だったのに、あの女、シナリオを知ってるのか先回りして全部回避するの。お陰で推しの好感度がちっとも上がらないの。どうしてくれるのよ!」
最近、この手の苦情が多くてうんざりする。
「きっと彼女も転生者なのですね。」
「あの女、私を徹底的に避けてるから会話したことは無いけど、間違い無いわ。あれは私と同じ転生者よ。」
「それで、どうしたいのですか?」
「まず、あの女が転生者かどうか教えてくれない?」
「申し訳ございません。個人情報となりますので、ちょっと・・・」
私も、今まで散々個人情報を漏らしてきた自覚はあるが、さすがに相手に危害を及ぼしかねない相手に教える訳にはいかない。
「できないって訳ね。まあいいわ。それで、何かいい対処法なんて無いの?」
「そうですね。まずはその悪役の方が何を目指しているかを知ることが重要かと思います。」
「あの女の目的ね。」
「はい。こういったケースの場合、悪役令嬢の取る行動にはいくつかのパターンが存在しますので、そのどれかを予測することで、お客様の取るべき行動も決まります。」
「どんなパターンがあるの。」
「既に、継続モニタリング調査により集まった膨大なデータにより、いくつかの代表的な行動様式が解明されています。まずは逃亡回避型。これは自らの身分を捨ててでも断罪を回避しようという動きです。この場合は婚約者など眼中になく、ただ危険回避と逃亡の機会を窺っているものです。」
「う~ん、どうだろう・・・まだ、シナリオからフェードアウトしようとしてるかどうかは分からないわ。」
「次は、婚約続行型です。この場合はヒロインの策略を躱し、あるいは回避しながらシナリオ終了まで耐え凌ぐものです。」
「これも決定打が無いわね。」
「このパターンの場合、攻略対象は悪役令嬢の方に対する好感度を維持し続けているのが特徴です。」
「ええ、王子は悪役令嬢に好意的ね。」
「三つ目が積極反撃型ですね。これはヒロインに敢然と立ち向かってくる場合です。」
「これは今のところないわね。」
「あなたが悪役令嬢の方に何も仕掛けてないのであれば、反撃を恐れることはございません。」
「ええ、私が逆にざまぁされるような下手は打たないわよ。」
「四つ目はシナリオ強制力受容型ですね。諦観に基づく行動が特徴です。」
「今のところ、シナリオの強制力を感じたことは無いわ。」
「次は早期解決自由型です。この場合はシナリオ開始前、あるいはシナリオ初期の段階ですでに婚約解消がなされています。」
「それはないわ。」
「細分化すればかなりのパターン数はありますが、可能性を考慮すると以上です。これにより、お相手の思惑としては逃亡回避型か婚約続行型の公算が高いと予測されます。」
「そうね。そういう分類があるなら整理しやすいわね。」
「恐れ入ります。」
「それで、解決法はあるの?」
「逃亡回避型であれば、いずれ回避の目処が立った時点で悪役の方が自主的に身を引くでしょう。ですので、お客様が対処するなら婚約続行型の場合となります。」
「どんな対処法があるの?」
「まず、お客様は王子攻略を目指しているという認識で間違いございませんか?」
「いえ、逆ハーを目指しています。」
「かなり難しいことにチャレンジしていますね。」
「でも、可能なんでしょ?」
「まあ、あなたの世間からの評価は別として、可能です。」
「何か引っかかる言い方よね。」
多分、このプレイヤーさんはかなり若い人だ。
ヒロインざまぁの展開だって流行っているのに・・・
「悪役令嬢が転生者の場合、逆ハー破りの方が有利な傾向にありますが、それでも賭けに出ますか?」
「ええ、せっかくのチャンスだから、チャレンジしたいと思うわ。」
「それでは、彼女を逃亡回避に誘導することが重要になりますね。」
「それが一番角が立たないわね。」
「ご令嬢が率先してあなたに策略を仕掛けて来ていないということは、彼女もリスクを背負ってまで勝負に出るつもりは無いということです。」
「確かにそうね。」
「ですから、王子の好感度を徐々に上げ、彼女にプレッシャーを掛ければ引き下がる公算は高いです。」
「じゃあ、ビビらず王子に迫ればいいのね。」
「あくまでクラスメイトとして、王子の性格に応じた対応をお願いします。」
「分かったわ。」
「それと、攻略対象以外の関係者についても、味方に付けるよう動く必要があります。逆ハーは倫理上、かなりハードルの高い道ですから。」
「ええ、王子以外は何とかなりそうなのよ。」
「そうですか。後は、どんな人間でも追い詰めると思いも寄らない力を発揮するものです。彼女にも逃げ道を用意し、あなたに対して本気で向かって来ないように、彼女とも一定の繋がりを保持することが必要です。」
「彼女にも注意を払えってことよね。」
「はい。あなたの味方を増やしつつ、彼女を完全に孤立はさせない。その匙加減が重要ですよ。」
「その線でやってみるわ。鳴かぬなら鳴かせてみせようってことね。ありがとう、参考になったわ。」
こうして通話は終わった。
私だって恋愛経験はゼロだから、具体的なアドバイスはできなかったけど、彼女は納得してくれたようだし、まあまあじゃないかな。
「お疲れ様。随分白熱してたわね。」
「恋の相談は難しいです。」
「そうね。特に逆ハーレムしたいなんて、友人に相談できませんものね。」
「なかなか強気なヒロインでした。」
「すごく青い感じはしたけどね。」
「はい。洞察力はそこそこありそうでしたが・・・」
「天界では、悪役のみならずヒロインの傾向と対策も分類されております。」
「成功しそうでしょうか?」
「逆ハーを成功させた子は、意図せず達成してしまったケースがほとんどです。天然たらし型でないと、どこかしらから恨みを買うし、向けられた悪意に気付いてしまうようでは、自然な立ち振る舞いはできません。男もそれが見抜けないほど馬鹿ではありませんからね。」
「ああ、何となく結果が見えたような気がします・・・」
もちろん、私なんか到底無理だ。
次からは逆ハーなんて勧めないようにしよう・・・