薬が売れなくて困ってます
お化けは死なない、て歌があるけど、天使も基本的にとても頑強なので、少々のことでは死なない。
だから薬の需要は著しく小さく、数百歳生きている者でも実物を見たことの無い者は多い。
ということを、後でふと思い出したというお話。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「あの、私、薬師のモリーと言います。少し話を聞いて下さい。」
「畏まりました。ご用件をお伺い致します。」
「私は2年前に薬師として転生し、とある街で薬師として働き始め、先日やっと独立を果たしたのですが、隣の錬金術師がチート能力で薬も作っていて、私の薬が売れないんおです。どうしたら良いのでしょう。」
「錬金術師がいるということは、魔法の存在する世界なのですね。」
「はい。」
「通常は、錬金術師の薬精製技術が専門の薬師を越えることはございませんが、その方も転生、あるいは転移された方なのですね。」
「まだ、本人から詳しく聞いたわけではないのですが、周囲の方からはそう聞いています。」
「あなたはチートを持ってらっしゃらないのですか?」
「はい。私は音楽の女神様から加護を受けまして、薬師の適性もいただきましたが、チートかどうかは。」
ああ、結構大物が担当したのね。
なら彼女の話をもっと聞いてあげれば良かったじゃん、なんて思う。
「それほどのチートを与えたということは、その方にそれだけの事情があったものと考えます。でも、あなたの薬も確かな物なのでしょう。」
「はい。普通の薬師よりはいい物を作っているという自負があります。」
「その錬金術師はどのような薬を作っているのですか。」
「エリクサ-と呼ばれる万能薬、これ一つです。」
そりゃやり過ぎだ。
それがあったら他の薬なんて存在意義がなくなる。
「それが大量生産されているのですか。」
「はい。他の薬師の物が売れなくなってしまう程度には製造販売されています。」
「では、拠点を別の街や国に移せばよろしいのではないでしょうか。」
「でも、この街には大切な人も思い出もあるので・・・」
「そうですか。それでは安価な専門薬に特化して棲み分けを図るのがよろしいでしょう。どんなにチートでもエリクサ-なんて、無限に生産できるはずがありません。」
「それが、彼の口癖は、『錬金術の可能性は無限大だ。』だそうで、今でもかなりの品が店頭に並んでいます。材料も水と彼の魔力だけでできるそうです。」
「それでも限界はあるはずです。まさか錬金術師が薬品専業という訳ではないでしょうし、擦り傷でエリクサ-を使う人はいないでしょう。」
「貴族の中にはそういう方もいると聞きます。」
どうやらIQの低いチート持ちのせいで、随分社会が腐ってしまっているようだ。
「では、彼と話をして、それが引き起こすデメリットを理解して頂くのが良いのでは?」
「既に同業の方が申し入れたことがあるそうで、彼は『良い事をして何が悪い。薬師は既得権益に守られ、大して効果の無い薬で大金を稼でいる。言い掛かりをつけるなら容赦はしない。』と取り付く島もない様子だったそうです。」
「薬師ギルドの助力は得られないのでしょうか。」
「はい。錬金ギルドもかなり力ガありますので。」
これはなかなか質が悪い。
彼は正義感から正論を吐いているのだろうし、薬を買えないような庶民は世界の設定上、必要悪として存在している。
そもそも、構成員がもれなく幸せで満ち足りた世界は、神が軽んじられるおそれがあるという理由で構築しないのだ。
天界ですら、私のようなブラック勤務に耐える底辺がいるのだ。
彼の能力がどれほどチートなのかは分からないが、人の幸せは、薬とそれによってもたらされる病気や死から遠ざかることだけで実現できるものではない。
「その方がどれほど儲けているか、調べる方法はありますか?」
「彼の店は一つだけですが、別ルートで他の貴族や商人に卸している可能性はあります。」
「そうですか。では当面の間、あなたには我慢いただいて、彼にはその正論を実行していただきましょう。」
「どうするのですか?」
「彼に教会などで無料配布させるのです。」
「そのようなこと、可能なのでしょうか。」
「薬師の金儲けを否定しておいて、よもや自分が利益を得るような真似はできないでしょうし、教会は歓迎するはずです。彼が応じなければ錬金術師も結局は欲深いものだと吹聴すればいいのです。そこは薬師ギルドが協力してくれるでしょう。」
「確かにそうですね。」
「その上で、市民が一日一つ消費するだけの量を納入させ、余剰は他国に輸出して、低価格で販売させるのです。」
「横流しですか。」
「教会はどこの世界でもだいたい腐敗していますから、応じてくれる方は必ずいますよ。」
「あの・・・」
「そうすれば必ず国から製造規制が掛かります。」
「確かに、他国に流れ始めたら我が国の優位性が保てなくなります。」
「やれるものならやってみろ。その意気で対抗せざるを得ません。」
「悪、ですね・・・」
「いいえ。チート持ちに最も必要なのは、持たざる者への配慮と大きすぎる力を持ったことによる影響力の自覚、そして、その元となる適度な失敗体験です。大いなる力を全力で振るうだけでは、嵐や神罰と何ら変わりません。」
「彼の持つ力は、本当に自然や神に並んでいると思います。」
「チート持ちは人である必要も、人の中で暮らす必要も無いほどの力がありますが、それでもなお、人として生きたいと願うなら、人外にならない限度を知るべきなのです。」
「彼はそれを分かってくれるでしょうか。」
「大きすぎる力を持て余して、身を持ち崩した者はたくさんいます。先人の失敗から学べるかが鍵となるでしょう。」
「その通りですね。」
「今回は薬が効きすぎて毒になってしまった典型例でしょうが、神の加護を受けたあなたも程度は異なれ、同じですよ。」
「はい。これを他山の石として、慎ましく生きていきたいと思います。」
「そうですね。私もモリー様の幸せを願っております。」
「ありがとうございました。」
悪、じゃないよね?