ヒロインなのにっ!
2月と言えばバレンタインを楽しみにしている人は多いだろう。
もちろん、ほぼ女性のカスタマーセンターにそんなことで浮かれる者などいないが。
あの班長ですら、みんなからチョコをもらえるとは思っていないし、去年は誰も渡してなかった。
ある意味とても正直な職場である。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「もしもし。私、ラブコメファンタジーの世界でヒロインをしています。マリー・フランソワーズと申します。」
「マリー様ですね。ご用件をどうぞ。」
「私、ヒロインのはずなのに、何故か誰にも相手されないんです。」
「バグの可能性がございますね。失礼ですが、お客様の前世のお名前をお教え願えますか?」
「高宮玲華と申します。」
「タカミヤ様・・・ B-CT9061-2D、『聖女と王子、そして仲間達と綴る魅惑のラブファンタジー世界』ですね。」
「はい。確かそういう名前だったと思います。」
「しかし、これは15年ほど前にヒットしたもので、豊富な実績がございます。今さらバグが出るとは考えづらいですが、一応、担当にお知らせしておきますね。」
「ありがとうございます。このままではみんなに相手されずに終わってしまいます。」
「しかし、ヒロインなら相当魅力溢れる方ですよね?」
「はい。設定時に超絶美少女にしました。背は低いですがスタイル抜群で目は青と金のオッドアイ、髪はピンクブロンドで他のご令嬢には負けていない自負があります。」
「能力も問題ありませんよね。」
「はい。聖属性魔術はMAXでIQも150に設定していただきました。」
キャラ設定の際に、初期ポイントの枠を増やしてもらったクチね。
「あとは性格ですね。」
「こればっかりは前世のままです。でも、普段は無邪気で可愛いキャラを一生懸命演じてますし、人の悪口を言わないよう、嫌な事があっても笑顔で乗り切るよう、頑張っているつもりです。」
「でも、誰も振り向いてくれないと。」
「それが不思議なんです。皆さんとてもリアクションが薄くて事務的なんです。王宮の中がオフィスみたいです。」
「お客様は、既に王宮に出入りできる立場なんですね。」
「はい。先日、聖女に認定されましたし、魔王の出現イベントもありましたので、王宮には毎日のように出向いています。」
「そこで攻略対象と交流を深めるのですね。」
「はい。でも、皆さん忙しい上にとても仕事熱心ですので、私語などありませんし、全員婚約済みでお相手の方をとても大切にされているご様子です。」
「付け入る隙がありませんね。」
「正直、全く望み無しです。」
「でも、攻略対象に拘らなくてもいいのではないですか?」
「個人的にはそれでも構いませんが、王宮も教会も、何なら街中でも私は空気です。」
「それはさすがにおかしいですね。美的感覚が21世紀基準では無いのでしょうか。」
「そうでは無いと思います。教会で一番モテモテのシスターは私から見ても美人ですし。」
「男性陣はあなたを無視されていますか? それとも毛嫌いされていますか?」
「どちらでも無いように思います。何と言いますか、無関心ですね。故意に無視されたり嫌がられたりとかでは無いと思います。」
「まあ、お客様のいる世界は、現在までに累計2万人の利用実績を持つ世界ですので、男性陣からすれば『ああまたか』、といった状態なのかも知れませんね。」
「私は初めてなんですけど・・・」
「キャストは固定なのかも知れませんね。その世界には公式によると、正規で7名、隠しキャラで5名の攻略対象がいます。しかし、男性側からすれば確率12分の1という熾烈な競争を勝つ抜かないといけませんから、もう皆さん、攻略されることを諦めているのでは無いでしょうか。」
「逆ハーレムもありますよね。」
「はい。ございます。しかし、ハーレム要員とて、12人のうちの一人に過ぎないことには変わりございません。」
「確かにそのとおりです。」
「なお、攻略対象以外の殿方は、シナリオ干渉防止措置が取られていますので、悪気は無いのですが、お客様に関心を持ちにくい設定とさせていただいております。」
「今のままでは絶望的です。」
「まあ、どうしてもという場合は、衛兵や街のエキストラでも不可能ではありません。」
「全然、魅惑のストーリーじゃありませんね・・・」
「可能性が無限大だとお考え下さい。ところで、周囲の方のお客様への評価はどのようなものだと推測されますか?」
「皆さん、私を聖属性魔術師としか見てくれていません。」
「それでも、中には脈がありそうな方が一人くらいいるのではありませんか?」
「業務以外で私に話しかけて来られた方はいませんね。」
これは、うちの班長並みに深刻だ。
「お客様からはどのようなアプローチをされていますか?」
「最初は明るく話しかけようと努力しましたが、あまりに薄い反応でして。最近は大人しくしています。」
「教会などで親しいお友達などおられますか?」
「いいえ。聖女認定されて教会入りし、そのまま今の生活ですので、知人すらほとんどいない状態です。」
「それは大変ですね。もし、同性に嫌われていないのであれば、お友達を沢山作られるところから始めて下さい。今のままでは恋愛以前にお客様の精神状態が危惧されます。」
「ありがとうございます。そのように心掛けます。」
「そして、彼女たちとの交流の中で生活に張りと潤いを得る事。これがまずお客様がすべきことです。」
「はい。」
「そして、それを周囲に見せつけて下さい。明るい笑顔はきっとあなたの助けになるはずです。」
「そうですね。」
「それであなたに振り向かない男性など、相手にする必要はありません。」
「こちらからのアプローチは不要なのですね。」
「慣れているのか諦めているのかは分かりませんが、そんな殿方にすり寄る必要などございません。むしろ婚約者のいる殿方NGを貫いた方が良いと思いますよ。その結果としてあなたを選んでくれた方との時間こそが魅惑のストーリーのはずです。」
「確かに、冷静に考えてみたらそうでした。」
「あなたには類い希な美貌と能力、そして老化鈍化処理済のボディをお持ちです。焦ること無く、余裕を持って対処して下さい。」
「ありがとうございます。何だか勇気が湧いてきました。」
「後は魔王討伐、くれぐれもご注意下さい。」
「本当にいろいろアドバイス、ありがとうございました。」
「では、少々お待ち下さい。」
ここからはミントちゃんたちの頑張れコールである。
こうして、良い感じに電話は終わる。
「ミントちゃん、シナモンちゃん、いつもありがとね。」
「うん、お姉ちゃんとっても元気になってたよ~」
二人に妖精も、とても嬉しそうに飛び回っている。
「お疲れ様。大変良い対応でしたね。」
「ありがとうございます。副班長。」
「でも、あなたもやればできるのね。」
「はい。私も自分の経験が活かせる分野なら、上手く対応できるのです。」
「あら?ナターシャさんにそのような経験があったのですか?」
「班長には絶対にこちらからアプローチしないとか、スケベエロ神から上手く姿をくらます方法とかです。」
「・・・」
何か、エラリー先輩はともかく、ミントちゃんたちまでどうしたの?




